ヤンデレ
ピ〜〜ンポ〜〜〜ン♪
「は〜い。どちら様ですかぁ〜。」
鉄の扉がギギィと音を立て、外の景色を部屋の中へ招き入れる。
部屋の主であるエプロンを着た男と、大きな紙袋を下げた女が対面した。
「こんばんわ、アキ。約束通り来たわよ。」
「いらっしゃい、燈花。もう晩ご飯できてるよ。・・・その紙袋何?」
「日本酒よ、日本酒。毎日ビールじゃ流石に飽きるでしょ?たまには発泡酒じゃないのもいいかと思ってね、私のおすすめ鬼殺し!」
「・・・度数が高いのあまり飲めないからね。」
男は女から紙袋を受け取るのと同時に女を中へと誘い入れる。
部屋に入った女の開口一番は感嘆の声だった。
「はぁ〜、相変わらずきれいな部屋ねぇ〜。私とは大違いだわ。」
「そう思うなら片付けしなよ。前ゴキブリ出て大騒ぎだったじゃん。」
「・・・もういっそのことアキに嫁ごうかしら。」
「掃除がめんどくさいからって簡単に人生を共に過ごす相手を決めない。」
「ハッハッハ、冗談よ冗談。・・・まぁ、半分はね。」
「ん?なにか言った?」
「何も言ってない。」
男はガチャリとドアの鍵を閉めた。
女は慣れた動きで男の部屋のベットを背に腰を下ろす。
まとめていた黒髪を解いて、絨毯の上に寝っ転がった。
「今日の晩ごはん何?」
「今日はハンバーグ。チーズはinしてない方で良かったよね?」
「流石アキ〜、私の好み分かってるぅ〜。」
男が盛り付けした料理を部屋に運ぶと、女はまるで自分の家のようにまったりモードでだらけている。
男離れているのか、彼の苦笑が部屋を包んだ。
「ほ〜ら、ご飯食べるんだから漫画読むのやめてさっさと座って。あ!そうやって本を適当に置かない!元あった場所にちゃんと戻す!」
「・・・アキってここまで来るともうオカンよね。」
「そうさせてるのが燈花だってのを自覚してよ・・・ほら、片付けたなら向かい座って。」
男は机の上を主食のハンバーグや、副食の野菜で彩らせる。
漫画を片付けた女は、見た目と匂いにヨダレを垂らす勢いで料理の目の前へと移動した。
「あ、アキ、日本酒ないわよ!持ってきて持ってきて!」
「はいはい、ってあれ?コップもあるの?」
「そうそう!ここに置く私達用のお酒用コップ買ったんだ!
オレンジがアキで赤が私♪」
女は男から紙袋を剥ぎ取り、中にあった日本酒の入った瓶とコップを2つ並べる。
コップに注がれる酒はこぽこぽと音を立てた。
そして男が机の前に座ったのに合わせて、顔の前で両手を合わせる。
「じゃ、いっただっきま〜す!」
「どうぞ召し上がれ。」
女の口に大きめのハンバーグの欠片が口へと運ばれる。
滴る肉汁に口の中で溢れる旨味、そしてその旨味を引き立たせる多少の塩気を含んだチーズにあっさりとした茶色のソース。
女の顔が私服に満ちたのを確認した男は嬉しそうに微笑んだ。
男は女の食事が落ち着くまで喋らず、自分の前の料理を平らげる。
女の皿のすべての料理があととょっととなった頃、男は世間話を始めた。
「そう言えば、燈花のサークルのあの金髪の先輩いるじゃん、名前なんだっけ?」
「雨宮 鈴夢。」
「そう、雨宮先輩。あの人、先週の休日、中央公園近くのショッピングモールでまた新しい女性といたらしいよ。」
「へぇ、またなんだ?今、何人目ぐらいだっけ?」
「5ヶ月でなんと12人だってさ。凄いよね、男としてはちょっと羨ましいや。」
男はガラスのコップに入っている液体を胃へと流し込む。
もともと酒に弱い男だが、この日は珍しく酔っておらず、その顔は白いままだった。
女はその様子に不信感を覚えるが表に出さない。
いつもの調子で会話を返す。
「へぇ、羨ましいんだ?大学生にもなってまだそんなにモテたいの?」
「そりゃあ、男だもん。モテたいよ。
それこそ、先輩と一緒にいた黒髪ロングの八頭身の女性と付き合えたら最高だよね。」
「・・・へぇ〜・・・そうなんだ。」
「・・・。」
「・・・。」
部屋の中に、女の食事が喉の通る音で満たされた。
女は進む箸を止め、ニコリと微笑む。
「そういえば知ってる?アキのサークルのゆるふわ系の人・・・えぇっと名前は・・・。」
「結城 彩花先輩だよ。」
「そうそう、その人さ、噂だと先週に5年ほど付き合ってた彼氏に振られたんだって。
年上のちょいS女子が好きなアキくん?慰めてあげたら?もしかしたら付き合えちゃうかもしれないよ?」
男は傾けていたグラスを止め、女に対抗するようにニコリと微笑んだ。
「結城先輩と僕?無理だよ、あんな綺麗な人、僕では釣り合わない。」
「そう?聞いたところによるとクリ目の家庭的な男の子がタイプらしいけどね?
