第十一話目 真実は残酷でーす
立て続けに起こったケルベロスの襲撃。しかし、それ以降ケルベロスの襲撃は無かった。
普段通りの学校生活が行われ、何事もなく放課の時間を三人は迎えた。
「悟志、一緒に帰ろう」
「ああ。そうだな」
楓が悟志の席までやってきて帰りの誘いをする。
悟志達の横を通り過ぎる二人組の男子生徒がニタニタと笑いながら二人を見ると。
「ひゅー、またお前ら一緒に帰るのか? 見せつけるねぇ。羨ましい」
「サトシクン、一緒にカエロウってか?」
「ちょっと何よ! 私は別に――」
「羨ましいだろ? お前らも早く一緒に帰ってくれる女性見つけろよ」
冷やかした男子生徒はそれを聞いてチッ、と舌打ちをして去っていく。
「悟志ごめんね、私のせいで」
「楓が謝る必要はないだろ。一緒に帰るぐらい良いだろ」
「そうだけど……」
「だったら、今度から俺が楓を誘うよ。おれは楓と一緒に帰りたい」
それを聞いた楓は恥ずかしくなり、悟志から顔を反らす。
「何よ……気にしていた自分がバカみたいじゃない」
「何か言った?」
「別に! それじゃあ、帰りましょう。あ、今日はソフィさんも誘っていこうよ」
楓達がソフィの席の方を見ると、そこには真っ白に燃え尽きたソフィの姿。
彼女にとって、学校の授業は完全に手に余るもので、脳みそが全く追いつかないのだ。
「そ、ソフィさん!? 大丈夫なの?」
楓達がソフィの席に駆け寄ると、口から魂が出てしまったように抜け殻となっていた。楓はソフィの肩を掴んで前後左右に揺さぶるが反応が無い。
「ソフィさん、ソフィさん! 授業は終わったわよ!」
その言葉にソフィは意識を取り戻す。
「オーゥ、ここは天国ですか? 私は死んだのですか?」
「ソフィさんは死んで無いから。ちゃんと生きてるわよ」
「それは良かったでーす。体が拒絶反応を起こして昼以降の授業の内容はサッパリでした。こんな事を目標が見つかるまでしないといけないなんて、身が持ちません! 早い所目標を見つけないと、ワタシが死んでしまいまーす!」
「ま、まぁ今日はもういいんじゃない? 明日から探す方向で」
「そうですね。今日は色々あって疲れました。早く父上の待つ家に帰りたいですね」
ソフィが席を立つと、教室に校内放送を知らせる音楽が響き渡る。
『卯ノ花楓さん、卯ノ花楓さん。至急放送室まで来てください』
校内放送のアナウンスはそれだけ伝えると、直ぐに途切れる。
「ごめん、呼び出されたから二人とも悪いけど、ちょっと待ってて」
「了解でーす。カエデがくるまで悟志のメンドウをみてまーす」
慌てて教室から出ていく楓。
その後、次々と教室から生徒が出ていき、教室に残ったのは悟志とソフィの二人だけになる。
「おーう、カエデ遅いですね」
「そうだね。あの、ソフィ……今日はありがとう」
「? 急にどうしたのですかサトシ?」
「いや、命を救ってもらって今までお礼の一つも言ってなかったなって。今日僕がこうして生きているのは貴女のおかげだ」
「困った時は、お互いサマ。そういう言葉があります! 助け合うのは良い事です」
「そうだね。僕もソフィが困った時は助けられるように頑張るよ」
「その時はヨロシクでーす! だけど……おかしいのです」
「何がだい?」
「この教室に私の標的がいるはずなのですが、似ている人物はサトシだけなのです。これは一体どういう事でしょうか?」
「あ……それは、その」
悟志は返答に困る。
なんとかして誤魔化さないといけないと、理由を考えていると。
「二人とも待たせてごめんね!」
教室に飛び込んでくる楓。
全力で走って帰ってきたのか、その呼吸は荒くなっていた。
偶然にもいいタイミングで帰ってきた楓に悟志はホッとする。
「意外と遅かったな、楓」
「そうなのよ。呼ばれて行ってみたら、誰もいないし。少し待っていたんだけど、誰も来ないから帰ってきちゃった。間違い放送だったのかしら?」
「それは災難だったね」
「ええ。それよりも、早く帰りましょう悟志!」
腕を絡めてくる楓。積極的な行動に、悟志はドキリと胸が高鳴る。
その状態で帰ろうとするが、何故かソフィがその場から動こうとしなかった。
「ソフィさん? どうしたの? 帰りましょう」
「帰る? いえいえ、まだカエデが帰ってきていませんからここでマッテマース」
ソフィの言葉に二人は顔を見合わせ、失笑する。
「何言ってるのよソフィさん、私はここにいるじゃない」
「そうだよソフィ。もう帰ってきてるよ」
「……? 誰ですか、貴女?」
「ちょっと、ちょっと。冗談はやめてよねソフィさん」
「冗談ではありません。貴女は、カエデによく似た違う人でーす」
悟志は思わず楓を見た。
だが、彼の目には楓にしか見えず、鞄、制服、声や仕草などあらゆる部分に置いて本物にしかみえない。
「私が偽物だと言いたいんですか? ソフィさん。身長、体重などが本物と違うと?」
