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何一つ理解出来ておらぬが

やっと、物語が動き出したぞ!…って思ってたら何一つ理解できやしなーい!!

要の襲い掛かる受難はまだまだ起こりそうな予感満載!!


「お待たせ〜要ちゃん。はい、熱いから気をつけてね。」


「あ、ありがとうございます…。」



遅ればせながらで目を覚ました主人公・要。

彼女は今、暖かい白湯(ご丁寧に来賓用の湯呑みに入れられたもの)を受け取っているところだった。


自分に湯呑みを渡してくれている狼島百合子(54才)は、あなた前世は絶対菩薩ですよね?ってな位、微笑みを絶やさず初対面の要にも優しくしてくれる人だった。

そして、さっきからその百合子さんの後ろでこちらに睨みを効かしているのが…



「もう!李人(リヒト)っ!いい加減機嫌を直しなさいったら!」


「ウッセー!ババア!俺は絶対、そいつを許さねえ!」



要に向かって「こいつマジで恩知らずなヤローだ!」と、叫んでいるのが金髪ヤンキーこと、狼島李人(かしまリヒト)だった。

なんと要と年は一つ違いらしい。



「李人、この家で私のことをババアと言う人は、夕飯抜きって知ってたかしら?」


「!?キ、きたねーぞ!」


「汚くないです、美しすぎて美魔女って言われてますぅ〜!」


「神社のネギが何言ってだよ!」


「ホホホホっ!」


(ネギ?え?何、野菜?)



2人の会話に頭の上でクエスチョンマークを浮かべた要。

だが、先程から2人の掛け合いが激しくて口を挟むこともできずにいた。


そうこうしていると李人は自称・美魔女の百合子に対し、心底嫌そうな顔で「ウゲ〜!キンモッ!」っと吐くようなジェスチャーをしてしまったが為に、更に昼ご飯まで抜かれる選択をされてしまったようだ。


更に怒り出した李人と余裕そうな百合子を見ながら、頂いた白湯をちびちびと飲んでいる要は先程までの自分と李人のやり取りを思い返していた。



  