勇気出して誘っちゃえば?そう、それこそデートには丁度いいじゃん、先週行ってた中央公園近くのあのショッピングモール♪」
「・・・へぇ〜・・・気づいてたんだ・・・。」
「・・・勿論♪」
「・・・。」
「・・・。」
二人の男女はお互いに動かず微笑み合う。
数十秒。
何も聞かず、何も言わず、何もせずにいると、しびれを切らした男はガラスコップを机に叩きつけた。
「・・・なんで先週、あの人と一緒にいたんだよ。」
「なんでって、サークル活動で必要な小道具買うためよ。何?文句でもあんの?」
「大アリだよ!あの人の悪い噂はたくさん知ってるでしょ!なのに一緒にいたのかよ!」
男の目から鋭い眼光が放たれる。
しかし女は怯まない。
呆れたような態度をとって男を挑発した。
「そういうアキはどうなのよ?失恋中の女性に媚び売ってるじゃない。」
「あ、あれは、そんなんじゃ・・・!ただ燈花に・・・!」
「確かアキは先週何の予定もなかったわよね?私に映画誘ったぐらいだし。
なのに、抱けるかもしれない女性現れたからほいほいついていったんだ。」
「だからそんなんじゃあ・・・!」
「楽しそ〜うに手繋いでたわよね。それに嬉しそうにハグされてさ・・・アキって雨宮よりたちが悪い男ね。」
男の主張は女のあざ笑うかのような態度に遮られる。
「傷心中を狙って近づいて、暇とわかれば一緒にお買い物。
行けると確信したならあとはもう節操なし。
そんな尻軽ビッチが私に男女交際で説教?笑わせる冗談ね。」
「・・・。」
「なに?何か言いたいことある顔ね?いいわよ。言ってみなさいよ。はっきり言ってみなさいよ。」
男は言い淀む。怒りか羞恥か、顔を真っ赤にして目尻には涙を浮かべていた。
しかし女の苛ついている様子を見て、冷静になったのか、涙を拭い、冷静に女を睨み返す。
そして嘲笑するよう笑みを見せ、見下した。
「はっ、僕が尻軽なら燈花は言わばお股ゆるゆる淫乱くそ女だ。」
「・・・は?今なんて言った?」
女の修羅のような顔に一瞬男はビクついた。
が、怯めば負け。堂々と女への挑発を続ける。
「何さ、間違ってるとでも言いたいの?
だって燈花は、いつでも襲われていいように分かりにくいかもしれないけど誘っている男の誘いを断って、ヤリチン男の元に行くほどの最低でど淫乱な女な訳じゃん。
実際、雨宮先輩に手握られて顔赤らめてたし。」
二人の立場と性格上、見た感じ強いのは女の方だった。
男は年下な上、女に殺気を向けられれば女と目を合わせられないでいる。
しかしそんな男でも勝ちたい気持ちは強かった。
躊躇なく己の思いをぶつけ続ける。
「何、あの生娘みたいな反応。
あれ、気持ち悪いからやめたほうがいいよ。
今みたいにそうやって素の方がまだ視界に入れられるね。
ま!猫かぶりの!燈花先輩には!無理な話でしょうけど!」
男の人を馬鹿にしたような言い方に、さすがの女も苛ついたのかガバッと立ち上がる。
男はまたも体をビクつかせるが、実力行使に移るかもと思い警戒を強めた。
「・・・。」
「・・・。」
男と女は机を中心に互いに睨み合う。
しかしそんなことを続けたとて埒が明かない。
女が先に回り込むような動きを見せた。
「・・・っ!」
「・・・ッ!」
女は机の周囲を移動し、男を捕まえようとする。
男はそれを同じように距離を取ることで回避。
横にずれば同じように横にずれ距離を一定に。
さながらその様子はカバディの動きと酷似していた。
「・・・逃げるんじゃないわよ。」
「・・・捕まえようとしないでよ。」
二人の睨み合いは続く。
「逃げるってことはやましい事があるってわけね。
私の判断は間違ってないわけだ、尻軽ビッチくん。」
「さぁ?男ならやましいことが無くとも女性に殺気向けられれば逃げると思うよ?
