第一話目 任務
Н県には『赤城山』と呼ばれる山が存在する。
そこは人が開拓していない山で、舗装された道路はおろか道と言う道すらない。
山は自然に囲まれ、木々は若々しい生命力ある緑に染まっていた。
そんな未開の山ではあるが、何故か一件の家が存在する。
日本家屋の瓦屋根の屋敷。庭付きで池もあり、そこでは見事な錦鯉が優雅に泳ぐ。
晴れ渡った空から降り注ぐ陽光は、屋敷にある一室を明るく照らす。
畳が張り巡らされた大きな和室の広間。
宴会を開ける程の大きな広い部屋に、姿勢を正して正座をする女性の姿。
歳は高校生程で、神秘的なオッドアイを持つ。その服装は学校の制服姿。
その女性の前に、白い胴着姿をした二人の男が同じように正座をしていた。
一人は壮年の男で顎髭を生やし、腕を袖に通して腕組みをする。
もう一人は白髪の老人。顔には年月を重ねた皺、長い眉を備えていた。
外の穏やかな空気とは違い、張り詰めた空気が場を支配していた。
「ソフィよ。今日で幾つになった?」
口火を切ったのは壮年の男。それに対し、女性は「ハイ!」と威勢よく答える。
「今日で17に……えっと18? マムじい、今日で私幾つだった?」
あはは、と頭を掻くソフィ。マムじいと呼ばれた老人は肩をガクッと傾ける。
「今日で17だ。ワシの歳から60引いた歳がお主の歳だからのう」
やれやれ、と老人はため息を漏らす。
「ラッキー! なんか1歳得した気分!」
指をパチンと鳴らして微笑むソフィ。ゴホン、と咳払いを壮年の男がすると、それにきづいて慌てて気を取り直し、真面目な顔つきに戻る。
「ソフィよ、お前も17の歳。我が『青葉流暗殺術』を披露する歳になったわけだが、お前は本当に私と、先代である父、蝮と同じ暗殺者としての道を歩む気か?」
「YES! 暗殺者ってお金稼げるらしいし、頭使わなくていいから私にぴったりだと思うのお父さま」
「お父さまではない、今は師範とよべ」
「あ、そうだった」
壮年の男は顎髭をゆびでさすりながら物思いに耽る。
この愛娘であるソフィは父の源次郎から暗殺術を叩きこまれる。最初こそ、年端も行かぬ娘ということで、遊びのようなものであったが、ソフィの才能に気づいてしまう。
それから暗殺術を本気で叩きこむと、ソフィは10の歳には既に暗殺術を全て会得し、その実力は父を遥かに凌駕するものであった。
天賦の才。ソフィは源次郎にとって出藍の誉れと呼べる逸材。
(おそらく、我らの歴史の中を見てもソフィは随一の暗殺者であろう)
源次郎は自然と笑みが零れる。これほどの実力者を娘としてそばにおいておけるのだから。
(だが――)
途端に源次郎の表情が曇る、懸念すべき事があった、彼女は暗殺者としての腕は一流であることはたしかだが、それを補って余りある欠点が存在した、
頭が悪いのだ。
少しとかいうレベルではなく、致命的。常人には計り知れぬ逸脱した行動をおこなうのがソフィである。言葉で教えてもまるで理解できず、暗殺術の全てを体で覚えたソフィ。
故に、ソフィを暗殺者として認めていいのか? という点で迷っていた。
「ソフィよ、お前の実力は申し分ない。それは私も父も同じ考えだ」
「じゃあ、もう私他の人に暗殺者って名乗っていいんですね!」
「暗殺者が暗殺者と名乗ってどうする……」
大きな溜息が男二人から出てしまう。
互いに見合わせ、こくりと軽くうなづいた。
「ソフィよ、私と父で相談した結果、お前に最終試験を与える」
「試験って、まさか筆記ですか!」
ソフィの顔に絶望の色が窺える。
「安心しろ、筆記をしたら我々が落ち込むだけだから、違う物を用意した」
源次郎は懐からしたためた白い封書を取り出し、ソフィに差し出す。
きょとんとした表情でその封書をうけとり、ちらりと目配せをするソフィ。意図を察した父が頷くと、、
ソフィは封をやぶり、中の物を確認する。
中には学校の制服姿をした男性の写真が入っていた。
その写真を食い入るように見た後、ソフィは大きく首をかしげる。
「言っておくが、初対面だぞ」
「ええ! そうなの? 必死におもいだそうとしてた」
「男の名は出海悟志。この男がターゲットだ」
「たーげっと?」
「お前の仕留める相手だ。本来なら私が受ける依頼であったが、それをこなしてくればソフィは今後暗殺者として生きるがよい」
源次郎の言葉を聞いて俄然やる気がでたのか、鼻息を荒げて勢いよくソフィは立ち上がる。
「分かりました! 不肖で若輩者の身であるこの私ソフィが必ずや仕留めて見せましょう!」
「ソフィよ、言っておくが、隠密に、内密に事を運ぶのだぞ? わかっているな?」
「分かりました! あんみつ、はちみつですね!」
「隠密! 内密! それから、言っておくが他にもお前のような刺客が存在する」
「え? 同じ暗殺者ってことですか?」
「如何にも。名の知れた暗殺集団「ケルベロス」だ」
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