閑話 織田信長の一日
巽がこの尾張から消えてすでに60日が経った、あやつが猿と小一郎に託した道具も[胡蝶]と[市]は大層喜んでおった。
それに、わし自身も酒宴で水を飲むことが無くなり、堂々たる大名の威厳を家臣に保つ事が出来たのも巽のお陰だ…しかし、快適な日々に浸かっているほどこの尾張に残された刻は無い!。
(巽が進言した今川勢がこの尾張に到着するのは来年の初夏…ちょうど田植えの時期を狙っての上洛とはこざかしい!)
この時期に戦となれば農民兵はさほど役にはたたぬ、刀よりも鍬を振る機会の方が断然多いからだ、それに尾張の兵力の二割は農民兵…あの派手好きな今川義元の事だ、相当な兵の行列を作り上洛してくるはず…。
巽は今川との戦に役立つ道具を持って帰ってくると言ってはいたが、わしとしては巽が戻って来た際、その未来の道具を家臣に使わせるほどの度量を持った大名になっておらなくてはならないのだ!。
「長秀、勝家、早急に行商が往来している街道にふれを出せ!…」
「ははっ、してどの様なふれを?」
「うむ、わしの考えはこうじゃ、戦経験のある者を集う、その者らは一切農業をする事無く日々武芸に精進させる、住まいも俸禄もこの織田家が用意するうえ、武器一つで尾張に来いと!」
長秀も勝家も互いの顔を見合わせ首をかしげている、それも当然の反応だろう、武家ではない者の生きるすべは商いをするか農業をし年貢を納めるのが定石である。
商人はともかく、農夫は戦となれば戦場に兵として参加させられる、無論他の兵に比べれば士気など期待出来るものではない。
「し、しかし殿…戦の無い日々が長く続くと、俸禄だけを払い続けなければなりませんが…それこそ銭を川に捨てる様なものでは…」
「いや、長秀!…間もなくこの尾張も戦に巻き込まれる!…お主らもすでに耳に入っておろう、今川の動きを!」
「た、確かに…この勝家の耳にも入っておりまするが…事実かどうかは…」
「わしには分かる、今川の考えがな!…やつは田植えの時期を狙い上洛してくる!…わしが義元ならそうする!」
まだ巽の進言が事実かどうかは分からぬ、だが未来から巽は来たのだ、その進言に合わせ準備をしておいても無駄にはならないだろう。
「で、では…来年には今川が!…も、もう一年もありませぬ!」
「そうじゃ、長秀!…すでにこの尾張の命運は1年も無いのじゃ!」
「な、なんと!…そ、その為に…殿は諸外国の商人の目に留まる街道にふれを出し、全国から戦に長けた精鋭を集めようと?」
「いかにも!…長秀、お主は木下小一郎と共に一人に対する俸禄の額を決めふれを出せ!」
「ははっ!」
「勝家!…その方は、集えし精鋭達を戦場で役に立つよう更に鍛え上げよ!…お主らの励みがこの尾張を救うのじゃ!」
「ははっ!」
「ははっ!」
この小さき国の尾張にはかなり厳しい支出になる事は承知の上!…だが、今川を打ち負かせばこの支出などすぐに取り戻せる!。
それに、義元の首を取れば近隣諸国もこの尾張に危機感を持ち同盟の話も来るやも知れぬ、今は胡蝶の父でもある美濃の斉藤道三だけだが、いずれ駿府の犬千代も何かしら動きがあるだろう。
(しかし、義父の道三はまだ信頼出来る…が、その息子は……)
丹羽長秀、柴田勝家の両名と密談を終えたわしは、天守閣から清洲の街を欄丸と缶コーヒーを片手に眺望していた。
まだ商人すら裕福と言えぬ貧しい街の光景ではあるが、わしにはもう一つの野望を抱いていた。
「欄丸、わしはいずれ城下町を京よりも絢爛豪華な街にするつもりじゃ!」
「京…よりもですか?」
「うむ、それには巽の力も必要になるがな、それにだ…わしは此度の戦が楽しみでならぬ♪…あの巽が未来から持ち帰った道具を使い、あの今川勢を翻弄するのかと考えるだけでも胸が躍るわ!」
「御意でございます、殿、私もその絢爛豪華な街を見てみたいです♪」
「おぉ、そうか!」
わしの瞼の中には城から真っ直ぐ大通りが延び、左右にはそれぞれ町人が営む店が並んでおり、夜になるとその店の提灯が煌々と前の通りを照らしている美しい様子が映っている!。
その輝ける景色を見た他国の商人もこの場に留まりたくような街をわし自ら作り上げるのだ!。
「で、欄丸?…この後の用は何だ?」
「は、まず…[ひるげ]の後は、我が父…森可成殿、そして村井貞勝殿との会談、夕刻からは堺より商人が訪れる予定でございます…」
「そうか…こうして息抜きが出来るのは今だけか……そう思うと、更に缶コーヒーが美味いの…」
「は!…」
「ふ、ふふふ♪…欄丸、この遥か山の先には駿河の国がある!…今川義元よ、お主の抱いた上洛の野望!…この織田信長が引き継いでやるぞ!…しかとあの世で見ておくがいい、わははははーーー!」