特に目の前のようなお股ゆるゆるド淫乱クソ女だったらさ!」
女のこめかみに怒りマークが2つほど浮かび上がった。
男の体の震えが倍になる。
向けられる殺気は男のキャパを超えるほど膨れ上がり、男は耐えられず本音をぶちまけた。
「何だよ!何でそんな怒るんだよ!怒りたいのは僕なんだぞ!
映画行こって誘えば、何が女友達とショッピングさ!
嘘じゃん!大嘘じゃん!
友達にセンパイと燈花のこと聞いて、僕がどんだけ不安になったの思う?
辛かったんだぞ!苦しかったんだぞ!信じたかったのに信じれなかった・・・っ!」
男の目から涙があふれ出る。
溜め込んでいたであろう不安が涙に比例して流れ出る。
「優しさだって思ったよ!不安にさせないように嘘ついたんだって予想も出来たよ!
雨宮先輩といる時も猫かぶってるってわかったのに・・・それでも!不安が止まらなかった!」
男は子供のように泣き続ける。
さすがの女もその姿を見れば、向けていた殺気を引っ込め、罪悪感に苛まれた。
謝りたくて近づこうとする。
「近づかないで!このド淫乱痴女!!汚いんだよ!」
しかし男の口から出たのは純粋な罵倒。
女はたまらず、貯めていた不満をぶちまけた。
「んなっ!?何もそこまで言う必要ないじゃない!
確かに私は嘘ついたわ!どんな理由であれ嘘をついた私に責任があるわよ!
けどアキだってあの女とデートしてたじゃない!
あれはどう説明するのよ!
手を繋いでたのはどう説明してみせるのよ!」
女が男に指差して、事実を追求する。
男はその言葉に一瞬泣くのが止まった。
女は答えを待つが、言葉に詰まったのか男は何も喋らない。
「何よ!何も言えないの!」
「あ、あれは・・・!・・・だから・・・っ!」
「誤魔化されないわよ!下向いて涙目になろうと今日という今日は逃さないから!」
女は追求をやめない。
罵倒を加えながら、男の頑なに言おうとしない心を砕こうとする。
いつまで立ってもそれをやめようとしない女に、さすがの男も苛つき始めた。
そしてついには女の狙い通り、男の口から真実が語られた。
「あぁ!もう、煩い!煩い!煩い!何でこんなに一緒にいてそんなこともわからないんだよ!
僕は怒ってほしかったんだ!連れ去って一緒に帰ってほしかったんだ!・・・嫉妬してほしかったんだ!
結城先輩はそれを手伝ってくれた人!それだけで僕の気持ちは何一つ変わってない!」
男はバックから乱暴に携帯を取り出して一つのメールを女に見せる。
そこには・・・
『オッケー!私、嘘付く人大っ嫌いだからさ、その作戦!手伝ってあげる!
それにその作戦、燈花さんへの仕返しも入ってるんでしょ?
私もついでだから元カレへのイライラ、全部ぶつけさせてもらうわよ!
・・・しっかし、こんな作戦考えるなんて、アキくんは悪い子だねぇ〜。
そこまで彼女が大好きなんだ?
