第八話目 窓ガラスパリーン!
バスの中でのひと悶着が終わり、ソフィ達は遅れて悟志達の通う高校へと辿り着く。
遅れた悟志達以外の高校生はほとんど登校を終えており、ガラーンとした殺風景な校門がソフィ達を待ち構えていた。
遅れた事情は既に通達されているので、ソフィ達は堂々と校門をくぐった後、校舎の中へと入っていく。
廊下に出ると、既に授業中なのか、誰一人姿を見せず、静かであった。
「ソフィさん、私と悟志はクラスに行くけど、どうするの?」
「オー! そうでした。実は、父上から学校についたら、開けるように言われた封書があったのです!」
レインコートの中に手を入れ、白い封書を取り出すソフィ。
ビリビリと破ると、中から白い手紙が一枚出てくる。それを三人で一緒に見る。
手紙の内容は次の通りだった。
”2-Bの教室へ行け。そこに目標がいる。お前を生徒として編入の手続きはすませてある”
短い文章が記されていた。
「流石父上、既に手配をして、私を目標と接触しやすいようにしてくれてます!」
言うまでもなく、2-Bは楓と悟志のクラスである。
それを見て、二人は不安げな表情を見せる。
「い、一応私たちと同じクラスねソフィさん」
「オー! これは天からの差し金ですね! とても良いタイミングです!」
「ソフィ、それは差し金じゃなくて、思し召しだと思う」
「ソフィさん、流石にその格好はちょっと……」
校舎の中に入っていても、脱ぐ気配を見せないソフィ。外でも目立つ格好であったが、それは校舎の中に入ると一段と目立っていた。
「ふふ、大丈夫です。確かに、この格好は屋外では適していても、屋内でも適しているとはこれっぽちも思っていません」
屋外でも適してないから! と、ツッコミを心の中で入れる二人。
「この格好は屋外だけの専用の姿です。しかし、その実態は……!」
バサッ、と勢いよくレインコートを脱ぎ去るソフィ。
その下から現れたのは、楓達と同様の制服姿であった。ただ、ソフィはその容姿から、帰国子女のようないでたちであり、目立つことは変わりなかった。
「何処からどう見ても、そこらに居る女子高校生という、完璧なアリバイです!」
「あー、うん。ソフィさんがそう言うのなら、そうなんだろうね」
諦めに似た境地に辿り着いていた二人であった。
ツッコミを諦め、三人は二階にある教室へと向かう。階段を上り、廊下を歩いて『2-B』と書かれている室名札を確認して中へと入る。
入る順番は悟志、楓、ソフィの順番。
悟志が教室に入った後、すみませーん、と詫びの言葉。担任は事情を聞いているので、直ぐに席へ着くように促す。そして楓も同じ行動をとる。
それらを見たソフィの心中は当然。
(オー、さては、こうやって入るのが普通なのですね?)
なるほど、と納得したように頷く。
「オー! スミマセン! 遅れてしまいました!」
申し訳ないように、何度か頭を下げて教室へと入室するソフィ。
だが、先程の悟志と楓と違い、教室にどよめきが起きる。
クラス全員の反応は当然である。見たこともない生徒がこんな事を言うのだから。
しかし、ソフィの方は大分混乱していた。
同じような行動したはずなのに、何故かリアクションがまるで違うから。
え? え? と、周囲を見渡すと。
「オー! もしかして……バレてしまいましたか!」
大仰にして驚く。
この人間は自分を暗殺者と見破ったと思ったからだ。
そこからソフィの行動は更に混迷を極める。
教室を見渡し、窓を確認すると、勢いよく走りだす。
すると、あろうことか、窓ガラスをぶち破って飛び降りたのだ。
クラス全員がその行動に騒然。
悲鳴や、どよめき、正に阿鼻叫喚の絵図と化した。
「ちょっと嘘でしょ! ソフィさん!」
いち早く行動したのは楓。
席から立ち上がり、誰よりも早く窓へと向かう。そこで見たものは、猫のように身軽に何度も前宙返りを繰り返し、器用に音もなく降り立つソフィの姿。