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




今朝あまりの衝撃的な目覚めをした要は、金髪ヤンキーに怒鳴られたことでキャパオーバーを起こした。

混乱する頭の中で彼女が導き出した答えが、一刻も早くヤンキーから距離を置かねば!…だった。

そんな彼女は咄嗟に自分に掛けられていた上布団をグワリと掴むと、部屋の隅までダッシュで逃げ込んだのだった。

そして野良出身の保護猫同然に「こ、こっち来ないでください!」と震えながら威嚇していた。

効果音があったならば、それは完全に「フシャァッー!!」だろう。


勿論そんな要の態度に、ヤンキーの怒りは凄かった。



「あ゛ぁ!?なんでお前にそんなこと言われなきゃならないんだ!?ここは俺の部屋だぞ!」


「え、あ、あなたの部屋!?」



―なんで、私こんなところに…ハッ!ま、まさか



「病院から誘拐された?」


「バ、馬鹿野郎っ!あのまま、あそこにいたらお前は死んでたんだぞ!俺は命の恩人だ!」


「…し、死んでたって…」



急に何を言い出すんだ、このヤンキーは?と言う目で李人を見る要。

しかしガンつけなら向こうが上手なのだ。



「あ゛!?」


「ヒィっ!」



李人がどんなに言っても、今の要には上手く頭に入ってこなかった。

それよりも自分の家族の顔が見えないことに不安で仕方なかったのだ。



「と、兎に角…私を病院に帰してください!か、家族が…し、心配して」


「お前を見殺しにしたヤローどもが家族だと?」


「み!?見殺しだなんて!」


「なんも違わねえよ。もう一度言うぞ、お前あのままあそこにいたら死んでたぞ。」


「っ!」



実際、昨夜まで死ぬ寸前だった要は自分の事をまっすぐ見つめてくる李人に言い返せなかった。

自分の家族の最後の記憶と言えば、父の「人間らしく死ぬように。」と言う言葉だった。


それは…決して要の望む言葉ではなかった。


父の自分を見る冷たい目、母の困惑の表情、妹とのぎこちない会話…こんな時でさえ思い出すことが出来たのはちっぽけな家族関係だった。

苦く辛い思い出に俯く要を見て、李人は静かに声をかけた。



「お前いつから“ここ”にいるんだ?」


「え?」



李人の問いに徐に顔を上げた要。

見つめた先にいる李人の顔にはもう怒りは無く、ただこちらをじっと見つめていた。



「住んでんの都内だろ?」


「…うん。」


「いつから?」


「7才の…、小学校に上がって…ちょっとしてからこっちに引っ越してきたの。」



そう話しながら要は少しだけあの頃の記憶が蘇った。

引越しをしたのが夏休みに入る直前だったから学校で友達を作るのも大変だった。



「そっからずっと?」


「うん、ずっとこっちで暮らしてた…。」



小さく頷く要を見て、また李人は問おた。

それは()()()()をつくためのものだ。



「引っ越してから具合が悪くなったろ?…んで、ここ何年か…まともに動けてないだろう?」


「…、うん。」


「ハァー…。」



言いにくそうに…それでも肯定を示した要の姿に、李人は大きく溜息をつくとその場で胡坐かいた足へと項垂れるように顔を下に向けた。


そしてボソリ、と呟く。



「道理で死にかけてるわけだ。そんなん相手じゃ、俺だって見つけらんねーよ。」


「見つける?あなたが私を?」



そう言った要の不思議そうな顔が、目の前の青年の青い瞳にくっきりと映る。

いつの間に距離を詰めたのか、要の視界いっぱいに鮮やかな金髪が入り込んでいた。



「リヒト。」


「リ、ひと?」


「俺の名前だよ、要。」


「なんで…私の名前知ってるの?」



風がどこからか、一陣吹いた。

今思えば、それは何かが始まる予兆の様なものだったかもしれない。


だって、要の胸は先程からずっとドキドキと高鳴っていたからだ。



「俺はな、要。お前をずっと探してたんだ。」


「私を…、探す?なんで、」


「それは、」



―それは?


李人の唇が嫌にゆっくりと見えてしまう。

続きが気になって、つい要の身体が前のめりになりそうになった時だった。



「李人〜?要ちゃんの容体はどう?」



女性の声と共に、スパンッ‼…と勢いよく襖が開かれる音が響いたのだ。

現れたのは自分の母よりも年上そうな女性。

要から見ても、彼女は丸く白い肌が印象的な柔らかな雰囲気を持っていた。


だが李人は瞬間的に顔を歪ませると喉から変な声を出した。



「ゥゲっ!?」


― え?だ、誰?



李人の表情と現れた女性を交互に見ながら静かに慌てる要に、李人は「めんどくせーのが現れた…。」と呟いた。



「うん?何か言った?」


「なんでもねーよ!」



小さく呟いたはずなのに、まったく聞き逃さない姿勢の女性に李人は眉を吊り上げて怒鳴り返した。

李人の荒げた声にも臆するでもなく、女性は「あら、そう?」と言いながら部屋の中に入り李人の奥でまだ上布団から出て来ていない要を目にすると、一拍の間を開けて叫んだ。



「…って、李人!要ちゃん起きてるじゃないの!?」


「え?あの、はい…わ、私」



急に自分のことをロックオンされたので焦った要。

だが、要の戸惑いなど気づかない女性は勢いよく要の元へと駆け足で近づいてきた。

そして布団の端を抑えていた要の手を取ると、ぎゅっと握り締めてくれた。


その手は朝のひんやりした空気の中、とてもホカホカしていた。



「本っ当に良かったわ!あなた昨日の夜に李人が連れてきたんだけど、もう顔色が真っ白でね。本当だったら客間でも用意するんだけれど、瀕死のあなたから李人を離すわけにもいかなかったから、今回は一緒の部屋に寝てもらったのよ。」


「え?一緒にって、」



―やっぱり、このヤンキーと私は一晩を共にしてしまったのか!?



要の背負う背景が、荒れ狂う稲妻になったのを見て女性はプっと吹き出し笑い出した。



「ああはは!安心して頂戴!この子ったら要ちゃんのこと心配して一睡もしてない筈だから!ず~っとあなたの手を握って見守ってたのよ?」



―あ、だから手が繋がれてたんだ…。でも、なんで?