私の元カレはここまで嫉妬もしてくれないし、好きだって堂々と行ってくれなかったなぁ~。
・・・今度、お礼に君みたいな男の子紹介してくれない?』
男の予想としては、女はそのメールを見て落ち着き、男に対する罪悪感に耐えられず謝罪されるものだと思っていた。
私が悪かった。ごめんなさい。その一言さえ言ってくれれば、自分も謝罪してこの行為の詳しい説明をして終わり。
しかし、男は度肝を抜かれることになる。
「・・・ふんっ!」
女は男の手を無理やり引っ張り、ベットを背に男を押し倒した。
そして何が起こっているのか理解できず目を丸くし驚き動けぬ間に、腕を壁にかけられていたネクタイで縛る。
「驚いた、アキがここまで乙女思考だったとは。
ねぇ、貴方、ちゃんと男よね?ちゃんと肉棒持ってるのよね?」
「に、に、に、に、肉棒っ///!?」
「一つ、聞きたいんだけどさ・・・男なら普通、女が他の男に行きそうになったら止めに入らない?」
男は「はっ」と息を呑んだ。
完全な想定外。女も自分と同じ考えだったのだと男は自分の身勝手さ故に想像もつかなかった。
罪悪感が男の中に発生する。
と、同時に女に対した文句は言えなくなった。
「無理矢理でも間に入って彼女を連れてかない?
何で同じことして嫉妬心煽ろうとするの?違うでしょ。
男なら俺こそはって強引に動くでしょ?
何で「仕返しだ」みたいに反抗してんの?」
女の殺されそうなほどの追求。首にかけられた手。
男は怯えながらも答えなければならなかった。
罪悪感でぐちゃぐちゃな心の中、答えを導き出せなければなかった。
「だ、だって!こ、怖かったんだもん!もし、もしもだよ・・・僕のだって言って連れ去った時に・・・燈花に振られたりしたら・・・。」
男は女々しく泣き始める。
両手を拘束されてるからこそわかる愛の安心感と、正直に自分の弱さをさらけ出すことの不安が積み重なり、男の心はもうボロボロだった。
そのせいで泣くことでしか、張り詰めた心を癒やすことなんてかなわかった。
「・・・もう駄目だわ。」
男は元々中性的な顔立ちで女性が羨むぷにぷにな餅肌。ぷるぷるな潤い溢れる唇に吸い付きたくなるようなちっちゃい鼻。
かっこいいというより可愛いという言葉が女より似合うのだ。
160と身長も合わせれば、男の顔を赤くして泣く姿は十分に女の加虐心を引き立てる。
もう女の目には男以外捉えられなくなっていた。
「・・・あれ?」
服の第三ボタンまで外したところで女はあることに気づく。
自分の体が通常より異様だと思えるほど火照っていたのだ。
心臓から指先足先まで、例えるなら一つの火種が辺りの薪にまで燃え移るように体に熱が籠もっている。
でも嫌な感じはしない。
それどころか胸は高鳴り、下の男がやけに美味しそうに見えた。
「・・・。」
女は男の頬や胸や腕を突いたり、引っ張ったりして体を弄る。
男は驚いて目を見開くが、女はその様相ではなく男の流す涙に興味を示す。
「・・・美味しい・・・甘い、本当に甘い。」
ついにはそれを舐めだした。
男は拘束されて抵抗もできない上に、女の行動に驚愕したため動けない。
されるがまま、マウントを取られ続けた。
女は一通り男を味わうと、舌なめずりをして一言。
「盛ったわね?アキ。」
男の目が泳ぐ。
それが女の確信と変わった。
「多分媚薬よね?市販品?怪しいサイトから買ったんじゃないでしょうね?」
「・・・ちゃんと市販品です。」
「・・・よろしい。で、何で盛ったの?3秒以内で答えて。」
男は恥ずかしそうに女から視線をそらす。
言いたくないのか唇もかみ始めた。
しかしそんな思いは一瞬で女に悟られ、カウントダウンで恐怖心を煽ることで無駄にした。
「3・・・2・・・1・・・。」
「いつも負けるから仕返しにマウントを取りたかったんです!勝ちたかったんです!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
男にもう逆らう意思はない。
怒られる。恐怖を紛らわせる一心で瞼をつぶり、視界を真っ暗にする。
「いい判断ね。最良の手だったわよ?」
が、女から発せられた言葉は想像のつかない言葉。
怒るでもない、褒めるような発言。
事実を確認するために瞼を開ける。
それが間違いだった。
「でもまだ足りない。媚薬を盛るだけじゃあなくて痺れ薬も盛って動きを止めないと。」
舌なめずり。捕食者がする食事前の仕草。
食べられるっ!?立場上、物理的にも精神的にも女より弱い男は、女の動作の全てに恐怖を感じ始めた。
無意識に逃げようと体が動く。
女はそれを変わっていく表情とムカデのように動く腰から感じ取ったのか、面白そうに笑い、冗談のつもりか上半身を半分以上脱がし胸を顕にする。
「や、やめふぇ・・・・あへ?」
逃げるために女から抜け出そうとする男。
しかし体は動かない。それどころか、痺れるような刺激が体を襲った。
呂律も上手く回らない。
「な、なみは・・・っ!?」
(な、何が・・・っ!?)
