第0話 夜道に光った一番星
「あなたは勉強しか能が無いんだから、勉強を一杯しなさいね」
* * *
「お母さん、見て! 90点とったよ!」
「90点しか取れなかったの。なんで残り10点が取れなかったのよ!」
「……」
「もっと頑張りなさい!」
「……はい」
* * *
「晴翔、テストどうだったの」
「……はい」
「あれだけやってこれしか取れないの!? はあ、なんであと7点が取れないのよ」
* * *
ゴンッ。
――あ痛たた……。
電車に揺られながら、窓に頭をぶつけた。
それはあまりにも嫌な寝覚めだった。
思い出したくないのに、何度も見た。
幼稚園、小学生、中学生。ポジティブに捉えられるなら、きっと復習をしっかりして次につなげなさい、みたいなことを言っているのだろうけれども、それでも一度も褒められたことのない僕にとって、100点以外無意味なものだと言われ続けている気がした。いくら高得点をとっても、クラスで最高点であっても、まるで嬉しくなかった。
自分で言うのもなんだが、そこそこ良い成績でも、雰囲気なのか性格なのか、もしくはいじめられているのか。自分から声を掛けることもしなかったが、話しかけられることもなかった。友達という友達もいなかった。
今日の数学の小テスト、満点取れたけど、見せても褒められないんだろうなぁ。
――帰りたくない。
それはいつも思う感情。
学校には行かないといけないから仕方ないけど、家には極力居たくない。
公園は気温的にも社会的にも寒いし、どこかで、できるだけ長くつぶせるところないかな。
そういえば、学校近くに、大きなテラスが出来たんだったっけ。
明日、帰りに寄ってみよう。
今日の憂鬱は、明日の楽しみを胸に乗り切ろう。
* * *
高校は、最寄り駅の西側、10分のところにある。西側は色々な施設が並んでいて、対して東側は住宅地が広がっている。普段行くことはない。テラスは東側に出来たから、見ることはないが、話題には上がっているのを耳にしていた。
部活動には何も入っていないので、終業後すぐに足を運んだ。中は静かで、うるさくできないような雰囲気だ。騒がしい学生たちは来れないだろう。片側が全面ガラス張りになっていて、開放的だ。席が空いていたので窓……ガラス側に座ることにした。
静かで開放的。とても心地良かった。
――ずっとここにいたい。
僕のお気に入りになった。
それからというもの、授業が終わると、学校をすぐさま後にしてこのテラスに来るようになった。することと言ったらもちろん勉強なのだけど、いつにも増して捗っている気がしていた。
――ふう。
気付くと、夜の8時になっていた。
伸びをして、ふと外に目を遣った。
帰路に就くおじさんがちらほらと見受けられた。
その中に、一人、若い人を見つけた。
スーツ姿の、就活生か、新卒か。
佇まいは完全に社会人のそれだった。
姿勢を正した、その凛凛しい姿に、目を奪われた。
その顔は仕事疲れを感じさせなかった。
――僕も、いつか進学して卒業して、ああいうふうになるのかなぁ。
到底思い描けない未来を、通りすがりの彼に、少しだけ重ねて見た。
* * *
その人は、次の日も、その次の日も見た。
帰り道だろうから当然か。
気付くとその人は、ほぼ同じ時間に通っていた。
――規則正しい人だ。
僕も終業後ほぼ同じ時間に来て、同じ時間に一息を吐いているけど、社会人になるとそうはいかないと思うから、それができているのはすごいと思う。
あれから一か月ほど経った頃、その人は、おばさんと散歩中の犬を、蹲んで可愛がるのを見かけた。
普段疲労を感じさせないシュッとした顔が、その犬と戯れ合う時には崩れ綻んでいた。
――あ、……可愛い。
可愛い……?
犬の……いや、違う、これ、あの人のことだ。
……男の人だぞ、何可愛いとか思ってんだ僕。
いや、でも思っちゃったものは仕方ないよな。
感性大事って美術の大原先生も言ってたしな。
あの犬に見せた顔を、ほかの人にも見せているのかな。
営業スマイルってやつ?
いや営業とも限らないし。
でも、ちょっと嫌だなあ。
――あの笑顔、僕も欲しいな……。
って僕今度こそ何思ってるんだ!
……あ、そうか……。
僕、人の笑顔見たこと、無いんだ。
笑った顔は見たことある。でも、そこに楽しさを伴っているかというと、そうではなかった。
「お、一番星だ」
「おにいちゃん、いちばんぼしって?」
「夜に一番目にピカーって光る星だよ」
「ふうん、そうなんだ」
「でもな、人にも一番星が居るんだよ」
「どういうこと?」
「……お前にはまだ早いかな」
「えー。いわれるときになる」
「自分だけの一番星を見つけるんだ。いつか分かる時が来るよ」
……。
――なんだっけ、これ。
あ。
あまり見たことのない、長兄が笑った時の話だ。
確か、僕が幼稚園の時……。
あの時陽兄は高校生で、恋人が居たんだ。
結婚式のスピーチで「高校時代から付き合っていた彼女と~」とか言っていた。
あの時はよくわからなかったけど、あの時言っていた一番星はきっと、恋人のことだ。
一番星。
自分だけの一番星。
夜に最初に光る星。
光った……。
――……っっっっ!!!!!
ガタッ。
思わず立ち上がってしまった。
「す、すみません……っ!」
逃げるように立ち去った。
――そうだ。
驚いちゃったけど、見つけた。
僕の、一番星。
夜に、夜道に光った一番星を。
「海兄! 見つけた! 一番星見つけたよ!!!」
家に帰って、唯一の居場所になっている海兄に一番に伝えたかった。
「うわっ、ハルどうしたの!」
ドアを開けて自室のベッドでゲームをしていた海兄に飛びついた。
「ははっ、見つけたー!!!」
「あ、うん、良かったね!?」
「捕まえるにはどうしたらいいかな」
「……えぇ、本気で言ってる?」
「うん、もちろん」
「そりゃ、近付くしかないだろうけど……、大きすぎて捕まえるどころの話じゃないでしょ」
「だって見つけたんだもん、捕まえる! 近付くんだね。ありがとう!」
お近付きになって、それで、……。
それで……。
――やるしかない。
僕の一番星作戦の、始まりだ。
* * *
嵐が去って行った。
「ハル、宇宙飛行士にでもなるのかな……」
ま、勉強めちゃくちゃ頑張っているし、叶わない夢じゃないよな。
兄として、応援するだけだ。
あ、美理ちゃん放置になってた!
もう、いいところだったのに……。
あの流れは、つぎは告白のシーンだよな。
「ごめんね」
……??
!!
美理
「私を、あなたの一番星にしてくれる?」
▶ はい
いいえ
初投稿の連載です。最後までお読みいただき、ありがとうございます。
拙さが滲みすぎて溢れてしまっている気がしますが、どうか大目に見ていただけると幸いです。
もしよろしければ、御意見御指摘又御感想をいただけると、今後の改善や励みになるので、お願いしたいです……。
完結設定にしましたが、もう少し続きを書きたいなあとは思っています。
その時はまたお読みいただけると嬉しい限りです。
河斉弥希