歴史の神よ!
(早馬が間に合えばいいが…)
「淳一、あの佐々政次、千秋四郎は早まった行動をし討ち取られた武将だろ?…まぁある意味織田軍の為にはなったが、その二人の命を助けた時点で歴史は別の方向に向かう事は理解してるんだろうな?」
「あぁ、どうせ俺達がこの異世界の戦国時代に現れただけでもう別方向に歴史が向かってるなら、俺は俺の[義]を通させてもらう!」
「コミックの読み過ぎだな…お前は直江兼続にでもなったつもりか?」
俺はずっと木製の机に置かれたトランシーバーを静かに見詰めていた、中嶋砦が陥落するのは分かっている!一番の注目点は佐々政次、千秋四郎が生き残るかどうかだ…。
もし生き残れば、歴史の神は未来からやって来た俺達を受け入れた事になる!。
(だが、そのまま歴史通りあの二人が討ち死にしたら、織田軍の勝利に向かって歴史は史実通りに進んでいく…けど…俺達の未来は…)
そうなれば歴史の神は俺達を拒んだ事が確定する…もしかすると、何処かの歴史イベントで俺達は消されるかも知れない…が…人の犠牲なくして勝利無し!それが戦だ…俺だってそんな事は無論分かっている、それでも俺は、味方の命が消えてしまう事実を知りながらも目を背けたくは無かったし、歴史の神の真意を知りたかったのだ。
(この戦いを勝利しても、織田軍がずっと無血勝利をしていくなんて有り得ない…でも、歴史上犠牲者が5千人だったら、俺達の力で半分に減らす事は出来るかも知れない…未亡人や戦争孤児を増やさない為にも…だから…歴史の神よ…頼む!…この願いを、聞いて欲しい…)
今は受験の合格通知を待っている気持ちか…いや、借金返済分の金を増やす為、カジノの定番であるルーレットの[ブラックorレッド]ゲームに全財産をレッドに賭けたような気分だった…。
(もし、ブラックだったら、例えこの戦いに勝利をしても、織田家には大量殺戮の歴史が待ち受けている…それに、俺達の運命もどう転がるか分からない…くそ、ブラック後の人生計画なんて何も考えていなかったぞ…)
俺達が居た令和の時代では、戦争イコール全てが画面の中の出来事である、ニュース、歴史番組、そして何度もリセットが出来るゲームの世界だけだ。
そんな世代に育った俺が、戦国時代の戦場を目の当たりにしている…初めて感じる目に見えない戦争の圧力に、のほほんと平和な時代を生きて来た俺はネガティブな心に支配されそうになっていた…。
「淳一、お前が何を把握したいのかは俺にも分かっている、この異世界の未来に残されている歴史の文献を変えようとしているんだからな…それが未来において吉となるか凶となるかは、誰にも分からない…俺達の運命もな…」
「浩一…」
「なぁ?俺達の世界の歴史を紐解いても、殆どが人の血を流し尊い命が犠牲になっている…でも、今の日本を見てみろよ、終戦から約80年近く経って一度も内紛や戦争が起こっていない、戦争も無く国民を思いやるしっかりとした国政、誰もが安心して医療や教育を受けられる制度、貧困の救済処置、それを実現させてくれたのは、多くの人々の犠牲があっての事だ…」
「……そ、そうだよな……」
「淳一、お前が人の命を尊ぶ気持ちは俺にも分かる、ましてや味方であれば尚更だ!だがな、お前は目の前の事ばかり見ている気がする、もっと自分の使命を未来に目を向ければ道が開けると思わないか?」
持つべきは大事な友である!俺のダークな姿を見抜いた浩一は、すぐ的確な言葉を俺にかけてくれた、仕事の時もそうだったし、この時代と令和を行き来する為の道具すら先を見越して用意してくれたのも、親友の浩一だった…。
「すまん、初めて本当の戦を感じて気持ちが動揺していたようだ…俺がこんなんだから、会社経営も上手くいかないんだな…」
「いや、それがお前の人徳だよ、そんな性格を知ってるから、俺は相棒として一緒に仕事をしてるんだしな!仮にお前の性格がブラック企業なら、当に見捨ててるさ♪」
「…浩一…」
