新居
小一郎様のパソコンに映し出されている映像は、決してシュミレーションゲームのCGではない…本物の人間が刀や槍を持ち殺し合っているのだ…特に今川の兵士達はいきなりの奇襲に戸惑い、ただ己を守る事だけに必死となり、主君の義元の事など完全に忘れているかのような姿を曝け出していた。
「藤本、義元の姿は見えておるか?」
「はっ、あの陣の外で我が軍と立ち回っている姿を確認しています!…派手な容姿なので、誰が見ても義元だと分かるでしょう!」
「なるほど…この着物の男か!…生き残る為、必死に太刀を振るっておるわ!…もはやこれまでと、奴も分かっておろうに…何とも浅ましい姿よ!」
パソコンの画面を眺めながら、すでに信長様は勝利を確信していたのか、握り飯を口に頬張りながら奮戦している今川義元を眺めていた…。
「……信長様…まもなくファルコンの行動時間が無くなります……こちらに戻してもよろしいでしょうか?」
一瞬、俺は浩一のプロポを覗き込んだが、まだファルコンのバッテリーは十分残っている…この時、浩一の気持ちを痛いほど理解する事が出来た…。
(もはや義元の周りは織田軍に囲まれている…彼の命は後、数分だ…浩一はそれを見るのが耐えられなくなったのだろう…俺だって、人が殺される瞬間は見たくない…)
「よかろう、出来れば義元の最後をこの目で確かめたかったが、この[どろーん]には今後も働いてもらわねばな!…」
戦後、何より命が大切だと教えられた時代の俺達と、人の命を奪うのが出世と生き残る術だと信じている時代の人とでは、これほど心に大きな溝がある事を俺は身を持って知った…そんな俺の耳に義元が討ち取られたとの報告がトランシーバーから流れ、桶狭間山から織田軍の勝ち鬨の声が木霊した…。
(歴史通り、織田軍は今川義元を倒した……この事はすぐ全国に広がるだろう…そして、織田家は血で染まった茨の道を歩み始める…歴史の神よ、この時代で悲しい運命が待ち受けている人々に、少しでも助ける事が出来る力を、俺達にお与えください…)
[桶狭間の戦いから3ヵ月後]
「わぁ~~お!…ねぇ、ねぇ、本当にここに住んでもいいの?」
信長様は約束通り、俺と浩一、小一郎様の褒美として、美濃との国境に近い場所で屋敷を建ててくれた、そして今日は引越しの真っ最中である!。
「ほんに、織田の殿様には感謝してもしきれんて…ありがとね、小一郎の働きがあったからこそじゃ…」
「母上、私などたいした働きはしておりませぬ!…これも巽殿と藤本殿のお陰でございます!」
「主、本当に私もこんなお屋敷に住んでもよろしいのでしょうか?」
「えぇ、勿論!…これから楓さんには、色々と働いてもらわなければなりませんので!」
「はぁ…しょ、承知しました…」
敷地の広さは約200坪くらいだろうか、庭にはひょうたん池と立派な植木や庭園があり、白壁の塀に囲まれた新築の武家屋敷が堂々と俺達を迎えてくれていた!…当然ながら、松風達をゆっくり休ます馬小屋も完備している。
「あははは~♪…ここのお屋敷、みんなのお部屋があるんだよね!凄く贅沢~♪」
「えぇ、一人一人の時間を大切に出来る空間があるといいなと思いまして…」
この屋敷は設計段階から俺達の知識を融合させている、まだ屋敷全体をフォローする事は出来ないが、簡易的なソーラー発電機を屋根に設置し、ダイニングや各個室に室内灯を取り付け、恐らくパソコン等で一番電力を使う小一郎様の部屋には彼専用の発電機も直接繋げていた。
(いずれの事も考え、各主要な壁にはコンセントの取り付け工事も済ませてある…はは、まさか戦国時代で本業の仕事をするとは夢にも思わなかったな…)
そんな中で特に苦労したのは水の問題だった、この屋敷を建てる場所を決めるに当たり、なるべく山から流れてくる綺麗な水をこの屋敷内へと引き込む事を決めていたのだが、その用水路の工事がかなり手間取った…。
(浩一と令和に戻り、ホームセンターでセメントやら砂やら、配管工事セットを買う為に、一日何回橋の欄干や倉庫の屋根から飛び降りた事か…)
だが、その苦労の甲斐もあり、台所を筆頭に女性陣から起っての希望でもあるお風呂やトイレにも水を流す事が出来た、特に年頃の女性が居る為、トイレは男子用と女子用の2種類をそれぞれ改築し、排泄する場所は常に川の水が流れているシステムを採用している。
(おねちゃん達は令和のトイレを知っているんだから、せめてそれに近いトイレを用意してあげたかったし、彼女らも喜んでくれたので良かった♪)
みんな笑顔の中、約一名だけはどんよりと落ち込んでいる…そう、木下藤吉郎様である!。
「はぁぁ~~~…いいのぉ~~~…おねらだけこんなお風呂付きの屋敷に住めて……」
藤吉郎様は台所奉行のお役があり、この屋敷から城までの通勤も大変である事から、信長様の命で一人清洲城にて駐在する事となっていた…まぁ衣・食・住は確保出来てはいるのだが、俗に言う単身赴任という現実が彼をブルーにしていたのだ。
「だったら、あんたも先の戦でたっちゃん達のように武功をあげればよかったんだよ!」
「そ、そんな事言われても…わし、部隊の中では一番のしんがりじゃったし…」
ずっと織田家にお使えしている藤吉郎様よりも、この新参者の俺達が先に馬を与えられ、今回の戦の功でお屋敷まで頂いたのだ…彼が落ち込むのも無理は無い…劣等感は俺自身、嫌と言うほどこれまで味わってきたから、彼の気持ちはよく分かる…。
「藤吉郎様、少し二人だけでお話しをしませんか?」
「え?…わしと?…」