運動神経だけは本当にバケモノ級だと再確認させられる楓。
そして、ソフィが逃げようとした時。
「ソフィさん! バレて無いから早く帰ってきて!」
大声で楓が叫ぶ。
それに反応したソフィは足をピタリと止めた。
「オー? それは本当ですか? カエデ?」
「本当だから! 早く!」
「分かりました! 今そちらへ 向かいます!」
バレてないと聞いて喜び、手を振って応答するソフィ。
ホッ、とため息をつく楓。
だが、落ち着くにはまだ早かった。
普通の人間ならば、また校舎の中へと歩いて入っていくだろうと思う。
侮るなかれ。彼女は稀代の馬鹿である。
ソフィは近くに生えていた若木を確認すると、それに向かって走り出し、足だけで木を登る。上まで駆け上がると、2階の教室めがけて跳躍し、帰ってきた。
その常人ならざる行動に、楓は空いた口がふさがらない。そして、教室の生徒達はまた騒がしくなってしまう。
「おー、カエデ、帰ってきましたよ……カエデ?」
額に手をあて青ざめた表情の楓。
何でこうなる? と、言いたげな表情。
「先生! ちょっと、この転校生と話す時間を頂けませんか!」
意を決したような表情の楓に、先生も驚き、何度も縦に首を振って了承をする。
楓は手招きをして廊下へと誘う。
そして、楓のレクチャーが始まる。
楓は誰でもわかるぐらい丁寧に、馬鹿丁寧にソフィに教える。
何故ああなったのか、そして、これからソフィがどうするべきかという事をみっちり教える。
素晴らしいレクチャーだった。
そしてそれを聞いたソフィの反応は、苦虫をつぶしたように苦しい表情であった。
「大丈夫ですか? ソフィさん。ちゃんと理解できてます?」
「い、YES! 大丈夫です! とても分かりました」
「くれぐれも派手な行動だけはしないように? 良いですね?」
「大丈夫です! 今までもしてません」
「もっと、もっと、もっと! 慎重に行動してください」
「お、おう……カエデ、顔が怖いです」
念には念を入れる楓。ソフィは何度も頷き、それを了承。
「すみません、お騒がせして。話終わりました」
ペコペコと頭を下げて教室に入る楓。それを模倣してソフィも頭を下げながら教室に入ってくる。しかし、先程までの行動を見ていたクラスの反応はというと中々難しい。
何もなければ歓迎ムードもあっただろうが、今となっては警戒心が強くなっていた。
席に戻ろうとするソフィと楓だが。
「ああ、ソフィさん。皆さんに自己紹介をしてください」
担任が呼び止める。
「じこしょうかい?」
「そうです。皆さんに名前と簡単な趣味などを伝えて、自分を知ってもらう事です」
「な、なんと! そんな事をしないといけないのですか!」
ソフィは悩む。
暗殺者たるもの、名前を名乗ってはならない。どうすればいいのか、悩んでいた。
しかし、彼女は気付いていなかった。
既に自分の名前はバレている事に。
「せ、先生! ソフィさんはまだ学校生活に馴れて無いので、私が一緒に手伝ってもよろしいでしょうか!」
一瞬にして嫌な予感を察知した楓は名乗り出る。
「あ、それはいいわね。じゃあおねがいするわ」
楓は目で訴える。「全て私に任せて。悪いようにはしない」と。
ソフィは楓のアイコンタクトを見て意図を汲みとる。
楓に手を引かれ、壇上に立つ二人。楓はチョークを手に取ると、素早く黒板に「青葉ソフィ」という名前を書く。
「えー、今日から皆さんと同じクラスメイトになる青葉ソフィさんです。中々変わったところがありますが、根は悪くないので皆さん何卒な・か・よ・く! お願いしますね!」
凄みのある楓の発言に、クラスメイトは縮こまって拍手をする。下手にソフィを刺激して凄惨な事になりかねない。そんな警告も兼ねての発言であった。しかし、そんな楓の言葉を聞いたソフィはというと。
(おー、ナルホド! 自分では名乗れませんが、カエデが代わりに名乗ってくれたわけですね! 流石はカエデです!)
全く分かっていなかった。