死を乞われた少女。
地震速報を描いている描写があるので、苦手な方は避けてください。
20話に一部のキャラクターのイメージ画を載せてあるのでご覧くださると嬉しいです。
その日、私は薄れゆく意識の中で自分が持つ一番古い記憶を思い出していた。
それは家族で初めて行ったハイキングのこと。
場所は母の故郷でもある愛媛県のどこかの山だった。
私は確かその時5歳位の年だったから、記憶は少しだけ朧気だ。
私は父の手にひかれ、緩やかな山道を歩いていた。
そっと後ろを振り向けば、まだ幼い妹を抱きかかえた母もいた。
自分の繋がれた手の先を見上げると、こちらを見つめ返す父の顔。
父は、幼い私の顔をその瞳に映すと嬉しそうに笑った。
私もつられて笑い、そして母の方へと声をかけると彼女も楽しそうに私の名前を呼んで笑い返してくれる。
私達の楽しさが伝わったのか、幼い妹も母の腕の中で楽しそうに「きゃっ、きゃっ」と声をあげた。
重なる笑い声の中、家族は幸せだった。
みんなが、笑っていた。
みんなが、楽しかった。
みんなが、幸せの中にいたのだ。
── あいつが、現れるまでは―… ──
ピ― ピ、 ── ピ-ピ - ピ― ピィ―
ピィ―── ピ、--ピ──--ピ-
夜の都内。
とある病院の一室。
部屋の壁際に置かれた医療用ベッド、そこに横たわるのは見るからに細くやつれた少女。
余りに線が細い彼女は実際の年齢よりも幼く見えてしまうかもしれない。
が、やつれた表情を見るにあどけなさと言うよりは、儚げな印象が色濃く残ってしまう。
少女が置かれたこの部屋では、先程から不規則な電子音が響き渡っていた。
そして同時に響くのがベッドとは真逆の位置に置かれたテレビの音だった。
心拍数が異常な数値に差し掛かったことを知らせる音に、まるで共鳴するかのようにテレビからは緊急速報を知らせる警報音が鳴り響いた。
異常な空気の中で、生死の境を彷徨う少女の傍らには、彼女の家族が集まっていた。
少女の母は父である男の横で泣き崩れ、疲れ切った泣き顔を寝台へと項垂れさせていた。
少女の妹は、そんな母を支えるために己のか細い手で必死に母の肩を支えている。
そして、少女の真横に立ち続ける彼女の父親は、彼女の枕元に手をついて覗き込む様な体制で先程から同じ言葉を繰り返していた。
「…大丈夫だ、おまえは人間として生まれたんだから、ちゃんと人間として死んでいくんだ。…大丈夫、父さんもいる、母さんも、知恵だっている…おまえはちゃんと人間として死んでいくんだ…!」
まるで呪文のように繰り返される男の声。
だが、少女の母はその呪いの様な言葉に恐怖を感じずにはいられなかった。
思わず涙で濡れたシーツの上から顔を上げると、自分の夫へと声をかけた。
「あ、あなた…。」
「だまってろ。・・・なあ、要?ちゃんと聞きなさい。おまえは人間として生まれてきたんだよ。間違いなくおまえは人間として生まれてきたんだ。だから、…だから、人間として、ちゃんと、ちゃんと人間として死んでいくんだ。」
父である男の言葉に呼応するように、彼女の心拍はどんどんと弱まっていく。
だが同時に部屋にはピィ―──と高い金切り声の様な電子音と、そしてまたテレビから響くけたたましい警告音が鳴り響くのだ。
『繰り返し、お伝えします!どうか震源区域にお住いの皆様は、安全な場所に避難してください!自分の身を守る行動をとってください!頑丈な物の下に身体を入れて頭を低くして守る様な体制をとってください!!大きな揺れが先程から繰り返し起きています!!直ちに海沿いにお住まいの方は…』
テレビに映る女性アナウンサーの緊迫した声に、もう1人の娘である知恵の手は母の肩の上で小刻みに震えていた。
ずっと、ずっと、この病室は狂気の中にあるというのに、父は何も聞こえない様に言葉を紡ぎ続けている。
「ぉ、…ぉとぅ、さ、ん。」
気づけば、自分も母と同じように涙が流れていることを知恵はこの時初めて気づいた。
だが、父はそんな自分を振り返ろうともしない。
父の目にはもう要と言う少女しか映っていなかったのだ。
耳を裂く様な音の渦の中で、父は少女に終わりを告げるように…最後にこう叫んだ。
「かなめっ!聞け!!お、おまえは人間だ!!っ…、ちゃんとっ!ただの人なんだよぉっ!!!」
ピピピピピピピぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴっぴぴppppppp―──
テリォンリリャン!!!テリョリリャン!!!!テリョリリャン!!!!テリョリryぃ!!!!
繰り返しお伝えします!!安全な場所に避難してください!自分の身を守る行動をとってください!
「ククっ…なあ、そいつのどこが“ただの人”なんだよ?」
ピピピピピピピぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴっぴぴppppppp―──
テリォンリリャン!!!テリョリリャン!!!!テリョリリャン!!!!テリョリryぃ!!!!
繰り返しお伝えします!!安全な場所に避難してください!自分の身を守る行動をとってください!
その声は、この部屋に響くどの音よりも小さい筈なのに…真っ直ぐに透き通って聞こえた。
そうー、後に少女の妹の知恵はこう証言する。
眠る少女以外の家族の両の目には、同じ男の姿が映っていた。