藤吉郎の考え
「はぁ~~~……はぁ~~~…つ、疲れる…と…藤吉郎様……ま、まだ清洲は遠いのですか?」
「ん?まだ一刻ほどしか歩いておらぬではないか、未来の男はひ弱じゃのぅ~…そんなのでは戦場じゃすぐ首をはねられるぞ!わははは♪」
「い、戦…場!!…ひぃぃっ!!」
そうだった、夢とはいえここは戦国時代!弱肉強食、裏切り、下克上は当たり前だし、戦で人を斬ってはなんぼの世界だと綺麗に俺は忘れていた!!
「あはは、その見事な腰抜けぶり!未来のお主の世界では戦はないのか?」
「ま、まぁ…私が産まれてからはこの日ノ本では一度もありません…」
「そうか……良い時代に産まれたのだな……誰が天下を取ったのかは知らぬが、なかなかの名君と家臣団なのだろうな…わしもあやかりたいのぉ~…」
つい日本の政治情勢を知っている俺は思い切りつっこみたかったが、この時代に政治批判をしても完璧理解されないので止めておく事にした!!。
「はは…いずれ藤吉郎様にも運が向いて来ますよ♪それも、超とびきりな♪」
「ちょう?…とびきりの蝶がわしに何をしてくれるのじゃ?」
「あぁ、その蝶じゃなくて…私の世界では<超>とは<もの凄い>とか<とんでもない>とかの意味で使います」
「そうなのか、未来の言葉はおかしいの…すると何か?いずれわしにはもの凄い運がやってくるとお主は言いたいのじゃな?」
「その通りでございます!」
「そうかぁ~!巽殿が言うと、そうなりそうな気がするのぉ♪その時は殿と一緒に居たいものじゃ!」
(それは…叶わない希望です…)
それからまた一刻、電気屋の私と未来の天下人はひたすら畦道を歩き続け、いつしか周りの風景が明るくなり始めていた。
(はぁ~、はぁ~…マジこれ夢か?メチャメチャ疲れるし、この砂利を踏む感触とかリアルに感じる!それに新鮮な空気もそうだし、鳥の鳴き声まで聞こえるぞ…)
「巽殿、かなりお疲れのようじゃの?…この先に茶屋がある、そこで休むとしよう」
「はぁ~、はぁ~…た、助かります~…」
棒のようになった足を引きずり、茶店に着いた俺達はようやく休憩を取る事が出来た!。
「おい!女将!茶を二つとだんごを一つじゃ!!」
「お侍さん?だんごは一つでいいのですかいな?」
「女将!わしは侍でも上に<貧乏>が付く侍じゃ!だんごは二人で分ける!!」
「は、はぁ~…畏まりました…」
だんごも二人前を期待していたのか、それを裏切られた女将は不服そうに店の奥へと消えて行った!。
「すみません、藤吉郎様…私が文無しなばかりに…」
「気にするな!それに、清洲に戻り殿にお会いしたら、きっと御褒美がもらえるに違いない♪わしはそう信じておる!巽殿、その時は豪勢にいたそう♪わははは!!」
これが未来の天下人の度量なのか?と思うほど藤吉郎様は貧乏を気にせず堂々としていた!。
(俺も、少しは心を大きく持たなければな……)
それにしてもこの夢はかなりリアルだ!お茶の熱さ、甘さ控えめのだんご、目の前を通り過ぎる旅人の足音、実際この時代に居るような気持ちになってくる。
「のぉ?巽殿…ちと不安な事があるのじゃが、言ってもよいか?」
♪ドキッッ!!!
「な、何でございましょうか?」
(おい!おい!まさか駄賃が無いとか言わないよな!この時代って無銭飲食は打ち首か?それとも、島流し?)
「いゃぁ~、さっきから行き交う者が不思議そうにそなたを見ておってな、どうやらその出で立ちが珍妙に見えるようじゃ、それにその姿で殿に会わせるのも無礼だと思うし…着物とかは持ってはおらぬか?」
「そ、そんなのありませんよ!この姿で藤吉郎様の時代に来たんですから…」
「まぁそうだろうのぉ~~……かと言って、そなたの着物を買ってやるほど手銭は無いし…困ったの…」
大阪城の黄金の茶室・見上げるほどの金塊を保管している蔵・大阪から江戸までを繋ぐ東海道を<黄金で敷き詰める!>とまで豪語した天下人も、まだこの時は着物代にも苦労していたようだった…。
「おぉ!そうじゃ!いい案が浮かんだぞ♪」
(げっ!まさかその腰の刀を使って追い剥ぎをするとか言い出すんじゃ!!)
「ど、どの様な案でございますか?」
「おぉ!清洲城に戻る前にわしの生家に寄るとしよう!そこには弟の小一郎がおってな♪そやつの着物を借りるとしよう♪」
(小一郎?………って…!!……将来、豊臣家NO2の豊臣秀長かよ!!!…)
「どうした?わしは早く殿にお会いしたいのじゃ!そろそろ行くぞ!」
「は……はぁ~~……」
(こ、今度は豊臣秀長と会うのかよ…)
それからまた歩く事2時間弱…この時代だと4刻ほどか…俺は確実に足の裏から伝わる水分の含んだ豆の痛みもリアルに感じていた!。
(昔の人はすげぇ~~な~~~…それだけ俺の住んでいる世界は便利だと言う事か……)
更にそこから歩く事、半刻…ようやく視界の先に小さな村が見えてきた!。
「巽殿!あれがわしの生まれた<中村>じゃ!小一郎と会うのも久しぶりじゃ~♪さ、早く参ろう!」
「ちょ、ちょっと藤吉郎様!あ、足に豆が出来ており少しゆっくり歩いてください~!!」
「たく、本当に未来の男子はひ弱じゃのぉ~!戦の時は一昼夜以上歩いて戦場に向かうのだぞ!その程度でへばっておっては即討ち死にじゃぞ!」
(なぁ!これ本当に夢なのか?それとも屋根から落ちて俺は足を怪我しちゃって、ベッドでうなされてるのか?マジ足痛いんですけどぉ~~!!)
