清洲城へ!
何とか手打ちを間逃れた俺は、命の恩人でもある<おねちゃん>の手当てを始めようとしていた。
(ここはやはり消毒もしておいたほうがいいな…おねちゃんの御機嫌取りにもなるだろうし!)
俺は絆創膏を手にしながらまた電工バッグからミニ消毒スプレーを取り出した。
「ほう、その細くて短い筒…それは<ぺんらいと>か?そんな物を出して<おね>の傷口を看るのか?」
「ぺんらいと?何の事だい?」
「いや、まぁ…それも後々、清洲から戻って来た時にな……」
「これは消毒液スプレーです、傷の化膿止めに使います…少しシミますが、治りも早くなりますよ♪ではおねちゃん?始めますよ…いいですか?」
「お、おう!やっとくれ!」
♪プシュゥゥゥゥ~~~~
「ひっっ!!し、シミるぅ~~!!」
「おぉ!!なんじゃそれは?その筒から水が噴き出しておる!!巽殿?これが<しょうどくえき>なるものか?」
「はい♪そして…この液が乾いたら……次は…こうして指の傷に……」
「ん?なんじゃ?その柿の皮のようなヒラヒラした物は?」
「これが傷口を守る<絆創膏>という物です、さっき<おねちゃん>が巻いていた布よりもかなり役立つと思いますよ♪」
「たっちゃん?…何かこの皮ベタベタしてるけど、糊かい?」
「まぁ似たようなもんです…皮膚から剥がれない仕組みになっています……さ、これでもう傷は大丈夫ですよ!」
「ふ~~ん、こんな薄皮で切り傷が治るの?」
藤吉郎様は<おねちゃん>と不思議そうに指に巻かれた絆創膏を眺めていた。
「では、これからがこの絆創膏の効果を発揮する番です!おねちゃん?一度そのまま野菜を水で洗って来てください!」
「た!巽殿!!<おね>は指を切っておるのだぞ!そんな事をすれば指が痛くて洗い物など出来る訳が無かろう!!」
「いいから、おねちゃん?お願い出来ますか?」
「ま、まぁ…たっちゃんがそこまで言うなら……でも、痛かったら痛いって正直に言うからね!」
「えぇ、構いませんよ♪」
藤吉郎様とおねちゃんは半信半疑のまま今で言う<台所>へ向かった、そんな2人を眺めている俺は冷めて味の薄いお茶を啜っている。
<わぁ~~~お!!たっちゃん!たっちゃん!!何これぇ~~!!…指を水に着けても全然痛く無い♪この皮凄いよぉ~~!!>
数十秒後、台所から<おねちゃん>の興奮した声が俺の居る囲炉裏まで響いた!。
<ま、真か?…ほ、本当に水に着けても指が痛くないのか?巽殿に気遣っておるのではないのだな?>
<そんな馬鹿な事は言わないよ!本当に痛くないんだよ~♪>
<な、何と!こんな薄い皮が…み、水を通さんとは!!…>
「えぇ、それは防水加工されてるので……と、言うか…まぁ水を弾く造りになってまして……」
<う~~~ん…油でも塗っておるのか?>
こうして実験を終えた2人は、初めての体験に興奮しながらまた俺の居る囲炉裏へと戻って来た♪。
「ねぇ?たっちゃん?この<ばんそうこう>って凄いね♪これで商いしたら絶対、長者様になれるよ!ねぇ?うちと商売しないかい?女衆はこぞって買いにくるよ❤」
「おいおい!おね!そ、それはならんぞ!!」
「え?どうして~~…絶対に儲かるのにぃ~~!!」
「お、おねちゃん?…そ、その理由も清洲から戻って来た時に説明しますので……」
「そ、そうじゃ!おねは巽殿を信じて待っているがよい!」
「ぶぅぅぅぅ~~~~!!たっちゃんがそう言うなら信じる!」
「わしじゃいかんのか?」
つい<おねちゃん>も俺と同じ未来人だと勘違いしてしまいそうになるほど、彼女の素振りはギャルギャルしていた…。
(だから俺と話が合うのかな…)
「そ、それにしてもじゃ……この<ばんそうこう>とやらも、中々の優れものじゃの♪これも殿に…」
藤吉郎様は、まるで餌をお預けされている犬のように絆創膏の箱を見詰めている!。
「だぁーー!!これはダメですよ!自分の身体を守る物ですから!!」
「そうかぁ~~…惜しいのぉ~~………」
「さ、それよりも早く清洲に出立しなければいけませんよね?…」
「おぉ!そうじゃった!!おね、着替えを手伝うてくれ!早く殿に会わねばならん!!」
「しょうがないね…たっちゃん、もう暫くお茶でも飲んで待ってておくれ!」
「あ、はい…」
俺は藤吉郎様の着替えの間、この家をぼんやりと眺めていた…所々穴の開いた床板…破れた障子…部屋の隅に重ねてあるペッタンコの布団…ひび割れた土壁……正に貧乏暮らしを絵に描いたような家…。
(こんな生活から後に長浜城の城主となり、いずれは京都に絢爛豪華な<聚楽第>や俺が住んでいる大阪に<大阪城>を築き天下人になるんだよな…その原点がこの家か……俺も、もっと頑張らないとな…)
時代は違えど同じ人間なのだ!運も必要かも知れないが、簡単に命まで取られる事の無い俺の時代ではこの先いくらだって出世のチャンスはあるはずだ!。
(俺だって藤吉郎様と同じように足を並べて共に出世したい!けど…この戦国時代からどうやって元の時代に戻ればいいんだ?)
