第六話目 ケルベロス襲来
裏の世界において、ケルベロスの名を知らぬものはいない。
しかし、ケルベロスは最初から存在していたわけではない。できた発端は偶然だった。
戦地で偶然知り合った三人の傭兵。それが偶然馬が合い、偶然彼らは仲間を欲する仲であったという事が要因。
本当に偶然が重なった出来事。しかし、偶然も三つ重なれば必然となる。
それを考えれば、彼らがケルベロスとなるのは必然だったのかもしれない。
ケルベロスと名乗りだした彼等は、虎が翼を得た如く破竹の勢いで裏の世界を駆け上がり、瞬く間にその名を知らしめた。
どんな依頼であろうと、確実にこなす。三人の悪名名高き獣は、全てを食らう。
そんな彼等の下に、依頼が舞い込んだ。それは、彼らにとって何時もと変わらぬもの。いや、むしろ簡単な依頼であった。
”東洋の島国にいる一般人を殺して欲しい”
それが依頼。
依頼人に依頼内容を聞くのは、余程の事が無い限り聞くことはない。まして、相手は政府関係者や軍人ではなく、ただの一般人。正直、彼等には肩すかしも良い所の内容。
断る事も視野に入れていた彼等ではあるが、依頼料は仕事内容を考慮しても破格の待遇。かれらにとってはボーナスも良いところ。
濡れ手に粟の内容に、彼等も断る理由がないので二つ返事で了承する。
三人は事前に下調べを済ませ、その相手が政治家の息子で、少しばかり腕の立つSPを連れている事が判明する。だが、些細な障害。いや、彼らにしてみれば、道端に転がる小石と同義である。
”さっさと終わらせてしまおう”
これが三人に共通する考えであった。そして、その日計画を実行に移す。
ケルベロスの一人「葛原十兵衛」は日本人である。
最も、若い頃から傭兵として世界各地の死地を転々としていた彼は、日本で活動していた時期は少なく、むしろ海外の在住期間の方が長い。
彼はケルベロスの中でも頭一つネジが飛んでいる、イカレた人間。銃弾飛び交う戦地を脳内物質をまき散らしながら、高揚する身に全てを預けて潜り抜けてきた。
その姿は正に狂気の沙汰としか思えないものであった。
最も得意とするのは接近戦と拷問術だった。
海外仕込みのマーシャルアーツは、全てが実戦向きの戦闘術であり、相手を殺害することに秀でている。そして、彼は毒の知識も豊富であり、敵兵を拷問する際に様々な毒を使い分けてじっくりといたぶる。
無論、敵を殺害するための猛毒も熟知しており、ナイフにそれを塗る事で必殺の武器と化す。
彼は何時も通り、ケルベロスの先兵として悟志殺害を名乗り出る。
あらかじめ調べておいたルートで、ターゲットがバスを使って地元の高校に通う事は把握しており、葛原はそれを利用することにする。
黒髪を整髪し、伊達メガネをかけてグレーのスーツを着る。これで、何処から見ても朝の通勤をするサラリーマンへと姿を変えた。
だが、その懐にはグロックと呼ばれる拳銃と、袖に毒を塗ったナイフを忍ばせて。
葛原は早朝、悟志よりも早いバス停でバスに乗り込み、あらかじめ後ろの席に座っておく。このバスは直ぐに学校の生徒や、通勤の人間で増えて身動きが取れなくなる。
したがって、逃げ場はない。
そして、ターゲットが乗り込んだ次の駅で降車ボタンを押し、降りるのとすれ違いざまに、ナイフで傷をつける。
ほんの少し傷をつけるだけで、ターゲットは痙攣を起こし、口から泡を吹いて卒倒。そして死に至らしめる程の猛毒。
そして、それを尻目に葛原自身は悠々とバスを降りて任務を終える算段であった。
「チッ、イージーミッションだな」
ぼやく葛原。
あらゆる戦地を駆けまわった葛原には物足りない依頼であった。
こんな簡単な仕事をこなすことで、自分の鍛えてきた勘が鈍らないかどうかを懸念していた。
次の仕事はもっと歯ごたえのある仕事を受けよう、そう心に決めていた。
やがて、バスが目的のバス停へと近づく。
ぷしゅー、と音を立ててバスが止まる。どうやら、この日も目標の行動に変化は無かった。
バスに乗り込んでくる人間を確認する葛原。
一人は目標、もう一人はその護衛。そして、最後の一人を確認する時。
「ああ?」
目に入ってきた光景を葛原は疑う。
バスに乗り込んできた最後の一人、その異様さは目に余るものであった。
黒一色のレインコートを着た何か。どうやら女ではあるが、顔が良く見えない。コートからちらりと金糸のような髪が見え隠れする。
(なんだありゃ? 頭おかしいんじゃねぇか?)
仲間内で、イカレてると言われている葛原ですら、その格好は驚くに値するものだった。例えるなら、森林で一人、赤いマントに身を包むような自殺行為にしか思えぬ姿。
しかし、葛原は違う事も考える。
(ひょっとしたら、この国じゃあれも普通なのか?)
最近見たニュースの中でコスプレなる物を葛原も知っていた。だから、彼女もその一種ではないか? という事を考えた。そうでなければ、あのような恰好をする馬鹿はいないだろうと。
残念ながら、その馬鹿が彼女である。