「いえ、驚いた事に身長体重、スリーサイズ全てが本物にしか見えません。ですが、決定的に違う部分が一つだけありまーす」
「違う部分ですって? それは一体何かしら?」
「それは……臭いです」
楓は自分の制服に対して鼻をすんすん、と鳴らす。
「別に変な匂いはしないけれど……」
「いえ、確実にしてます。貴女から漂う臭い、それは『加齢臭』です」
二人は呆れたように、は? と声が出る。
「か、加齢臭?」
「そうです。本物の楓からは一切臭わなかったそれが、貴女からは漂ってきます。それはつまり、貴女が既に旬の過ぎた果物と言う事を指し示し、もしくは賞味期限の切れた売れ残りの惨めで可哀想な――」
「うるせぇええええ! それ以上言ったらコイツの命は無いぞ!」
楓の姿をした女性は突然豹変し、悟志の腕の関節を決めて背後に回る。そして、服の中から取り出した拳銃を悟志のこめかみに突きつける。
「人が黙って聞いてりゃ、言いたい放題言いやがって! 他の二人の分も合わせてお前は必ず殺してやるからな!」
「むむ、凄まじい殺気……よほどサトシに恨みがあると見ました」
「テメェのせいだよ!」
「はて? 私のせい? 一体どういう事でしょうか?」
「誰が旬の過ぎた果物や、賞味期限の切れた売れ残りだ! 私はそんな女じゃないんだよ!」
「心中お察ししまーす。ですが、現実を直視するという勇気は大切でーす」
「それが気に障るんだよ!」
苛立ちが募っているのか、悟志のこめかみに当てた拳銃を更に強く押し当てる。
「良いか? お前が少しでも変な事をしたらコイツの命は無いぞ」
「変な事というのは?」
「一歩でも動いたらって意味だよ!」
「うーん、難しいですね。動かないとサトシを助ける事ができません」
「助けようと思うなよ!」
「楓に変装しているあなたはまさか……ケルベロスの最後の一人?」
「ああ、そうだよ坊ちゃん。あたしは変装のリアナ。アンタらのせい……いや、そこのアホのせいでこんな無様な醜態をさらすことになるとはね」
「楓を……楓をどうしたんだ!」
拘束されていながらも、悟志は怒りに満ちた声でリアナに対して突っかかる。
「あのお嬢ちゃんなら薬で眠ってもらってるよ。殺すのは流石に面倒だったからね。さあて、この坊ちゃんの命が惜しければ動くんじゃないよ?」
見せつけるようにして、拳銃をこめかみに押し当て、撃鉄を起こす。今すぐ撃てると言わんばかりに。
「ちょっと待つでーす! 話し合いをしましょう!」
「話し合い? この期に及んで何を話そうって言うんだい?」
「その男の子は、貴女が狙っている人物ではありません! その男の名はいでかいサトシと言うのでーす!」
「何を言い出すかと思えば……そんな下らない嘘で騙せると思ってるのかい!」
「事実でーす。私も、最初はそう思っていました」
「そんな子供だましみたいな嘘に騙されるのはアンタみたいなアホだけだよ! この坊ちゃんの名前は出海悟志。日本政治家の木原弥太郎の息子だよ!」
「え? そ、それは本当なのですかサトシ?」
「……今まで騙してごめん、ソフィ。僕は本当は出海悟志なんだ」
この状況では騙しきれないと考えた悟志は、真実を吐露する。それを聞いたリアナは大声で笑いだす。
「コイツは傑作だね。アンタは今までずっと騙されてきたわけなんだよ!」
「それはつまり……サトシは私の暗殺のターゲットという事ですね?」
「…………ん?」
この時、リアナの脳内では冷静に状況を整理していた。
ケルベロスのリーダー格として、頭の回転が早いリアナは現状の変化にいち早く気づいてしまった。
(この女も暗殺者……そして、ターゲットはこの男と言う事は?)
人質がターゲット=人質は死んでも構わない=人質としての価値が無い。
この図式に気づいてしまったリアナは大きな舌打ちをして悟志を放り捨てて、拳銃の銃口をソフィの方に向けた。
「ええい! こんな、こんな馬鹿な事があってたまるかい!」
拳銃の引き金を引くリアナ。発砲音と共に撃ちだされる銃弾は、一直線にソフィに向かっていく。だが、銃弾がソフィに当たる寸前、ソフィの姿は消えてしまう。
青葉流特手近接闘術『影足』
跳躍を行うためには膝を曲げ、足の筋肉とバネを用いて跳躍を行う。だが、それを行うには多大な動作を必要とするため、動きが大きく無駄がある。
その動作を省き、瞬時に跳躍を可能とするため、影足は足の踵の力のみで跳躍を行う。
無論、常人にはそんな事は不可能である。
だが、足の踵のみで行われる最小限の動きは相手には何時跳躍されたのか分からず、人間は上下の視野が狭いため、それはまるで消えたように錯覚をする。
ソフィは音もなく、足の踵の反動だけで一瞬にして跳び上がり、リアナの背丈を飛び越えて背後へと回った。
「ば、馬鹿な! 消えた?」
間近にいたリアナからは、視野の関係でソフィが消えたように見えた。
背後に回ったソフィはリアナの延髄に手刀を決める。その一撃で、リアナは意識が暗い海の底へと沈み、その場に倒れ込んだ。