要が頭を傾げながら李人の方へと視線を移せば、彼は分かりやすく顔を赤くして狼狽え始めた。



「う、ウッセー!ババア!余計なこと言ってんじゃねーよ!!」


「あら、照れちゃって可愛い!」


「殺す。」


「朝から物騒なこと言うんじゃないわよ、ねえ要ちゃん?」


「あ、あの、わたし昨日のこと、覚えてなくてですね…、あの」



いきなり自分に相槌を求められた要は、なんて言って返したら良いのか分からず上手く言葉が出なかった。


―と、いうかなんでこの人も私の名前を知ってるんだろう?



更なる疑問に眉を顰める要を横目に、李人は鼻で笑う様に言葉を放つ。



「覚えてなくて当たり前だろ。お前、死にかけてたんだから。」


「コラ!言葉を選びなさい!」



女性がこの部屋に現れてからの行動を見て、要は戸惑いながらも現状を見直していた。

もう色んな疑問が自分の頭の中をグルグルと駆け巡っていく。



― た、多分…こんなに歯に衣着せず言い合う2人は親子?なのだろう…。

  

― そして、この女性(ひと)はヤンキーの息子さんから私の事を聞いていて、名前を知っていた? 

  

― そもそも、なんで私はこのヤンキーに探されてるの!? 

 

― あ、あと、ほんとにココどこ!?




「あの、そ、それで、ここは一体どこなんでしょうか?」



喉が張り付く様な声をだして、要はようやく目の前の2人に問うことが出来た。

要の問いに女性は驚く様に声を上げた。



「あら?李人ったらそんなことも教えてなかったの?」


「俺の部屋だって言っておいた。」


「分母が小さいのよ!一点集中してんじゃないわよ!全く!」



「ちゃんと説明しなさい!」と怒り出す女性に、チっと舌打ちを返す李人の姿を見て要はため息が出そうになった。

困り果てた要の姿を見て、女性は己の身体を要の方へと向きを正すと、右手の拳を口元へとやった。



「コホンっ、改めまして…、私は狼島百合子と申します。そして、こちらは息子の李人でございます。」



百合子の柔らかな、でも凛とした声に要も背筋が伸びた。

と、同時にやっぱり彼女と李人は親子なのだなと確信を得る。

改めて目の前の2人を見て「似てない親子だな…。」と、そう思っていた時だった…

百合子がさっと頭を垂れながら言ったのだ。



「人神…上盛要様、どうぞ末永く宜しくお願い致します。」


「え?…ひ、ひと、がみ?」 



― は?



「貴方様が安心してお身体を整えられますように、手配は済んでおります。」


「手配?」


 

― え、な、なに?どういうこと?

― 手配ってなんの?

― それより、今このひと、なんて言ったの?

― ヒトガミ…ってなに!?



「はい、それまでどうぞこの狼島神社で、お身体をお休めくださいませ。」


「か、狼島神社ぁっ!?」



―それ、関東で一番大きくて古いで有名な神社じゃない!?


思わず口から大きな声を出した要。

狼島神社と言えば年末年始は勿論、行事や祭典がある度テレビで生中継されるほどの神社だった。

まさか自分がそんな有名な神社の中にいるだなんて思っても見なかった。

驚いた顔で口を開けたままの要に、目の前の李人は耳に手をやると眉を吊り上げた。



「デケエ声出すな!ウッセーよ!」


「いや、あんたの方が五月蝿いから!…ハァ、もういいわ。固苦しい挨拶はここまで!さあ、要ちゃん早速朝ごはんにしましょうね!って言いたいところだけど…急に固形物は危ないし、まだ体も本調子じゃないだろうから。そうね…まずはお白湯でも口にして貰いましょうね!おばさん、すぐに用意してくるわね!ちょこっとだけ待っててね!」


「え、あっ、はい…。」



まだ自分が本当に有名な神社の中にいるのかが理解できずにいた要は、颯爽と襖の奥へと消えていく百合子の姿を見つめながら「お構いなく…」と小さく返事を返すことしか出来なかった。



―私、は、イマ、 神社 にイマス … 。



カタコトで話す外国人の様に、自分の心に現実を言い聞かす要。

どう見ても放心状態の彼女に李人は「おい、大丈夫か?おまえ?」と声をかけた。

要は自分の首をギッ、ギッ、ギッ、とホラー映画に出てくる呪われた人形の様な不気味な動きで李人に向けた。



「!な、なんだよ!?」



驚いた李人はオブラートには包まないまま「気持ち悪りぃ奴!!」と要に向かって叫んだ。

だが、要は「いや、訳わかんないから。」と小さく返事を返した。


「は?何言って」


「いや、だってさ。具合悪くなって、あっ…これもう駄目だわーって意識失くして目を覚ましたら、神社にいました!…って意味わからないに決まってるじゃない!」


「なんだよ、急に…」

「急じゃないっ!」


― 全然、急じゃないよ!!


