声優の義兄との恋愛模様!難攻不落のお義兄ちゃん
これは「女優の義妹と熱愛報道!?いや、誤解………じゃない!?」と「声優の義兄と女優の私の熱愛報道!誤解にはさせません」の後日談です。ぜひご覧になってからお読みください。
「お兄ちゃんが手強い」
都内にあるカフェ、その一角。
帽子を被りメガネをかけマスクをし変装をした私こと赤坂柚は、待ち人に開口一番そう告げる。
変装している理由は自分で言うのもなんだが大ブレイク女優だからだ。
「……とりあえず座ったら?」
そんな私に呆れ顔を浮かべ、正面の席を指差すのは小学校時代からの親友、早見麗奈。
今は有名大学の生物学部に入るため勉強してる天才。
中高の定期考査ではいつも彼女に助けられているまさに救世主。
相談をするならばまず彼女を頼るくらいには唯一無二の存在だ。
店員に注文を通し(帽子を取らない私を不審そうに見ていた)コーヒーとケーキが届くのを待ってから再び告げる。
「お兄ちゃんが手強い」
「何度も言わんくていい」
お義兄ちゃんへ全国の前で愛を宣言した私は、その日からお兄ちゃんとの距離を詰めるべく過度なスキンシップをおこなった。その結果。
「前より距離が離れた気がする」
「自業自得じゃない?」
私が近づこうとすると警戒心を剥き出しにして逃げ出すのだ。そのせいで最近はお兄ちゃんに触れることが出来なくてお兄ちゃん不足に陥っている。
「お兄ちゃんと触れたい、お兄ちゃんとハグしたい、お兄ちゃんとキスしたい、お兄ちゃんとセ」
「仮にも女優なんだよね!?」
崇高なる願いを告げる私にドン引きする麗奈。
いい加減慣れて欲しいものである。私のお兄ちゃんへの愛は常識なんて言葉では収まらないくらい崇高で偉大なものなのだ。
「というかお兄さんみたいなウブな人に、対象外だったあんたから急に異常な愛を向けられたらそりゃ距離を取りたくなるでしょうに。あんたは急ぎすぎよ」
「だって我慢できなかったんだもん」
全国の前で宣言したことで気持ちが溢れて、先走ってしまった感はある。
「あんたは可愛いんだから辛抱強く付き合っていけばいいのよ。今の時代20代でも結婚する人は少ないんだからまだ10年以上の期間があるって考えれば焦っても仕方ないでしょう?」
「そんな悠長なこと言ってられないのよ!」
机に伏せていた顔をバッとあげテーブルを叩きグッと顔を近づける。
その勢いに驚いたのかそれとも私の剣幕に慄いたのか、嫌そうに眉を顰め顔を引く麗奈。
そんな彼女を気にも止めず、機関銃のように捲し立てる。
「お兄ちゃんは自分がどんなにかっこいいか分かってないの!あの整った目鼻立ちも、困ってる人を助けずにはいられないあの優しい心も、目標に向け努力し続けられる凛々しいその姿勢も全てがありとあらゆる老若男女を惹きつけるの!」
「……恋は盲目ね」
「お兄ちゃんが一度外に出れば五人の女性を惚れさせて帰って来ているの。全ての女性にとっての王子様と言っても過言ではないわ」
「......過言でしょ」
「既に巨大な敵が何人もいるの!子役時代からの付き合いの綺麗な幼馴染系女優!アニメでお兄ちゃんのキャラの恋人役を勤めたおっぱいのでかい母性のお姉さん系声優!お兄ちゃんに憧れて声優界に入った可愛い声の新進気鋭後輩系声優!そしてお兄ちゃんが主役キャラを勤めたアニメのopを歌ったクール系歌手!」
「……何そのハーレム」
「異性として見られていなかったというハンデを背負った私が、この状況に甘んじているわけにはいかないの!」
私が知っているだけで4人もいるのだ。強力なライバルは他にも私の知らないところにごまんと居るだろう。
