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暗殺者? ソフィ  作者: nekuro
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第七話目 ミネウチ

 バスはゆっくりと走り出す。

 目標と、護衛がこちらに気づいている雰囲気は無い。あの、黒いレインコートの女が何なのかは気になる所ではあるが、大した障害ではないだろう。

 葛原は計画を実行に移す。

 耳に手を当て、イヤホン型の通信機で先程楓が行ったように、どこかへと繋げる。



「……これより、山に登る」



 それは彼等の示し合わせた合図であった。

 通信機からは女性の声で「了解」と返事が来る。

 言い終えた後、葛原は横に設置してある降車ボタンを押す。すると、気の抜けたブザー音が車内に響き渡る。ただ、一名だけその音に敏感に反応した者がいた。



「おおぅ! な、何だ? 何事ですか?」



 キョロキョロ周囲を見るレインコートの女。その初々しい反応に、周りから失笑が漏れる。



「ソフィさん、もしかしてバス乗るの初めて?」

「如何にも。普段は走ってばかりですから、こういう乗り物には馴れてないのです」



 隣の護衛とレインコートの女が仲良く喋る。

 情報には全く無かったが、もしかすると、仲間なのか? という一抹の不安が過る葛原。

 一旦引くことも考えるが、葛原の今まで培ってきた経験がそれを拒む。

 こんなことで止めていたら、キリがない。だが、用心深い葛原は念のため、通信機で仲間に連絡を取る葛原。



「おい、リアナ。少し確認してくれ」

『あら、どうしたの? 何かトラブル?』

「一人頭がイカレたとしか思えないレインコートの女が乗ってる。そいつが護衛と喋っているのを確認した。念のため、照合を頼む」

『オッケー、名前は?』

「ソフィ、とか言ってたな」



 通信機の向こう側で少し騒がしくなるが、一分もかからぬうちに回答が返ってくる。



『照合の結果、裏の世界ではそういう人間はいないわ。表でもね』



 リアナの返事に、葛原は微かに頷いた。

 これで、何も迷う事は無い。計画を実行に移すだけだと。

 だが、彼は知らない。

 今、ソフィは暗殺者の試験中。つまり、情報が無いのは当然だという事を。


 バスの速度が落ちていく。もう、最寄りの停留所に着くからだ。

 葛原は席を立つ準備をする。足元に置いてあった空の鞄を左手に持ち、そして、さりげなく右手は空手にしておく。

 完全にバスが止まろうとした時、葛原は料金を払おうと前へと歩み始める。

 他に降りる者はいない。バスの真ん中に位置する場所で、吊革に捕まっている目標を視野にいれる。

 目標の背後を取る。右手の袖からナイフを出し、それを手中に収める。

 傷をつける場所は吊革を手にしていない左の手。ナイフで傷をつけようとした瞬間、その手が動かなくなる。

 まるで、何かに固定されたかのように、傷をつける数センチ前で止まっていた。

 その原因が何なのか。どうやら何かが葛原の腕を掴んでいた。それを目で辿っていくと、そこに居たのは黒いレインコートの女だった。



「な……に?」



 何時の間に背後を取られたのか、まるで分からなかった。

 加えて、こんな痩せた女に自分の腕が抑えられているという事実に葛原は驚愕していた。

 女は涼しい顔をして片手で葛原の腕を抑えており、その膂力は優れた豪傑を連想させるほど強いものであった。



「ふむ、初めてではあるけど、こういう輩のことを確か『痴漢』と言うんでしたかね? しかし、男が男に……いやいや、世の中広い」

「テメェ! 離せ!」

「そうはいかないです。貴方の持っているそのナイフ、毒が塗ってあるでしょ? さっきからぷんぷん臭って仕方なかったです」

「何だと……!」



 咄嗟に葛原は左手で懐の銃を取り出そうとする。だが、それよりも先にソフィの動きが早かった。

 ソフィは葛原のナイフを持っている腕の肘、その内側を自らの膝と、肘をもって挟み込んだ。

 強烈な痛みとしびれが葛原を襲い、たまらず葛原はナイフを落とし、たたらを踏む。しびれの残る右手を左手で押さえ、狂犬のような目でソフィを睨みつける。

 その一連の流れを見て、楓はようやく事態を把握。直ぐに悟志を自分の背後へと回す。



「テメェ……! 何者だ!」

「ふふ、残念だがそれは言えぬ。暗殺者たるもの、人に名を教えてはならぬと言われているので」

「テメェも同じ暗殺者だと!」

「あれ? な、何故分かったですか? ひょっとして、最初からバレてました?」



 この状況で、全く空気の読めない黒いレインコートに、いいようにされた葛原の怒りは限界を超えていた。

 本来ならこの呆れるぐらいのアホを始末してから脱出する事を考えるが、作戦は失敗している以上、長居は禁物であることを怒りの中にも残った冷静さがそれを教える。

 じりじり、とソフィと対峙しながら後ずさりを始める葛原。



「ソフィさん、私も加勢します」

「いや、やめておいた方が無難です。この男は、かなりの手練れ。カエデがやりあっても勝てる見込みはかなり低いです」

「じゃあ、どうするんですかソフィさん?」

「ですが、それはカエデの場合。私にかかればチョチョイのチョイ。ゴミをゴミ箱に捨てるぐらい容易いものです」



 腰に手を当てハハハ、と高らかに笑うソフィ。

 その言葉に、葛原のメンツはズタズタで、微かに残った冷静さも消えてしまう。



「そうかい、じゃあ一つ手合わせしてもらうじゃねぇか!」



 勢いよく、ソフィに掴みかかりに突進する葛原。

 狙うは足。引き倒し、その足をへし折り、動けなくなった後はどうとでも調理できると踏んでの行動。棒立ちのままでいるソフィの足を掴んだ、と思った刹那。

 フッ、とソフィの姿がその場から消える。移動したとかそういうものではなく、文字通り消えてしまう。

 右、左、と葛原は首を振るが、隠れられるような場所も、移動するような場所もこの狭い車内に置いては無い。ソフィの背後で見ていた客ですら、ソフィの姿を見失っているらしく、瞳孔が右へ左へと泳いでいた。



「馬鹿な! 消えた?」



 動揺を隠しきれない葛原。そこに、意識してない一撃が彼を襲う。

 延髄に強烈な痛みが走り、葛原の意識は遠い彼方へと旅立ってしまう。前のめりに倒れた葛原の背後には、いつのまにかソフィが回り込んでいた。



「安心せよ、ミネウチという奴であります」



 倒れた葛原に合掌して拝むソフィ。

 その姿は完全に命を絶ったとしか思えぬ行動であったが、誰もツッコむものはいなかった。



「ソフィさん! 何時の間に?」



 完全に見失っていた楓。

 これだけ近くにいたソフィの姿を見失うというのは、あきれを通り越し尊敬すら覚えた。



「それは、秘密です。ところで、この人はどうしますか?」



 完全に気を失っている葛原を指さすソフィ。

 その後葛原は、駆け付けた警察職員の力を借りて連行されていった。









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