誰が見ても混乱している要に、李人は「おまえ、落ち着けよ。」と声をかけたが、要には届いていないようだ。

彼女は分かりやすく目をグラグラとさせながら掌の一点を見つめていた。

集中したいはずなのに、自分の中でちゃんと理解したいはずなのに、どれもこれも分からないことだらけだ。



―だって、私、昨日まで病院にいたんだよ!



「理解できない事ばっかり!何よ神社って!?なんで私だけここにいて…ヒト、ガミとか全然意味わかないんだけど!?」


「いや、だから…」

「しかも起きたらあんたよ!」


「・・・あ゛?」


「ほらっ!そうやってすぐ人脅すような、あんたみたいなヤンキーがなんで私の横にいるのかが一番理解できない!!」



― なんで、起きたらこのヤンキーいるの!?

― なんで、この人に探されなきゃいけないの!?

― っていうか、やっぱりこの人に私は誘拐されt…



 「 あ゛あ゛ん!!? 」



ゾっ!と、体中に悪寒が駆け巡る感覚。

要は生まれて初めて、自分の隣から怒りの塊が燃え上がるのを感じた。

怒気が込められた声の方を見れば、それはやはり李人で…だが彼は今まで見た中で1番怖い顔をして要に向かってガンつけていた。



「ヒっ、な、ん、なによ!」


「おまえ、今、なんつった?」


「え?…、い、意味わかんないって」

「そこじゃねえっ!!」


「ひっ、ヒイィ!?」



李人の怒りは歩みにまで現れる。

ダンっ!と言う足音を鳴らせて短い距離の中、要に近づいてくるのだ。

李人は自分の目を血走らせながら、浅い呼吸を繰り返していた。



「おまえ、俺のことヤンキーって言ったか?」


「え?…だ、だって」


「ヤンキーつったろぉ!??」


「だって、金髪に染めてんじゃん!!!」


「これは地毛だあぁぁっ!!!」


「ええ!?」



わぁ、本当だ!よく見れば目も青いや☆…なんてもう言えない。


だって百合子さんは完全に日本人の優しいおばさんって感じだったし…

そもそも李人も日本語を流暢に話して、そして初対面の自分にメンチ切ってくるのだもの。

誰が目の前の男を、学ランを着崩しただけの外国人だって思いますか!?