茶々を入れている麗奈はこの危機的状況がわかっていないからそんな呑気でいられるのだ。
コーヒーをのみ呑気に一息入れている彼女を軽く睨みつけると、彼女はため息を吐きコーヒーを机に置くと私の両肩を力強く掴む。
「いい、あんたも今大ブレイク中の大人気義妹系女優なのよ。付き合いなら生まれた時からの誰よりも長いものがあるし、母性だってそれなりのものを持っている。ネット上では可愛い顔に可愛い声と絶賛の嵐で、歌だってカラオケで90点台は余裕の巧さ。ハンデどころか他のライバルの何手も先を行っている状況よ。親密度で言えばお互い知らないことはないほど仲が良くて既に同棲済み。両親どころか全国を巻き込んで外堀だけでなく内堀まで埋め尽くしている状況よ。自信を持ちなさい、勝てる要素しかないわ」
「ほんと!?麗奈にそう言われると勝てる気がしてきた!」
「ちょろ」
「麗奈!?」
まじめ腐った顔で照れてしまうような美辞麗句を並べられ、思わず舞い上がり自信をつける私を鼻で笑う麗奈。
あまりにも早い手のひら返しに思わず声をあげ涙目になってしまう。
もっと希望が欲しいと上目遣いに見てみるが、麗奈はそんな万民を落とす(自分で言うのもなんだが)涙目上目遣いを華麗にスルーして追い討ちをかける。
「冷静になりなさい、あなたがいくら内堀まで埋め尽くしたところで目的の本丸を落とせなかったら意味がないのよ?そしてその本丸はいくら突撃しても崩れることのない堅牢さ。無闇矢鱈に突撃しても返り討ちに合うだけよ」
「でも短期決戦で落とさないと他の武将に先越されるかも」
「それこそ杞憂よ。あの堅牢な要塞はそっとやちょっとじゃ落ちないわ。だから他の女には突撃させといて、こっちは疲弊したところを搦手で落とすのよ。貴方の得意な兵糧攻めとかでね」
確かに、長年の研究によりお兄ちゃんの好みはバッチリ把握済み。
過度なスキンシップで引きこもるのであれば、餌をぶら下げ向こうから出てきてもらえればいいのだ。
「麗奈ちゃん、ありがとう!早速実践してみる!」
「はいはい、頑張りなさい」
コーヒーを一気に飲み干すと、苦笑いを浮かべる彼女に手を振り店を出る。
目指すはスーパー。
お兄ちゃんの大好きな私の手捏ねハンバーグを作るのだ。
「待ってろお兄ちゃん!」
絶対に堕として見せるんだから!
*****
「相変わらず慌ただしいんだから」
足早に店から出て行く親友に苦笑いを浮かべる。
彼女は本当に変わった。昔はいつも冷静で澄ました表情を浮べ、他人に弱みなど見せなかった彼女。
それが今やどうだ。
お兄さんのために努力をし続け今や大人気女優。お兄さんの言動に一喜一憂し、なれない恋愛に空回りし、昔では考えられないポンコツを見せるとっても可愛い女の子。
私の憧れは恋をしてから昔以上に綺麗にそして美しくなった。
「悔しいなぁ」
あの子をここまで綺麗にしたのが私ではないことが。
あそこまで喜怒哀楽豊かな可愛い存在にしたのが私じゃなくて。
生物好きな私は蟻の観察や昆虫の育成など女の子らしからぬ趣味で小学生の頃は女子から嫌厭され男子からは馬鹿にされた。
そんな中、柚だけが「すごいね」と褒めてくれた。柚だけが私を好きになってくれた。
些細な事かもしれない。だけどあの時私は確かに救われた。生物好きな私が今も生物好きでいられるのは柚のおかげだ。あの日から私にとって柚はかけがえのない存在なのだ。
そんな柚を私は救えなかった。
中学の頃上級生にいじめられた彼女を守ってあげられなかった。
柚自身に遠ざけられたからとか別のクラスだったとかクソみたいな言い訳はしたくない。
