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戦国時代の電気屋さん  作者: 朝風清涼
第5章 桶狭間

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万事休す!

 各重臣達が我先(われさき)に自分の隊へと駆け出し、さっきまで熱かった陣幕内に静粛の空気が流れていく…。

 俺、浩一、信長様、そして小姓の欄丸様だけがその場に残り、そして少し離れた場所で小一郎様はパソコン作業を続けていた。


「ふふ、巽よ!…皆驚いておったの♪まさか、この尾張にそれほどの蓄えがあるとは思ってもいなかったようじゃ!」


「これも小一郎様が米相場のやりくりをしてくれたからでございます…」


「正にあやつは織田家のそろばんじゃな♪…猿よりも優れものではないか!」


「いえ、藤吉郎様はまだ鉢の中の小魚…池に放せば立派な鯉となりまする!」


「ほう、鯉とな?」


 いつしか信長様の側から消えていた欄丸様は、盆に缶コーヒーを乗せ俺達に配り始めてくれた。

 美形で心配りも申し(ぶん)ない、もしかすると未来で芸能界デビューより、ホストクラブを経営する方が儲かるかも知れない!それならこの時代でもやっていけそうだと妙な野心が俺の心をくすぐった♪。


(武将や公家の姫君をイケ面達を揃えておもてなし♪…屋敷どころか城を建てられるな♪…いかん、いかん、少しが気が緩んでしまった!…気持ちを元に戻そう…)


「え、えぇ…すでに信長様は美濃攻略も視野に入れておると聞きました…その攻略の先鋒を是非、藤吉郎様に命じていただきたく…」


「じゃが、あやつは何も武功も立てておらぬ…そんなやつに兵の指揮など…」


「いえ、あの美濃には、かなり厄介な者が居りまする……いずれ信長様のお耳にも入るかと…その時に藤吉郎様の働きが必要となります…」


「そうか…あい分かった…その時になれば猿を起用するといたそう…」


「有り難き幸せ!」


 戦場(いくさば)とはいえ、これまで飲み慣れた缶コーヒーがこれほど美味しく感じたのは久しぶりだった、歴史の神が俺達に味方してくれたのかどうかはまだ不安として残るが、少しばかり未来に光りを灯してくれたのは素直に感謝したい。


「それにしても、さすがは信長様ですね!」


「なんじゃ?藤本?…」


「いえ、あの最後の信長様のお言葉です…戦場で亡くした勇者の家族を織田家が守ると…そのお言葉だけで、どれだけ兵の士気が上がるか…」


「そんなものは兵法の基本じゃ…」


「いえ、信長様はもっと先の事もお考えのはず…例え(いくさ)で主人を亡くしても、その子、その縁者がおりまする…織田家より熱い庇護を受ければ、おのずと忠義の心が芽生え、織田家の危機には命も惜しまぬ者が集結いたします!…これほど強い兵は他にはございませぬ…」


「ふっ…未来から来た者とは、さも恐ろしい者よの!……わしの心が泉の底のように透けて見えてる様じゃの…」


「恐れいります…」


 缶コーヒーを片手に俺と信長様はMyトランシーバーを見詰めている。

 いつ今川の軍勢が桶狭間に到着するのかを待ち続ける為に…。


(…気象情報のサイトを見れれば、もっと迅速に行動出来るんだが…この時代では無理だし、今は気圧計が頼りか…それに、まだ上空は青空だ……本当に夕立のような雨が降るのだろうか…)


 [申し上げます、殿(との)!…今川の軍勢、丸根砦と鷲津砦を陥落させたもよう!…]


 陣幕内に、白い鳥の羽のような使番指物(つかいばんさしもの)を背に付けた者が慌てて報告に来たが、信長様はそれを平然と受け止めていた。

 今川軍の勢力は強大…まともに正面から当たれば佐々政次、千秋四郎と同じ愚行を犯し味方の敗北は必死、そこで信長様は敵兵力の分散を狙っていたのだ!。


「して、現在今川の軍勢はいかほどじゃ?」


 [はっ、恐らく本隊は五千の兵しか残っておらぬかと!]


「うむ、分かった!下がれ!」


 [ははっ!]


 佐々政次、千秋四郎が生き残ったとはいえ、ここまでの流れは歴史通りの展開になっている…この後、勝利を確信した今川義元が桶狭間山で休息を取るはずだが、問題は神風の如く発生する雨雲が本当に発生してくれるかどうかだ!。


(くっ、このデジタル気圧計の精度は間違いない…測定場所もここは標準値だし…これまで何度も繰り返し性能テストをしたが、90%以上の成果を上げている…しかし…まだ何も反応が無いのは何故だ!)


 この戦いはどれだけ今川軍を欺き奇襲をかけるかが大きな鍵だ!その為には地の利だけではなく、天候も味方にしなければならない…その肝心な天候は、今も尚…澄み切った青空を描いている。


(これじゃ、桶狭間山に移動した今川勢からはこちらの動きが丸分かりだ!…)


「巽、これで今川勢は分散した!…後は貴様の合図が有り次第、全軍に下知を飛ばす!」


 軽く俺の右肩をポン!と叩いた信長様は、すでに勝利を手にしたかのように笑みを浮かべた!。

 もし、これで雨が降らず俺からの指示が遅れでもしたら、その笑顔は一変し腰に差している太刀で俺の首が飛ぶだろう…。


(まさか、歴史の神は…ここで俺達を排除するつもりなのか?…佐々政次、千秋四郎も結局は討ち死にさせ、織田信長の存在も消し、完全に新しい歴史のシナリオを用意していたってわけなのか!)


 天国から地獄…冷え始める心臓の鼓動が呼吸を荒くさせていく…期待の雨が降らなければ陣形的に織田軍は不利…こうしているうちにも、二箇所の砦を陥落させた部隊が今川本隊と合流し始める!。


(そうなれば、万事休す…俺や浩一の命は数時間後に消える…小一郎様は切腹、木下家も終る…きっと信長様も最後にこの地で自害されるだろう…くそ、こんな最悪なシナリオを用意していたなんて……)


「どうしたのじゃ、まだ合図を出さぬのか!…他の者達はすでに配置についておる!…」


「い、今しばし…お、お待ちを……」


 [ザ…ザザ…こちら物見の五平、ただいま今川本隊、桶狭間山にて陣営を構えたもよう!]


 今の俺の心境はこうだ、明日金融機関から融資成否の返答を待っているにも拘わらず、借金返済期日が過ぎているという理由で、反社会組織の事務所に連れ込まれてしまい、怖いお兄さん達に拳銃をこめかみに当てられているような感じだ…。


「どうするのじゃ、巽!これでは、我が軍は今川から全て見下ろされる事になるぞ!…答えよ!」



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