これが恋なの?
この安全に見える時代では主の警護はいらない事もすでに理解している…なので、常に私が主の側に居る必要も無く、おね殿と二人で買い物をしても構わないのだが、そんな二人を見詰める私の心は何故かザワザワと落ち着かない、その理由の一つが…。
(…おね殿が、あんなに主の腕を組んで……)
いつあのような行為を覚えたのか知らないが、これまで街中で若い男におなごが腕を組んでいる光景を見た事はあった…しかし、まさかおね殿がそれを真似るなんて思ってもいなかったのだ!。
彼女は私の視線に気が付いてやっているのか、それとも自分の願望を叶えたいだけなのかは分からない、しかし、私の目には腕を組みながらも自分の乳をわざと主腕に当てているようにしか見えなかった。
(主……おね殿には藤吉郎様が居られるのです…何故、それを見逃すのですか?)
おね殿はしっかりと自分の腕を主の腕に絡ませながら、嬉しそうに商品を選んでいる…そんな彼女を主は恥かしそうに微笑みながら見詰めていた。
(……主……主は……おね殿と一緒の方が嬉しいのですか?……じゃ、私は……)
つぅぅ~~~~~…
(え?…)
私の目尻から涙が流れ頬を伝った!…これまで辛い剣術修行や、先代が逝去しても涙を流す事が無かった私なのに、おね殿を見る優しそうな主の顔を見ただけで涙が溢れてきたのだ!。
(あれ?……あれ?……どうして、こんなに悲しくなるの?……)
私は深く深呼吸をしながら指の甲で涙を拭った時だった…。
「やっぱそうだったか…」
いきなり背後で瞳殿の声がし、私は素早く涙を拭き取り後ろを振り向いた、そこには軽く微笑みながら私を見詰める彼女が居た。
「ひ、瞳殿!…な、何がです?…こ、これは…ちょっとあくびが出てしまい…」
「嘘、ほんとはおねちゃんと巽君を見て悲しくなっていたのでしょ?…私だっておなごだよ、ずっと楓ちゃんを見てきたから薄々分かってた……」
「い、意味不明…な、何の事でしょうか?…」
これまで人に自分が泣いている姿を見せた事がなかった私は、慌てて彼女に向かい笑みを浮かべ誤魔化そうとしたのだが、時すでに遅しだった。
「微笑んでも、目が赤いよ…楓ちゃん…」
瞳殿は透明な板の柵の上に両腕を乗せ、下の階を覗き込んだ…恐らく主とおね殿を探すのであろう。
「あ、居た居た♪……へぇ~、さすが昔の人は視力がいいんだね…私なんかおねちゃんの白いベレー帽がなかったら全部ぼやけて見つけられないわ~…なるほど、中々高価な店に居るわね、あの二人…ん?…おねちゃん、巽君と腕組してるのかしら?…私にはあまりハッキリとは見えないけど…」
「くっ…」
何故、瞳殿は私が気を反らそうとしていた事を口に出したのか、正直彼女の言葉に不快感を感じた。
「図星…みたいね……楓ちゃん、おねちゃんに焼き餅を焼いていたでしょ?」
「も、餅など…持ち合わせておりませぬ!」
「ふふ♪それってシャレ?…違うわよ、今の楓ちゃんは、おねちゃんに対していい気分じゃないって事を私は言いたいの…」
「な、何故その様な事を言われるのですか?」
これまで私は自分の気持ちを表に出さず、ただ剣客として不動心を支えに生きて来た…なので、自分の心をあっさり瞳殿に読まれた事で少し怒りを覚えてしまった。
「それは、楓ちゃんの涙が全部物語っているじゃない?…今、あなたは恋をしている相手が別の女性と居るのが辛くてたまらない…本当は自分が巽君の横に居たかった…と……」
「な!…わ、私は……あ、主の警護役…しゅ、主人にそんな感情は…む、むしろ、警護の為に、あ、主の横には居なくてはならないと思っているだけで…」
涼しげな表情で下の階に居るおね殿と主を見詰める瞳殿は、私を[からかう]とかの様子はなく、何処となく優しさを溢れさせているような顔だった。
「楓ちゃん…この時代では身分関係なく自由に恋をしても構わないのよ、お役も大事かも知れないけど、その前に楓ちゃんは可愛い女の子なんだから、恋をしなきゃダメ!…あなたのその若さは今しかないんだから…」
「瞳殿も……そうだったのですか?」
「……そうね……初恋は…12歳の時だったかな……ふふ♪…楓ちゃんからしてみれば驚きかな?…それから何人かの人に恋焦がれたけど、全部片想いで終わった…で、浩一と大学で出会って、それからお付き合いが始まり、現在に至るかな♪」
「はぁ…」
それほど人を好きになる若い頃の瞳殿には感心するが、何故おなごが恋をしなければならないのか意味不明だった。
それに、片想いだという事は瞳殿も辛い気持ちを味わっているはず…そんな嫌な経験があるのに、まだ人を好きになるのは何故なのか理解出来ない。
「…何故……片想いを経験しても…また人を好きになるのですか?…」
「それはね、人を好きになると毎日が楽しくなるからよ♪」
「楽しい?…意味不明…連れ合いになれぬのに、何故楽しいのですか?…わ、私は…楽しくなんてありません…」
「それは今、あなたがおねちゃんを見ているからでしょ?…でも、思い出してみて…初めて下着を着けた時、初めて今着ているメイド衣装の自分を鏡で見た時…最初、誰の顔が浮かんだの?…その瞬間、楓ちゃんは嫌な気分だったの?」
「え?……そ、それは……」
「巽君の優しい笑顔が浮かんで、心が温かくなって弾んだでしょ♪…好きな人を想うだけで楽しくなる…それが恋なのよ…」
今の私にそんな気持ちなど微塵も無かった、剣客が簡単に人を好きになるなんて恥ずべき事!…確かにこの時代の着物を身に着けた時は主の顔が浮かんだ…それは自分の身なりをこの時代に合わせる事で主に恥を搔かせない為…。
「私と、瞳殿では人に対する心が違いまする…私は剣客…男に惹かれるなど…ま、ましてや主になど…す、すみません…少し厠に行ってまいります……」
「あ、ちょっと楓ちゃん!…」
「心配無用、この時代の厠のある印も使い方も心得ております…」
「そ、そうじゃなくて……」
これ以上瞳殿に自分の気持ちを読まれる事を恐れてしまった私は、急ぎその場から離れたのだが、そのとたん彼女に対しとても申し訳ない思いが溢れてきた…。
彼女は昨日初めて出会った時からずっと私を気にかけてくれていたのに、こんな無礼極まりない態度しか出来なかった自分が情けなかった。
(私は…嫌なおなごだ……)
また瞳から涙が流れ出してきた…この周りには人が多い…いつしか駆け出した私は、人の目を避けるように階段の壁の隅に隠れ泣いていた。
「ぐすっ……ぅ…………ぐすっ…………うぅ………うっ……」
そんな私の気持ちを逆撫でするかのように、見知らぬ男共が声をかけてくる…。
[ねぇ?ねぇ?…そこのお嬢さん、どうしてそんなとこで泣いてるの?]
[超可愛い服を着てるのに、あれ?…彼氏ふられたのかな?…]
[なんなら俺達が慰めてあげるけど~♪]
[ねぇ、ねぇ?…そんな酷い彼氏の事なんか忘れて、俺達と遊びに行こうぜ♪]
やはり、どの時代でもこんな輩が居るようだ……。
「失せろ、私は今機嫌が悪い…死にたくなければ、すぐこの場から去れ!」