「俺はなぁ、金髪(イコール)ヤンキーって考える浅はかな人間が一番嫌いなんだよおぉぉ!!」


「ぎゃっ!?」



どうやら李人にとって「ヤンキー(不良)」と言う単語は禁句だったようだ。

叫ぶ彼の怒りの圧が凄まじく要はとっさに上布団へと逃げ込もうしたのだが、李人はそれよりも先に布団へと手を伸ばした。

彼の怒りからは誰も逃げられないのだ。



「この色のせいで俺が今までどんな目に合ってきたか、お前に分かるかぁ!?」


「や、やめて!ふ、布団返して!」



いや、もうこれ完全にヤンキーといじめられっ子の絵図である。

布団を持ち上げる李人と、布団の端っこになんとかしがみ付く要の姿。

2人は気づいていなかったが、キレる李人の後ろには1人の影があった。



「うっせえ!見た目で判断してんじゃねえよっ―イ゛デェ!!!」


「!?」


「いや、そもそもあんたがメンチ切らず、服ぐらいまともに着れっていう話よ。」



気づいた時には、またもや豪快に襖を開けた百合子が自分のために白湯を持ってきて来てくれていた。

しかも浅葱色の袴姿に着替えてだ。



「お待たせ〜要ちゃん。はい、熱いから気をつけてね。」


「あ、ありがとうございます…。」



そして、話はようやく冒頭にまで遡るのだ。



< 長かったわー。…ほんとに、ここまでが長かったよー。>と天から声が聞こえてきそうだが、要は百合子の袴を目を見開いて凝視し、ようやく合点がいった。



「ネギ…って禰宜のことだったんかい!?」


「あ?何言ってんだ?おまえ?」



急なツッコミを叫んだ要に李人は変人を見るような目でこちらを見た。

彼の頭には先程百合子さんから受けた鉄骨の痕がありありと残っている。



「要ちゃん、うちの息子がごめんなさいね。」


「あ、いえ、私も、あの、李人さんの嫌な事…言っちゃったみたいで…。」


「ふふふ…、綺麗な髪の色なのにね…、どうしても目立っちゃうから、色んな人に絡まれちゃうみたいなの。だからそんな連中に舐められない様に大きな態度とってたら、自分の方が不良に見られちゃって。悪循環よね?でも、だからって大人しくしてろってのもね?李人は何も悪いことしてる訳じゃないからね。」


「李人さんは、その、外国の方の血が入ってるんですよね?」


「そう。髪の毛も地毛だし、目もね光が当たると分かりやすいでしょ?青いのよ。・・・そして、あの子と私とは血がつながってないの。」


「え?」


「神社の鳥居の柱の元にね、捨てられていたの…朝早く。」


「そんな…、どうして?」


「狼がね、現れたのよ。」


「は?」


「白い、狼。信じられる?おばさん、最初大っきな犬がいるわって思ってたら…その狼がね、私と主人を呼んだのよ。驚いちゃった、ついて行ったらそこに赤ちゃんの李人がいるんだもの。」


「白い…オオカミ。」



要の脳裏に、“アレ”の記憶が蘇った。

カチカチと言う音が聞こえる。

あっ、これ自分の歯の音だ。…と気づいた時には、要は自分の身体が小さく震えていることに気づいた。


そんな要の様子に気づくことなく、百合子は昔の小さな李人の思い出を思い出していた。



「本当だったなら、李人は施設なり預けたりしたんでしょうけど、李人は人神様だった。」


「あ、」



―まただ、また人神って…しかも、あの人もヒトガミ…?



要は自分の視線の先に李人をとらえた。

そして彼もまた自分の方を見ていた。



「私たちは、話し合って李人を迎えることにした。少しでも人の暮らしをさせたくて李人を養子に迎えて学校に通わせてるの。でも、なんでか見た目が不良風になっちゃったわ。あははは。」


「うるせー!俺は不良でも、ヤンキーでもねえ!」


「いや、だから言葉遣い!あと、そのボタンもちゃんとかけたら普通なのよ!」


「舐められたら絡まれる!で、ボタンは普通に息苦しくて嫌いなんだよ。」


「ブレザーの所にすれば良かったのかしら?」


「ネクタイも嫌いだ!」


「まったく…。こんな息子だけど、要ちゃんよろしくね?」


「あの…、」


「うん?」


「人神って、なんなんですか?私と李人さんって…」


―何者なの?


「それは…」

「失礼します。」


―え?



太く、低い男性の声が聞こえた。

要が声の方に目を向ければ、朝陽が差し込んでいた障子の方に1人の男性が立っている。

彼は百合子と同じように袴姿だったが、彼の差袴は清い白色。

絹糸で織られたそれには美しい紋が入っていた。


一目でただものではないと思わせる佇まいに、要は動くことが出来なかった。

きっと年は百合子と同じ位か、もうちょっと上…目上の男性に会うと、どうしても自分の父親に会う様な気持ちになってしまい、緊張感まで出てきてしまう。


自分の動揺がバレない様に、要は小さく息を呑む。

袴姿なのだから、この神社の関係者なのは間違いないだろう。


男性は、緊張の面持ちでいる要の方を見ると軽い会釈をしてこの部屋に静かに入ってくると、要の前に静かに腰を下ろした。


要をまっすぐに見つめてくる姿は、近くにいる李人を思わせる。

とても、とても静かな瞳を持った人―そう、要は思っていた。



「だ、誰?」


「オヤジ。来たのか?」


「お、お父さん!?」



李人の発言で、この男性が百合子の夫で、李人の義父だということが分かった。

驚く要の耳にスルリと布の擦れる音が聞こえる。

要が気づいた時には男性が要の前で頭を垂れているではないか!


