保険は大事!
まぁ実際の所、歴史の信憑性があるのは<江戸中期~明治維新>辺りからではないのか?と俺自身思ってしまうほど藤吉郎様の嫁様はぶっ飛んだ人だった!。
「あははは♪ねぇ?この<表六玉>の後ろに居るお方?見かけない顔だけど、何処から来たの?」
(ひょ、表六玉って…おたくの御主人、未来の天下人ですよ!!)
「あ、じ…実はな<おね>…これには色々訳ありなのじゃ!また清洲から戻って来た時に話すので、まずはわしの着替えを手伝うてくれ!」
「やだ!せめてその人の名前くらい聞かせてよね~!」
「あ、も…申し遅れました…私<巽淳一>と言いまして、う…生まれは、その…せ、摂津の国です…」
「摂津!!…これはまたよく関所を抜けれたもんだねぇ~!やるねぇ~♪ひゅ~、ひゅぅ~♪」
(この人…生まれる時代が昭和だったら…毎夜六本木のクラブに通いまくり、ド派手な色の<フリフリ扇子>をなびかせながら、腰を悩ましく振りつつ<お立ち台>の上で踊ってたんだろうな~…)
「は…はは…どうも運が良かったようで……」
「ま、お…<おね>…その辺も清洲から帰って話すので…わしの着替えを……」
「たく!しょうがねぇ~なぁ~…一人で着物も着れないのかよ!もっと織田の殿様を見習えよ!あの若さで尾張の大名だぞ!それに比べてこの宿六は…」
「そ、そこまで巽殿の前で言わなくても……」
「い、いえ!<おね>様!必ずや藤吉郎様は、この先信長様と大活躍されますので期待し待っていてください!」
「ほんとかい?このお調子者の甲斐性なしが?」
「はい!必ず藤吉郎様は信長様より多大なる信頼を得るお方になられます!!」
今の俺の言葉、絶対藤吉郎様に覚えていてもらいたい!それは当然ながら未来の家臣が俺を斬り付けそうになった時、関白様からの一声を期待する為だ!。
「ま、初対面の巽様にそう言われたら<富くじ>程度の期待はしてあげるよ!」
(富くじ?あぁ、この時代よく年頭に神社とかでやっている宝くじのようなもんか…て、そんなに藤吉郎様は奥さんの信頼が薄いのか?…)
「おぉ♪感謝するぞ!おね♪」
(何でそこで感謝するわけ?よくよく考えれば殆ど期待してないって事じゃん!)
こうして俺は藤吉郎様のお屋敷(?)に案内され、囲炉裏の前に座らされた。
(何だか秘境の小さくて古びた温泉宿に来た気分だな…)
「あいよ、巽様!お茶だよ~!」
「あ、ありがとうございます…<おね>様…」
「やだよ~!<様>なんて付けなくて~!あははは♪出来れば<おねちゃ~ん>て呼んでくれた方が気を使わなくて済むよ~ん♪」
「い、いえ!そんな風に<おね>様を呼んだら…いずれ私の命が………」
「はぁ?何言ってるんだい?誰が<たっちゃん>の命を狙うってのさ?」
「た、たっちゃん?」
「そうだよ~ん♪うちは今からあんたの事を<たっちゃん>て呼ぶから!それならうちの事も<おねちゃ~ん>て言えるだろ?よし、それできっまりぃ~~!いぇ~~い♪」
「わははは♪巽殿は相当<おね>に気に入られたようだわい!それに、もう観念したほうがよいぞぉ~!<おね>は言い出したらきかんのでな♪」
「そ、そんなぁ~~…お、俺の未来の命が………」
またしても俺の背中に冷たい汗が流れていく!これが本当に夢ではなく現実だとしたら、いずれ何処かの書物に<北大政所>様に向かって<おねちゃ~ん>と言い、問答無用で磔の刑にされた不心得者として、俺の名前が歴史に残るのではないかと言う恐怖が背中に汗を噴かせていた!。
「ほら、たっちゃん!<おねちゃ~ん>と言ってみな♪」
(死罪!もうこれで俺の人生の終焉は死罪しかないのでは?…は、磔は嫌だ!!なら打ち首…それ絶対痛い!いや待てよ!このまま藤吉郎様と共に歩むのであれば…俺も侍か!!えっ、て事は…せ、切腹!!…い、嫌だ!この時代に麻酔なんてあるわけないし、死ぬほど痛いに決まってる!)