ここで男は女の先程の言葉を思い出す。
"痺れ薬も盛って動きを止めないと。"
(毒を盛られたっ!?)
驚愕するが、いつ盛られたかがわからない。
働かない頭を無理やり動かし記憶を思い出す。
(いつ毒をもられた?・・・見ていた限り、男の料理に毒は盛っていなかった。その時間もなかったはずだっ!
いつの間に・・・いや、まてよ・・・。)
男は思いつく、自分がしびれ薬を口にした瞬間を。
しかしそれはあまりに予想打にしなかった事実。
「まひゃか・・・っ!?」
「要領の悪い子、今更気づくなんて。
そうよ。アキが口にしたあのグラス。来る前に塗っておいたわ。」
あまりに計画的。最悪、男よりも年密な可能性がある。
男の本能が大音量で危険信号を発した。
このままではまずい。
何がまずいのかはわからないが、ここに居てはいけない、ここにいてはやばいことだけが男にはわかってしまった。
「・・・っ!?」
「これでもう・・・アキは私の手の内よね?」
「い、いひゃ・・・っ!」
しかし毒は遅延性。どんどん体の自由を奪っていく。
数秒もすれば身をよじることしか叶わなくなっていた。
そしてついには女にパンツ以外の服もすべてが奪われる。
女の下卑た視線に男は逃げられず、その目を見続ける事しかできなかった。
「・・・ねぇ、私ね、思ったの。
結局この話し合いに決着なんてつくのかなって。」
しかし急に女は動きを止め、真面目に喋りだす。
赤く染まった頬は嵐の前の静けさのように白くなり、輝いてた目は男を真っ直ぐに捉えた。
あまりのギャップに男は何が起きているのか理解できず、放心状態になる。
「私もアキもお互いの揺るがない主張がある。
お互いが信じた想いがある。
お互いに譲れないプライドがある。」
女は男の頭を猫を撫でるように優しく触る。
そのくすぐられる様なこしょぶったい感触に男は畏怖していた心に落ち着きを取り戻す。
それ以上に安心をも植え付けられ、気づけば女の温もりに甘えるように素直に頭を差し出していた。
女はそんな小動物のような男のおでこに自分のおでこを合わせる。
「それでも私達はちゃんと理解してた。
しては駄目だったこと、どうすればよかったのか、ちゃんとわかってた。
けど意固地になっているせいで何も認められない。」
女の言っていることは事実だった。
男も女も本当はお互いを許したい。
本当ならたくさん甘えて甘やかして、元通り、愛し合いたい。
しかしその想いを負けたくないというプライドが邪魔をする。
視野を狭めて思考能力を著しく減少させる。
しかしその壁を女がぶっ壊した。
冷静さを取り戻し、本当の自分をさらけ出す。
「・・・ごめん、本当は私が悪いのよね。
いくら善意でも嘘をついて傷つけたのは私。
優しいアキの心を苦しめたのは私。
責められるべきは、謝るべきは・・・私だった。」
女の申し訳なさそうに笑う姿に、男の罪悪感は振り切れた。
(違うんだ。燈花だけのせいじゃない。僕のせいでもあるんだ!)
女の泣きそうな表情に男の心は締め付けられるばかりで言葉を紡げない。
(ごめん、ごめんなさい。これ以上自分を責めないで。自分を傷つけないで。)
謝りたいが男は痺れ薬のせいで呂律が回らない。口をうまく動かせない。
それでも男の意思は強かった。
女が傷つくことを男は許せなかった。
「ちはう・・・ちはふよ・・・っ!」
(違う・・・違うよ・・・っ!)