そんな俺の悲痛な叫びにも藤吉郎様は耳を傾ける事無く、そそくさと村を目指し歩き始める!。
「ほれ!巽殿!!あの左端の屋敷がわしの生家じゃ♪」
「屋敷?……ですか…」
どう見ても<屋敷>とは程遠く、子供頃に観ていた<日本昔話>に出て来る優しいお爺さんとお婆さんが住んでいる茅葺屋根の小屋にしか見えなかった…。
「ま…まぁ、屋敷よりはちと小さいが、気持ちだけは大きく持っておれば、いずれこのわしも出世して屋敷に住む夢が叶うと思っておる!!どうじゃ?凄い夢じゃろ~♪」
(いやいや!!いずれ屋敷どころでは無いほどの豪華絢爛なお城に住まわれますから!!)
「さてさて、小一郎はおるかの~~~………おっ!庭で薪を割っておる♪お~~~~い!!小一郎~~!!わしじゃ、兄の藤吉郎じゃぁ~~~~!!!」
(へぇ~、あの人が木下小一郎かぁ~~~…ただの農夫にしか見えないな……)
「あ、これはこれは兄上!御無沙汰しております!」
「おぉ!小一郎も息災で何よりじゃ!!会えて嬉しいぞ♪」
「して、兄上…そこの御仁は?…何処かの南蛮人ですか?」
細身で色白、穏やかな表情…確か歴史を勉強した時は弟の小一郎は身体が弱かったらしいが、どうやらそれは真実だったようだ。
「いやいや小一郎!この方は<巽淳一>殿と申してな、ま!口の堅い小一郎にだけ打ち明けるが、未来の摂津の国から来た御仁なのじゃ!!」
「は、初めまして…未来から来た巽淳一です……」
「はぁ?未来?……兄上、まだお天道様が出ておる時間から酒を飲んでおられるのですか?」
「ほほぉ~♪やはり、お主もそう思うよな!わしだって最初はそうじゃった!!…よし!ちと、耳を貸せ小一郎!実はな……………」
どうやら藤吉郎様はこれまでの私との出会いを小一郎様の耳元で伝えているようだ!まぁそれにしてもかなり現実的な夢に俺は相当戸惑ってはいた!。
「な、何と!こ、これが<ぺんらいと>たる物ですか!!ま、眩しい!!」
「じゃろ♪これで巽殿が未来から来たと信じるじゃろ?」
「正に、これなら闇夜でも書状が読めまするな!いや、それどころか夜の山越えも道を照らして歩けまする!!」
「おぉ!そんな使い方もあるのか!さすが小一郎、頭が良いのぉ~~♪それでじゃ、わしはこの<ぺんらいと>なるものを殿に献上しようと思うておる!どうじゃぁ~、殿の喜ぶ顔が目に浮かぶであろう~❤」
「えぇ、きっと殿はお喜びになりまする!」
「じゃろ?だがな小一郎……一つ困った事があるのじゃ……」
「何をお困りなのですか?」
「うぬ、そなたも気が付いておろう、巽殿の格好じゃ…お主も南蛮人と思うてしまうほど珍妙な出で立ちをしておるじゃろ?そのような格好で殿に会わせる訳にはいかんのじゃ…もし殿のご機嫌が悪ければ無礼千万で即刻手打ちにされてしまう!!」
(おーーーーい!!!今、サラッと<トンでもない事>を言わなかったか!!!)
そう言えば、この時代に憲法や法律、労働基準法も人権擁護の条例なんてものも存在していない!大名の腹一つで人の命が左右される時代なのだ!俺の時代に翻訳すると、ただの<ブラック企業>そのまんまである!!。
(て事は何か!日本全国全てが<ブラック企業>で埋め尽くされてるって事?それが戦国時代なの?)
「なるほど、その可能性もありますね…でも、兄上が手打ちにされるのは困ります!」
(おい!俺は別にいいのかよ!!)
「でじゃ、ちくと暫くお主の着物を巽殿に貸してはくれぬか?」
「私の着物を巽…殿に?……まぁ、兄上の頼みならば致し方ありませんが…」
「おぉ、助かるぞ!もし殿から御褒美を頂いたら小一郎にも分けてやるからな♪」
「はぁ、ただ…私はまだ完全に巽殿を信じている訳ではありませんので…それだけは兄上の心に留めて置いてください…」
(ま、いきなりこんな姿で現れたのだから、すぐに信じるなんて無理な話だろう…特に頭の良い将来<豊臣秀長>となる木下小一郎なら…)
こうして俺は天下人NO2になるお方から着物を貸してもらい、いよいよブラック企業(株)清洲商事の代表取締役社長<織田上総介信長>との面談に赴く事になってしまった!!。