「いや、あの……ほ、本当に…そう呼ばしていただいても怒らないですか?…」
「はぁ?うちがそう呼んでほしいと言ったのに、どうして怒るわけ~?変なたっちゃん♪」
「で、でも…御主人の藤吉郎様がなんて言うか……」
「いや!巽殿!わしは<おね>の望みをいつも叶えてやりたく思っておる!なので、お主が<おねちゃ~ん>と呼ぶ事を許すぞ♪」
「ほ、本当ですよね?その言葉!ずっとずっと覚えておいてくださいよ!!」
「くどいぞ!許すと言ったら許す!!」
将来の関白様からお許しが出たのだ!これで磔や打ち首も間逃れるはず!なら、当然……。
「お、おねちゃ~ん……」
「あははは♪あいよ~~、たっちゃ~ん♪」
俺はちゃんとこの時代で上手く生きていけるかどうかかなり不安になりながらも、ふと<おねちゃん>の左手に目をやった。
「あ、あの?お…おねちゃん?…その左手の人差し指……どうして布を巻いているのですか?」
「え?あぁこれかい?さっき大根の皮を向いていたら包丁でスパッとやっちゃって~!あははは♪なかなか血が止まんないんだよ~!」
「それは災難でしたね……あ、ちょうどアレがあったな……」
俺はずっと道中ぶら下げていた風呂敷包みの中から電工ベルトを出し、その中に常備していた絆創膏の箱を取り出した。
「やっふぅ~~♪あ~何々?…その皮製の帯!それに珍しい道具が皮に刺してあるけどぉ~♪それって遊び道具?なら今から遊ぼうよ~♪」
「い、いえ、これは…まぁ…大工道具のような物です……」
「あははは~♪こんな大工道具初めて見たぁ~~♪」
(ほんとこの人軽いな……)
「お、おほん!お、おね?…それも清洲から戻った際に話すので、今は巽殿の指示に従うのじゃ…」
「えぇ~~!!こんな珍しい物があるのにぃ~…つま~んな~い!!」
「ま、まぁ<おねちゃん>…今はその指に巻いている布を解いてください…その傷でも水仕事を楽に出来るようにいたしますので…」
「えぇ?結構傷が深いよぉ~~…」
「いいから、おね!巽殿を信じろ!」
「表六玉は黙ってて!…うぅ~…まだ血が出てるはずだよ~……」
おねちゃんは渋々人差し指に巻いていたどう見ても清潔そうでは無い布を解き始める、その様子を窺いながら、俺も箱から絆創膏を2枚ほど取り出した。
「ほらね、たっちゃん!また傷口から血が出てきたでしょ?」
「どれどれ、少し傷口を見せてください……」
俺はおねちゃんが差し出した左手にそっと自分の右手を添え傷口を確認しようとした。
「あら…た、たっちゃん…ポッ❤」
「え?…」
「こ!こらーーー!!て、亭主が見ておる前で嫁の手に触るとは何たる事だーーー!!」
「えっ?ダ、ダメだったんですか?」
「くっ……た……巽殿!……わ、わしは……お主と出会って立身出世を夢見た!!お主となら殿の喜ぶ顔が毎回見れると心躍らせておった……くっ、だが!…目の前で愛しい嫁の手を触られた以上、武士の誇りを守らんといかん!…うぅっ…辛いが…この手で巽殿を斬らねばならぬ…許せ!!」
「ひっっっっ!!!」
いかにも無念そうな表情で藤吉郎様は脇差しに手を添えた!これは冗談ではなく、マジで俺の命は風前の灯を意味していた!!それも、傷を治したい厚意で<おねちゃん>の手に触れただけなのに…。
(やっぱり俺の運命は死罪しかなかったのか~~!!恋人も居ないし、結婚もまだな俺なのに!もうここで本当に死ぬんだぁ~~!!刀で斬られるなんて絶対痛いどころじゃ済まないぞーー!!)
「さっきから聞いてりゃ、何つまらない事でグチグチ言ってるんだい!!たっちゃんはね、うちの傷を見てくれるだけだろ!それが、はん!!何が<武士の誇り>だい!丸腰の御仁を斬って誰に向かって誇るつもりだい!!だからあんたはいつまで経っても<表六玉>なんだよ!!」
「お……おね~~~……」
「お、おねちゃ~~~ん(涙)」
「ほら!言ってみな!たっちゃんを斬って誰に功を誇るつもりだい?織田の殿様か?え?どうなんだい?それで信長様が恩賞を与えてくれるのかい?」
「そ…それは……その…なんだ…」
この時、俺はとてつもないほど安心な<終身型災難保険>を手にした♪あの未来の天下人をここまでおねちゃんは追い込めるのだ!これは是が非でも<おねちゃん>は俺の保険になってもらいたい!。
「藤吉郎様!た、大変申し訳ございませんでした!!…私の国では病人の方や傷付いた方を看るのに<触診>という医術がありまして、それに…おねちゃんの傷はかなり深いようで、少しでも早く手当てをしてあげたく…あのように無礼な振る舞いを…ど、どうか…お許しを~~…」
とりあえずここは土下座をし命乞いをする事に俺は全身全霊を注いだ!。
「た、たっちゃん…そこまでうちの事を心配してくれていたんだね……ありがとね♪…ほら!<表六玉>どうなんだい?たっちゃんの人を気遣う心!それも武士道じゃないのかい?」
「う………ま……まさに…<おね>の言う通り…す、すまぬ巽殿……つい血が上ってしまい…」
「い、いえ…私の配慮も足りず…本当に申し訳ございませんでした…」
「いやいや、さ!面を上げて<おね>の手当てをしてもらえるか?」
ハッキリ言って俺はもう失禁寸前の状態だった!それと同時に何が何でも<おねちゃん>には誠心誠意を尽くし、ずっと俺の<保険>になってもらう事を心に誓った!。
「で、では…あの、おねちゃん?…その切った指を真っ直ぐに伸ばしていてください…」
「ん?…こ、こうかい?」
「ありがとうございます、では……」
俺は床に置いていた絆創膏の一枚を手にした。