男の涙を流しながら否定するために首を振る。
女は姿を見て、何を伝えたいのか理解した。
長年の付き合いである彼らだからこその芸当
男のその自分を許してくれる優しさに、女の心が暖かくなる
「・・・ふふっ、ありがとう。」
多分無意識のうちに何度も男に甘えたくなるのはこの温もりのせいだ、女はそう納得できた。
改めて男の優しさに触れて理解した。
元々男のこの性格は何よりも愛おしく思っていた。
女は自分を受け入れたその心に誰よりも惚れていた。
それなのに女の目に躊躇なくそれが可愛らしく映ってくる。いつも心を温めてくれる。
毎回毎回、女の気持ちに男は無断で立ち入ってくる。
「・・・ごめんね。」
そんなんだから、男から感じる愛おしさはさらに加速するのだ。
女はついに、我慢できず男に口づけをした。
始めは浅く、互いの相性を確認し合うようなキス。
何度も離し、何度もくっつけ、ビクビクする男にキスを慣れさせる。
たまに舌を出し、男の口内へと侵入させ、時には唾液を流し込み自分を教え込む。
男が舌を出し求めだしたらもう本番。
ドロドロで甘ったるい、ディープなキスへと移行した。
「・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・うん、いい顔になった。」
男のトロンとした目と薄赤色に火照った頬を見て満足したように女は微笑む。
もうその顔に悲しさはない。
それを見た男の心にも、もう蟠りは存在しなかった。
「・・・えへへ・・・うれひい。」
男は最後の力を振り絞る。
頬を緩ませ、涙とともにあふれ出る幸福を言葉という形にして口にした。
「・・・もう無理、我慢できない。」
それが女の爆発寸前の理性という壁を完璧に崩壊させる。
その上、二人の間を邪魔するものはもうなにもないのだから、女の膨れ上がる情慾は男に全てぶつけられた。
何も言わずとも、二人はお互いを受け入れ体を重ね合う。
体力が尽きるまで、お互いの欲が満足するまで、愛を高め合い、ぶつけ合う。
生々しい音も、激しい息遣いも、去勢の声も、星光る夜空の下、一つの部屋に響き合わせた。
計十二時間にも及ぶ肉と肉の激しいぶつかり合い。
カーテンから刺す日の光に照られ最初に起きたのは男だった。
男は重い瞼をこすりながら布団を出る。
すると等身大サイズの鏡が目に入った。
正確に言えば鏡に映る自分の上半身。
中肉中背とも言えない、幼さを残した体につけられた無数のキス跡と噛み跡、爪痕。
男はそこ撫で、頬を無意識に緩ませた。
「嬉しいなぁ・・・嬉しいなぁ・・・」
男は嬉しそうにほほえみながら、心地良い寝息を立てる女を確認する。
幸せそうな寝顔。
男は満足げに微笑み、女を担ぎあげる。
そして本棚の横に優しく置いた。
「ねぇ、燈花・・・僕は燈花のことちゃんと愛してるよ。
だから燈花も僕のことちゃんと愛してくれるよね?」
男は乱暴に本棚を退ける。
すると、ドカっという音を立て、2つの鉄の鎖に繋がれた腕輪が床に落ちた。
「信じたんだよ、昨日の言葉。ちゃんと謝ってくれて愛も体で感じさせてくれたしね。
・・・許しもしたんだよ、嘘ついたこと。燈花がちゃん謝ってくれたからさ。」
男は暗い部屋の中、女の腕に腕輪を嵌める。
そして本棚の裏に隠してあった一本の鉄の鎖を取り出した。
「でもね、燈花があいつと一緒にいた事にはまだ怒ってるんだ。」
女は足を縛られているというのに気づかない。
夜の激しい運動のせいで披露が溜まっていたのだ。
「示してくれるよね?僕が疑った信じらなくなった分・・・ちゃんと感じさせてくれるよね?」
女は答えない。答えられない。
「・・・耐えてくれるよね、僕の愛。」
男の手には机においてあった食卓用ナイフ。
「・・・安心して、僕は今すごく機嫌がいいんだ。一ヶ月・・・いや、一週間で済ませてあげる。」
男は手足を繋がれても起きない女の頬を撫でた。
それはもう、愛しそうに、宝石を愛でるかの如く。
「愛してるよ・・・燈花。」
悪魔のような笑み、幸せそうに己の自由をさらけ出す女は男のそれに気づけなかった。