第二話目 出立
「けるべろす?」
「左様。彼奴らは三人の暗殺集団。「ナイフの十兵衛」「狙撃のベルーガ」「変装のリアナ」とよばれ、この三人が一緒になって集団で行動する。三位一体の事からケルベロスの名をつけられた」
「じゃあ、その人達と一緒に行動すればいいんですか?」
「否。お前と奴らは敵同士。暗殺者というのは獲物をしとめて初めて報酬が貰える。つまり、奴らもお前を敵とみなす」
「じゃあ、もし邪魔されたら倒してもいいの?」
「構わぬ。但し、出来る限り無駄な殺生は止めよ。そして、その者たちよりも早く仕留める事が条件だ」
「わかりました! かならずやご期待に応えてご覧にいれます!」
「その心意気や良し。この青葉暗殺術も時代の流れで廃れてきている。青葉流の今後はソフィ、お前の双肩にかかってるとしれ」
「わかりました。青葉流の汚名を挽回してみせます!」
「名誉を挽回だ。汚名はいらんぞ」
ではでは、と写真を手にしたソフィは深々とお辞儀をした後、一瞬にしてその姿を消し去った。
「ふむ、行ったか?」
蝮が尋ねると、源次郎は周囲を見渡し、ええ、と頷く。
「そのようで……しかし、何時見ても見事な『影足』だ。音もなく、姿すらも消せるのはあの子ぐらいなものです」
「技量は言う事無いが……致し方なし。天は二物を与えずとはよく言ったものよのぅ」
「娘は大丈夫ですかね?」
「大丈夫と思うか? 源次郎」
「いえ、全く。期待よりも不安の方が大きいのがまた……」
二人で談話している最中、突如、二人の前にある何もない虚空から、降ってくるようにしてソフィが舞い降りてくる。
突然の出来事に二人は腰を抜かす。
「な、なんだソフィ! お前は行ったのではなかったのか?」
「父上、私は大変な事に気づきました!」
「何だ?」
「この目標の男性は何処にいるのですか? 聞いて無かったので分かりません」
焦り、慌てふためくソフィ。それを見て、さらに不安が募る二人であった。
☆☆ ☆☆
とあるマンションの一室。
そこはベッドと勉強机が部屋の半分以上を圧迫するほどの小さい部屋であった。
明るい爽やかな日差しが窓から入り込み、ベッドの上では間抜けな顔をした男が寝ていた。
男は高校生程の年齢で、短髪の黒髪。そこそこの二枚目の顔を持つ男であった。
枕元で目覚まし時計が、けたたましい音を鳴り響かせる。男は手探りで目覚ましを捕まえると、それを制止させた。
安眠を邪魔する輩を排除した男は再び布団に夢の中へと向かおうとする。
ごろん、と一度寝がえりを打つと、被さっていた布団がひとりでに離れていく。慌てて布団を掴もうとして、ベッドから落ちる。
「痛ってー……」
落ちた衝撃で男は目覚める。ふと、顔を上げると目の前にツーサイドアップの髪型をして、制服を着た女の子が見下ろす形で立っていた。
「楓……何するんだよ」
布団をかっさらった女の子を睨む男。しかし、女の子はまるで気にしていない。
「何時までも起きないから、心配して来てみたらただの二度寝。起きなさいよ悟志、遅刻するわよ」
「もう、遅刻で良いよ」
「あのね……一応、私はあなたのお目付け役のSPとしているんだから、私の顔をつぶさないでくれない?」
はぁ、と諦めに似た溜息を悟志は漏らす。
そう楓に言われれば、悟志は従わざるを得なかった。
彼女は悟志のボディーガードとして付き添ってくれている。
その理由は悟志の父親にあった。
悟志の父親はとても優秀な政治家であり外交官でもある。そして、様々な国のトップと外交を行い幅広く顔が利く人物。世間の噂では次期総理ではないかといわれるほどの実力者。
だが、実は表向き彼には息子がいないことにされている。
その理由は以前、彼の妻が狙われ命を落とすという事態がおこってしまったからだ。嘆き悲しみ、それ以来彼には息子がいないものとされており、それを知っている人間は極少数のみ。
それでも心配なため、同世代のボディーガードを雇って同級生と言う迷彩を施して守るようにしている。
それが、目の前に居る「卯ノ花 楓」である。
悟志も父の事情を知っているため、自分の存在を隠すことに異論はなかった。そして、最初こそ必要ないと思われていた楓であったが、何度か窮地を救われたこともあり、今では打ち解けて軽口を言える仲にまで発展していた。
「楓、部屋から出ていってくれないか」
「どういうこと? 私はあなたのSPなんだから、いつでも近くに……」
「着替えるから。裸がみたいのか?」
言われて楓の頬が朱に染まり、部屋からパッといなくなる。
やれやれ、と溜息を吐いて悟志は学校の制服に着替えて部屋を出た。
悟志の住むマンションの間取りは自分の部屋とリビング。トイレ、風呂別というシンプルな間取り。部屋から出た悟志は直ぐ隣にあるリビングへとやってくる。
リビングというには非常に手狭な部屋ではあるが、そこにあるテーブルの上に、二人分の朝食を作って楓が待っていた。と言っても、トーストを焼いたものとコーヒーだけではある。
「あれ? 朝食作ってくれてるのか! 助かるよ楓」
「べ、別にアンタの為にやったわけじゃないんだから。早く学校に行くためよ」
近くに置いてある市販のイチゴジャムを手に取り、トーストに塗りたくる悟志。大きく口を開いてそのまま一気にかぶりついた。
悟志と対面の形で座っている楓も同じようにジャムを塗ったトーストを口にする。
食事の最中、二人は横に置いてある小さなテレビにくぎ付けになった。