「要様、初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。この狼島神社で宮司を務めております、狼島司(かしまつかさ)と申します。」


「え゛、はいっ!あ、あの、上盛要です!」



要は、勢いよく床に頭が突きそうなほど頭を下げた。

なんか「こんにちは~」とは言えない空気だったのだ。


―それぐらいの空気は読めます、自分。



自分の拙い挨拶に冷や汗かきながら、恐る恐る顔を上げれば司はもう姿勢を正している状態。

司は要をまた見つめると「挨拶もままならず申し訳ないのですが…」と口を開いた。


要はここで、ピーンときたのだ。



―これ、帰るなら今じゃない?今でしょ!!



「あ、あの、私、お邪魔しちゃってて!!もう…お暇しようかな!なんて!」


「お待たせしました。お迎えが参りましたので、ご案内させていただきます。」


「・・・え?あ、案内?」



要が司の言葉を聞き返した瞬間、百合子の驚く声が部屋に響いた。



「まあ、大変!もう来ちゃったのね!」


「え?え?」


「おい、要。早くしろ、行くぞ。」



司の言葉を皮切りに、百合子と李人も勢いよく立ち上がった。

ついていけてないのは、要だけだ。

彼女は、おろおろしながら狼島家のみんなの顔を高速で見まわしている。



「え?あの、どこ?どこに行くの?」


「李人もよ!早く!途中まで要ちゃんについて行ってあげるんでしょう?」



百合子の声で障子の方に目をやれば、司と百合子はもうこの部屋から出ていくところだった。

李人は急かされるように、要の手を取ると「ついて来い!」と声をかけて走り出した。

大きな柱の連なる通路を小走りで走る要。

視線の先には自分の手を引く李人の後ろ姿。



「わ、わたし、どこに行くの…病院?」



急な移動に、もしやこのまま病院に戻してくれるのでは?と聞いてみれば李人はこちらを振り返ることも無く「ちげーよ。そこじゃお前は死ぬだけだ。」と返事を返した。



「は!?じゃあ、どこに」


「守地だよ、おまえの。」


「もり、ち?」



李人の言葉を飲み込む前にたどり着いたのは、神社の境内の中で一番奥にある拝殿の入り口だった。


―え?まさか…私がさっきまでいたのって…本殿!?か、神様がいるところじゃない!?


しかし、それよりも気になるのは・・・



「って、誰この人達!?すっごい大勢いる!?」



そうなのだ。

今、要の目の前には人、人、人、人、人、人人人人人人人人人人、大勢の人だかり!

しかも半分は黒いスーツに身を包んだ、どう見ても一般人には見えない人達だ。


― だって、耳になんかイヤホン?あの、SPさんとかがつけてるやつ!あれ着いてるもん!



「あー…、国のお偉い人とかじゃねえ?あと、自衛隊的な?」



そう、李人の言葉通り…あと半分は迷彩柄の服を着こんだ屈強な男性達だった。

要はもう眩暈を起こしそうになる。

なんで、移動した先でこんな人達に囲まれなければならないのか人生最大の謎だったからだ。


要は覚束ないの足取りのまま、涙目になって李人に詰め寄った。



「あのね、私ふつーの女子高生なの!いや全然ほとんど学校には通ってなかったけど、それは身体が弱かったからで!そう!こんな貧弱な私の前に何故黒づくめのヤバい人たちと、迷彩柄のヤバい人たちがこんなに沢山集まってらっしゃるの!?」


