第三話目 ……何あれ?
テレビの中では白髪交じりの男性が声を荒げて国会で答弁をしていた。
それは、悟志の父親であった。
ニュースのほんのワンシーンであったが、それを感慨深く見ていた悟志。自分の父でありながら、遠い存在であることを認識する。
ニュースを見終わり、朝食が済むと流しに食器を運ぶ。まだ眠そうに欠伸をしながら玄関へと向かう悟志の後ろを続く楓。
突如、楓の持っている携帯が鳴る。楓は直ぐに携帯を手に取り、その画面を見る。
「それじゃあ行くか」
「ちょっと待って悟志」
なんだよ? と振り返ると、険しい表情の楓がいた。
その表情から、どうやら仕事の内容だと直ぐに悟志は理解した。
「その様子だと、悪い知らせ?」
「ええ。今日入った情報によると、凄腕の暗殺者が数人、貴方の命を狙ってるらしいわ」
「凄腕ってどのぐらい?」
「分からないわ。けど、私が守るから大丈夫よ」
悟志の肩にポンと手を置いて、先に靴を履く楓。
「楓、一つ良いか」
「何よ、改まって?」
「絶対に死ぬなよ。危険だと思ったら逃げてくれ」
神妙な面持ちをする悟志。悟志の気遣いに楓は口がほころびそうになるが、それを抑えて結ぶ。
「死ぬ気は無いわ。けど、逃げる気もない」
「けどな――」
「悪いけど、これでもプロだから。大丈夫よ、絶対に守って見せる」
ふふん、と笑みを浮かべる楓。それを見て、悟志も覚悟を決める。
「それじゃあ、早く行かないとバスが出るわよ」
「おっと、そうだった」
慌てて楓と共に家をでる悟志。
マンションを出て、徒歩で数分の駅前にあるバスの停留所に向かう。そこには同じように高校へ向かう人間がわんさか待っているのだが、今日に限っては何故か一人しかいないことが遠目でもわかった。
「あれ? もしかしてバス出たのか?」
「そんな筈は無いわ。時計を確認しても、まだ十分に余裕はあるわ」
今まで一度もそんな事は無かった事に戸惑う二人。
近づいていくと、その原因がハッキリとわかる。
バス停には一人の女性が待っていた。
全身を黒一色に染めた女性。女性は黒いレインコートのようなものを着ており、顔をフードですっぽり覆う。そこから相反する金の長髪が出ていた。
頭の先から、足の先まで全身黒で覆われる不気味な女性。この日の天気は快晴であり、雲一つない空模様。雨など降る要素は微塵も感じられないという天気に、あまりに異質な姿形。
「……何あれ?」
楓の声。それは悟志も同意見であった。
他の人間がいないのは彼女が原因であることは明白であった。明らかに危ない人間にしか見えない。
「どうする?」
提言したのは悟志。それは他のバス停に変えるか? という意味であった。
「いえ、このまま行きましょう」
「でも、あの人はちょっとヤバくないか?」
「大丈夫、何かあったら私が何とかするわ、それに、あれだけ何か起こしそうな雰囲気をだしてるなら返って対処しやすいわ」
時間も押していることもあり、二人は予定を変更せずそのまま何時ものバス停へと向かう。
バス停に着くと、黒いレインコートの女性から少し距離を離して並ぶ。もし、何らかの行動に出られても対処できるようにするためだ。楓はレインコートの女性から守るように悟志を自分の隣にし、自分がレインコートの女性の隣に並ぶ。
レインコートのフードから垣間見える顔はとても麗しいもので、左右の目が色違いなのも神秘的に見えた。その異様な恰好さえなければ見惚れてしまいそうなほどであった。
黒いレインコートの女性は二人の存在に気づいて、チラチラ、と二人を窺っては何故かジッ、と楓の方を見つめる。楓もその視線に気づいているが、気づかぬふりをしてやり過ごしていた。しかし。
「あの、すみません」
レインコートの女性が楓に話を掛けてくる。
咄嗟に隣にいる悟志を庇うような恰好を楓は瞬時に取る。
「は、はい! 何ですか?」
レインコートの女性に話しかけられ、声がうわずる楓。というのも、警戒していたにも関わらず、彼女が話しかけてくる気配が全く感じ取れなかったからだ。
楓は彼女に対して全力で警戒していると。
「もしかして、貴女、暗殺者の方ですか?」
「……はい?」
頓珍漢な言葉をレインコートの女性は言う。