「そうですよ、巽殿…私はあなたと出会えた事をお釈迦様のお導きだと喜んでおります、こんな戦場では役に立たない私を、織田家の参謀にまで連れてきてくれたのですから♪」
パソコンの点検をしていた小一郎様も俺達の会話が聞こえていたのか、静かに俺に言葉をかけてくれる。
「きっとこれから先、巽殿の判断は吉となりますよ!」
「小一郎様…」
経営者は常に孤独だと聞いた事がある、本音を出す事も無く、資金運営や租税公課、融資の返済…仕事の受注に社員の給与支払いなど独りで判断しなければならず、いつしか自分の事なんて二の次、三の次が自然になってしまう、それが中小企業の社長だ…。
まぁ俺なんかは四の次まで行っていたと思う…。
(小一郎様が言うほど俺は仏のような慈悲なんて持ってはいない…ただ、自分よりも人の事を自然と優先してしまう性格は[会社経営という魔物]に変えられただけなんだ…)
そんな能無し社長の俺が、この時代で多くの人々から頼りにされる存在となった、命を失う危険は遥かに大きくなったが、何故か今の自分は令和の時代では考える事すら無かった[生きている実感]を無性に感じ始めていた。
「巽!まだ中嶋砦の状況は入っておらぬか?」
「信長様!」
半刻ほど過ぎたが、まだ信長様のトランシーバーにも状況報告が入って来ないからか、少し苛立ちながら信長様は俺専用のトランシーバーを睨み付けた!。
「…生憎…こちらにも入っておりません…」
「…途中で早馬が今川に討たれたやも知れぬ……ここは佐々政次、千秋四郎を見捨て次の準備に移るぞ!」
「殿!恐らくまだ早馬は討たれてはおりませぬ!」
「何故じゃ?小一郎!」
「拙者が今、ここから中嶋砦までの距離と、早馬の足の速さを参考に計算いたしましたが、まだ向かっている途中だと、恐らくこのままいけば半刻も経たずに到着するはずです!」
「真か!」
「なので、今しばらくお待ちを!」
タイピングソフトの成果か、小一郎様はいつしかプログラマー並みにキーボードを操る事が出来ていた、彼のPCの画面にはこの近辺の図面と、早馬に見立てた青い三角マークがまるでカーナビのように中嶋砦の方向に向かっている!。
(小一郎様、いつの間に予測データーをプログラミングするまで成長したんだ?…凄いな…)
「ほう、これが小一郎の武器[ぱそこん]とやらか、なかなか面白そうじゃ!」
やはり珍しい物好きの信長様だ、小一郎様のPC画面を覗き込み、この場から去ろうとはしなかった…そんな時、信長様のトランシーバーのランプが光り、スピーカーから男の声が響く!。
[ピー…ザ……ザザ……こちら早馬の五平!…申し訳ございません、殿!…今川勢はすでに中嶋砦を陥落させ、先鋒の騎馬隊がこちらに向かっておりまする!…もうこれ以上は進めません!お、恐らく…佐々政次様、千秋四郎様は討ち死にされた模様!]
「中嶋砦がもう陥落したのか!」
[む、無念ではございますが…すでに砦には今川ののぼりが立っておりまする!]
「…そうか…分かった…すぐに戻れ…」
(…………審判が………下された…か…)
何とも言えない空気がこのテント内を包んでいく…心臓の鼓動が激しくなっているのが嫌というほど感じる…。
(今から…俺達の命運は…歴史の神の気分次第になるというわけか……)
俺は浩一に視線を向けたが、彼はただ黙ってドローンの準備を始めていた…小一郎様もPCの前で項垂れ無念そうな表情を露にしている…。
「巽、藤本、小一郎よ!…佐々政次、千秋四郎…あやつらの死は無念じゃが……」
[と、殿!…申し訳ございません!…せ、拙者の見間違えでございました!……せ、先頭の騎馬隊は……佐々政次様、千秋四郎様でございまする!お2人共、負傷はされてはおりますが、こちらに向け、た、退却してきております!!]
(えっ!!)
「そうか!…あい分かった!…大儀である!…巽、藤本、小一郎!…お主らの命と未来、この織田信長が預かった!今川との戦!存分に励め!」
(ふ、2人共生きていた…あ……あぁ…良かった!…か…感謝いたします!…歴史の神様!…)
「行くぞ、淳一!…次は俺達の出番だ!!」