会社も気になる、家庭持ちの浩一も心配だ!それに……頭の痛い借金(涙)……どちらにせよ、俺がタイムスリップしていようと病院のベッドで生死を彷徨っていようと、間違いなくこの時も浩一に迷惑をかけているはずだ…。
(すまん、浩一!何とか元の時代に戻れる方法を探すから、それまで俺の名前を利用し何処かで金を借りて生活の足しにしてくれても構わない!だから、今は耐えながら待ってて欲しい!)
470年先で頑張ってくれている親友の浩一に思いを馳せながら、俺はまず目の前に立ちふさがる問題を乗り越えなければならなかった。
(これから織田信長に会う……一つ間違えれば命が飛ぶ……浩一の為にも、絶対俺は令和の時代に戻らないといけない!元の世界に戻る方法を探すのは信長と謁見の後!…ただ、見つけるまでには相当時間は掛かるかも知れないが…待っててくれ!浩一!!)
「いやいや、お待たせいたした!では、そろそろ清洲に向かおうではないか!」
「は、ははぁ~~!……お供いたします!!」
「おいおい、巽殿はわしの家臣ではないのだ!そんなに畏まってもらっては困る!」
「あははは~♪たっちゃん、段々お侍の風格が出てきたじゃん♪」
「あ、有り難きお言葉!痛み入ります!」
「あのな、巽殿…わしはお主を家臣だとは一度も思うておらん!むしろ友だと思うておる!」
「と、友ですか?…なんたるもったいないお言葉…」
「巽殿…どうもお主の態度は調子が狂う…いつもの巽殿に戻ってはくれぬか?」
「し、しかし…これから信長様にお会いしますので、少しは作法の修練をと…」
「そこまで修練する必要は無い、わしに任せておけ!」
「は、はい…じゃ、よろしくお願いします……」
(浩一、俺…頑張るから!きっと令和の時代に戻る!)
こうして藤吉郎様と俺は<おねちゃん>に見送られいよいよ清洲城へと向かった!道中、やはり藤吉郎様も殿に会う緊張感か出てきたのか、これまでとは打って変り無口になっていた。
(出来れば何か話しかけてくれないかな……俺の方が余計に緊張してくる!なんたってあの<織田信長>と会うんだから…)
そんな俺の願いも届かず、ついに俺と藤吉郎様は会話も無いまま清洲城の城門前に到着してしまう!。
(わっ!大河ドラマと同じく槍を持った門番がしっかり門を守ってる!!絶対俺に何か言ってくるだろうな!でも、藤吉郎様も一緒だし捕らえられる事は無いと思うけど…)
「おぉ!お役目ご苦労!小者の木下藤吉郎じゃ!!」
「これはこれは、木下様!ご苦労様です!先日頂いた<草餅>とても美味でした♪」
「そうじゃろ~、そうじゃろ~♪あれは<おね>が丹精込めて作ってくれた餅じゃからの♪」
「して、後ろの御仁は木下様が?」
「おぉ!わしが直々に殿に会わせたくてな!こやつも一緒に門を通してくれるか?」
「木下様のお知り合いとならば安心でしょう!どうぞ通ってください♪開門~~~~!!」
確か歴史書には豊臣秀吉はかなりの<人たらし>だと書いてあったが、その史実は本当のようだ!。
(さすが藤吉郎さまだ…へぇ~…これが信長の最初の居城…清洲城か……)
俺の住む令和の時代でも数々の名城は残っているが、それに比べるとまだ今は地方の一大名クラスである信長の居城はややコンパクトに見えた。
(でも、これから美濃の稲葉山城、京の二条城、そして安土桃山城とでかくなっていくんだよな……俺もあやかりたい……)
門を通り抜け、石階段を進み目の前に本丸が見えてくる!すでに俺と藤吉郎様は緊張のピークに達していた。
「さ、巽殿!しっかり丹田に力を込め凛とした心で挑むのだぞ!」
「は、はい!」
次々と藤吉郎様はお役の方に話を通し、いよいよ信長と拝謁する大広間に案内された俺と藤吉郎様は正座をしたまま大河ドラマでもよく観るいつも殿様が居座っている<一の段>を見詰めていた。
(本当に後ろの壁には織田家の紋があるんだ!まじドラマのセットみたいだな…)
季節が初夏の事もあり、俺は暑さと緊張から額に汗が流れ始めていく!。
(着ている着物も通気性が最悪だし…熱射病にならないだろうな?……にしても、暑い…)
「あっ!そうじゃ、巽殿に曲げと付けるのを忘れておった!!」
この暑さに今度は犬の毛で作った曲げを頭に付けられた俺は、すでに<まな板の鯉>状態だった。
「よしよし、これでもう殿といつでも拝謁出来る♪」
「あ、あの…藤吉郎様は暑くないのですか?」
「そうか?この広間は風通しも良いし、気合をしっかり保てば何ともない!!それが武士じゃ!!」
「私は武士では無いのですが…それに、もう足が痺れ出して……」
「全く、未来の男子はほんに軟弱じゃの~!しっかりいたせ!!」
「は…はぁ~~……」
<殿のおな~~~り~~~~~!!>
外の廊下から恐らく小姓だと思う声が鳴り響く!俺達は床板に額が当たりそうになるまで頭を下げ、織田信長の登場を待った!。