「今は、おめーが一番ヤバイ奴だよ。」


「なんでよ!?怖いよ、あの人たち!?」


「要、聞け。」


「怖いぃぃ!」



要が叫んでいる間も、着々と準備は済んだようで、気づけば要と李人は黒塗りの車に乗せられていた。

これをパニックと言わずしてなんというのか要は知りたかった。

車の外では百合子さんが手を振っていたが、要は車のドアを蹴破って百合子の足元に縋りつきたかった。

勿論、車にはきっちりと鍵がかかっていたが。



「途中までついてってやるから、落ち着け。」



溜め息交じりにそう言ってきた李人を要は涙を浮かべながら睨んだ。

車は信じられないくらい速く、しかしクッションが良いのか余り揺れずに走行している。



「最後まで傍にいてよ!っていうか、本当にどこに行くのよ!?」



もう、この際自分の手をつないだままの李人でも構わなかった。

これ以上訳わからない状況に1人でなんて耐えられない。

要の汗ばんだ手に力が入る。



「俺も自分の守地からは出れねえ。弱って死んじまうからな。」


「…し、死って、」


「お前も、今こんなに元気なのは神の領域の中で俺が傍にいるからだ。」


「神の、領域。」


「セーブポイント的な?」


「いや、意味わかんない。」


「まあ、とりあえずお前の身体を完全に回復させるのが最優先なんだよ。だから」


「お前を“お前の守地”にお返しする。」


「何…言ってるの?」


「俺がついて行けるのは、羽田空港までだな。」


「はぁ!?」



信じられるだろうか?要は気づいたら今度は空港の滑走路の中に用意された機動衛生ユニットに入れられそうになっていたのだ。

突いた途端、救急車の中にある可動式の寝台みたいなのに横になる様に指示を出されてしまった。

「ぎゃー!」と騒ぐ要を横目に、まだ手をつないだままの李人は淡々と話を続けた。



「こっからプライベートジェットとかでまあ、ひとっ飛びで…」


「はぁ!?どうみても迷彩柄の大っきなヘリじゃん!」



要と李人、そして大勢の人たちの後ろには、迷彩柄の軍の輸送機がユニットを入れるドアを大きく開いて待機していた。



「これは、緊急患者空輸ってやつだな。」


「なに言ってんのよ!?」



もう李人が何言ってるか何一つ理解できないでいる要。

まあ両手と両足、そして腹部にも身体を動かせない様に安全ベルトが巻かれてあるのだ。

人は自由を失うと自然と涙が出てくるものなのだな…と要は頭の隅でそう思った。



「お前がこれから行くのはな、要。」


「嫌だ!行きたくない!」



唯一動かせる頭部をブブブブンっ!と高速で振る要に、李人は繋いだ手とは反対の手で要の肩に触れた。



「四国の、」


「しこく!?」



し、って言われただけで“死”を連想してしまった要は、つい大声で四国って叫んでしまった。

超過敏体質になってしまった要だったが、李人の次の言葉でピタリと身体の動きが止まる。



「高知へ行く予定だ。」


「こ、高知県。」


― おばあちゃん…。



頭の片隅で自分の名を呼ぶ祖母の顔がよぎる。

すると、強張っていた要の顔から力が抜けたのが見て取れた。

今から連れて行かれる場所が、思い出深い所だったのが良かったのか、要の呼吸が少しづつ安定していく。



李人はそこで大きく息を吸い込むと、最後に要の目を覗き込んだ。

要は李人の目を見た瞬間「あっ、李人ともうお別れなんだ。」と直ぐに悟った。



「要。とりあえず、お前はそこで身体を休ませろ。今の状態は一時的なものなんだよ。」


「まって、ちょっと、まって」


「話はそれからだ。俺から離れたらお前はまた立てなくなる。」



そう…言われた瞬間、要からどっと冷や汗が溢れてきた。

自分がどうして今まで普通に呼吸が出来ていたのか分からない程、肺が痛くなる。



「う゛…ぁ、」


「ほらな。」



李人はもう自分の手とは繋がっていない要の手を見つめながらそう言った。

要の指先が、まるで李人を探す様に震えている。



「要、生きろよ。お前が生きてないと…この国は大変なことになる。」


「ぁ、…な゛、に?」


「お前が、この国を救うんだぞ!」


「ぇ゛、」


―なんで、私、こんな時までヤンキーにメンチ切られてるの?



苦しすぎて、意識が遠のきそうになるのを必死で堪える要の姿を見て、李人はこの場から離れようと要に背を向けた。



「ま、ま゛っで、」



もう、李人は振り返ってくれなかった。

もしかしたら振り返ったのかもしれないが、もう覚えていない。

要はすぐに意識を失い、その口元には酸素吸入の機械が取り付けられていたからだった。



「早く行け、1時間と持たねえぞ!」


「はい!!人神様、参ります!!」



だから李人の焦るような怒号の声も聞くことはない。




自分の真上を飛び立つヘリを見上げる李人。

彼の手にはまだ、要の温もりが残っていた。


ほんのちょっと傍にいただけなのに、彼女は色んな表情を自分に見せた。


泣いたり怒ったり…大半は困惑して焦っていたけれど、ずっとなにかに怯えてるようでもあった。



「まあ、またすぐ会えるよ…要。」



心配でないと言ったら嘘になるが、それでも今の李人には要の少しでも明るい未来を願う事しかできなかった。



そして遠のく意識の中で要が思ったことは、


これだけ…。




―いや、こんな緊急フライト知らないからぁっ!!!?











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