あの時私は何がなんでも柚の隣にいるべきだった。
そんな柚を救ったのはお兄さんだった。
柚を助けようと色々試していた私に届いた突然の連絡。
私が詳しい現状を伝えてその二日後には学校に乗り込む暴挙を犯した。
自分がどうなろうとも構わないと言うかのように堂々と。
正直勝てないと思った。自分の全てを失ってまで柚を救おうとする勇気が私にはなくお兄さんにはあった。
ただそれだけの違い。されど実行するには高い壁が聳える不思議な違い。
お兄さんは凄かった。
事前にイジメ主犯格のSNSサブアカウントを炎上させ潰した。
教室に乗り込んだお兄さんは、彼女たちに本垢も潰すと脅しをかけた。
怖かった。怒りが向けられているのが私ではないのに圧に潰されそうだった。
突然の事態に思考停止していた先生が止めに入るが、いじめの動画を見せ黙らせる。
次にイジメ主犯格を守るため出てきた男子生徒に対して、SNSアカウントを指一本で炎上させ、キレて殴りかかってきたところを背負い投げで叩きつけ再起不能にした。
最初はある程度の威勢を誇っていた彼女たちもだんだんと追い詰められていき、お兄さんによりいくつかのSNSの本垢がプチ炎上し始めたところで恐怖に耐えきれなくなり泣き出してしまう。
今思えば年下の女の子に対してえげつないやり方ではあったが、当時は学校に乗り込んでからたった十数分で全てを黙らせたあの手際に感心したものだ。
そしてお兄さんには二度と逆らわないと決めた日でもあった。
正直彼女たちが悪いとは言えあそこまでやる必要はなかったと思う。
逆に言えばそれくらい柚が大好きと言うことなのだが。
うん、それでもやりすぎだと思う。警察に一旦捕まってあの妹好きを矯正して貰えばよかったと思う。
お兄さんが怖いので口に出しては言わないが。
そしてあの日から柚は変わった。お兄さんの隣に立つ為努力を続け今や立派なレディーへと変貌した。
ちょっと慌てん坊で恋愛に関してはポンコツで、それでも頑張り続けるかっこいい大人のレディーへと。
だからこそ彼女にはぜひ頑張って欲しい。
どれほどのライバルがいるのかは知らないが勝算は低くないとおもっている。
コーヒーを飲み終え席を立つ。
会計で料金を払おうとすると店員が「先程のお客様が既にお支払い済みです」と告げる。
こう言うところをさらっとやるから彼女はカッコ良く魅力的なのだ。
そんな魅力的な柚が、綺麗で可愛くてカッコいい彼女が負けるはずがないのだ。
負けるようであればお兄さんの目は節穴と言わざるを得ない。
「メッセージ?」
カバンの中のスマホが音を鳴らす。
柚からかと取り出すとそこに書かれていたのは心配のメッセージ。
お兄さんから「柚にいつ頃帰るか聞いてくれ」と届き思わず笑ってしまう。
最近避け気味で聞きづらいのかもしれないが直接聞いて欲しいものだ。
私はめんどくさくなくていいし、柚は喜ぶ。
勿論このメッセージはスクショし柚に送りつける。
そして「貴方の愛しの奥様は既に帰られましたよ」と返事をし、返信が届く前にカバンに放り込む。
もうなんの心配もいらないだろう。
今はまだ3時。心配するには早すぎる。
難攻不落に見えるかの要塞はどうやら中身のないハリボテのようだ。
絡め手なんぞ使わなくても、もうまもなく堕ちるだろう。
お兄さんからの抗議の返信、柚からの喜びの声、それらによりカバンの中で震え続けるスマホが、もう祝福のファンファーレにしか思えない。
「頑張れ柚」
貴方ならどんな強敵でも落とせる。
だって貴方は私の憧れの英雄なのだから。