第5話 相愛
1
――はぁ……。
もうダメだ……。
言ったけど僕だってかなり緊張してるんだよ……。
少し早すぎたのかもしれないな。
二週間じゃ短かったのなら一か月くらい必要だったかな。
……疲れたな。
明日はどうしよう。
試験は終わったし、正直明日も優冶さんの家に泊まりたい。
迷惑かな。
こんなにぐいぐい来る奴だと思ってなかったよな。
引いた……よな。
それにセッ……ああああああああああ!
顔が熱い。
多分赤くなってる。
顔、隠さなきゃ。
……眠くなってきた。
ダメだ、また迷惑掛けちゃう。
寝ちゃ、ダ……メ……。
……。
…………。
明るい。
朝か……。
ゆっくり起き上がった。
ふかふかする。ベッド……?
そうか、あの後結局寝ちゃって……。
制ふ……服、替わってる……ん?
「んあ……、起きた……?」
えっ!?
優冶さんが、横で寝てる……!?
「えっ僕なんで……うわっ」
優冶さんが、僕の腕を引っ張って、僕はまた寝転がる形になった。
優冶さんの腕が、僕を包み込んだ。
「優冶さん……?」
「晴翔君」
「……はい」
「俺は、晴翔君の笑顔が好きだ」
「なっ」
「晴翔君と一緒にいる時間が好きだ。俺に対して一生懸命なところが好きだ。笑ってくれると、とても嬉しく感じるし、悲しむ顔は見たくなかった。姿見せなくなったら、晴翔君の姿をずっと探してたし、連絡も気にするようになってた。もう、晴翔君のことが、頭から離れなかったんだ。これって、そういうことだよな」
「……」
優冶さんは、静かな口調で、言ってくれた。
「俺は、晴翔君が好きだ」
優冶さんはそう言うと、僕を強く抱き締めた。
「勇気が出せなかったんだ。晴翔君はもう何回も、勇気を出してくれたのにな。ごめんな」
「……はい」
返事をすると優冶さんは、僕の顔をちゃんと見据えた。
「今度は俺から言わせて」
「はい」
「俺と、恋人になってくれますか」
待ち望んだ結果。
自分からよりも、やっぱり、言われた方が、何万倍も嬉しかった。
「はい!」
僕は、精一杯の返事を返した。
「ははっ良かった!」
優冶さんは、また僕を強く抱き締めた。
「優冶さん」
「ん?」
「キス、してもいいですか」
「……ダメ」
「えぇ……」
「俺から!」
優冶さんの柔らかい唇が、僕の唇と重なった。
「俺の、ファーストキスな」
「……へ?」
「よし、もうちょっと寝るかあー」
そう言って優冶さんは抱いていた片方の腕を解き、仰向けになった。
え、優冶さんの、ファーストキス?
自分からってこと……?
「……って寝ちゃうんですか!? この流れってそういうんじゃないんですか!?」
「慌てない慌てない~、な」
「もう……っ」
今はまだ、恋人になれたことが嬉しかった。
まぁ、いいか。
2
ガチャ。
「優冶、風呂借り……!?」
「「あ」」
橋本の存在を忘れていた。
「……るわ」
ガチャ。
右隣にいる晴翔君と、顔を見合わせた。
「あの顔見た?」
「見ました」
「間抜けだったな」
「知らない方でしたけど、……はい」
二人で笑い合った。
けど、この後どう説明しようか。橋本に絶対聞かれるに決まっている。
「とりあえず、降りようか。シャツとかは洗って干しておいたけど、乾いてたら着る?」
「……これ、優冶さんの服ですか?」
「あぁ、晴翔君ぐらいの頃着てたやつだけど」
「じゃあ、まだ着てます」
「……そ、そっか」
恥ずかしくなった。
「照れてる」
「実況しないで」
「なんか前もこんなやり取りしましたね」
「そうだっけか」
「しましたよ。じゃ、降りましょう」
起き上がった晴翔君が、ベッドを降りて言った。
……なんて説明しようか。
でも、きっとわかってくれる。
根拠はないけど。
* * *
まだ頭がクラクラする。
飲み過ぎと、起きた時ずれ落ちて打った頭と。
友人が、少年と一緒に寝ていたことと。
――あれはなんだ。
弟がいるなんて話は聞いてない。
親族か? 一緒にベッドで寝るくらいの?
そういえば、「友達」になった「ストーカー」……いや、「ストーカー」だった「友達」は男子学生だったか。
友達……なら一緒に寝るのか。まあ寝ることはあるか。
俺は寝たことないけどな。
ショタコン、だったのか……。
そういえば、高校生だと言っていたっけ。
ショタではないのか。
「あー」
もし彼なら、元ストーカーだ。何か目的があってストーカーしていたはず……。まさか、一緒に寝ることが目的だったのか。
湯船で顔を洗ってみたが、何も解決しない。当然か。
とりあえず、ちゃんと聞こう。
俺の家じゃないが、着替えてリビングに戻った。
「……」
優冶はキッチンにいた。朝食でも作っているのだろうか。
ソファにを見ると、少年が座っていた。緊張しているように見える。
「……風呂借りた」
「あぁ、聞いたよ」
「……これって、どういう状況」
優冶の手が止まった。
「前に相談した、友達」
優冶は大根を切っている。俺の顔は見ない。
やっぱり、元ストーカーだったか。
俺はダイニングテーブルの椅子に座った。
「……えっと。萩原、晴翔と言います」
縮こまって、でも伝えようという気は伝わった。
「あぁ。橋本圭太。こいつの同僚な。で、君は」
「……こ」
「恋人だよ」
彼の発言を遮って、優冶が言った。
「……は」
「恋人。俺の」
「何度も言わんでも聞こえてるわ」
「で、何か言いたいことは」
背中で語るってやつか。鍋に大根を入れた。味噌汁だろうか。
優冶は、することには責任を持つ人間だった。
――覚悟を決めてのこと、か。
「世間の目は痛いぞ」
「ああ、分かってる」
「……良いんだな?」
「……。あぁ、相思相愛だ」
「……はぁ」
「溜息漏れてるぞ」
「知ってるよ」
「つまんね」
優冶がこっちを向いた。笑っている。
「うるせ」
笑って返した。両想いなら、言うことはあるまい。
友人として、応援するだけだ。前に誓った通りだ。
「萩原君だっけ」
「えっあっはい」
「こいつのどこが好きなの?」
「あっえっ。ぜ、全部です!」
「全部か。んじゃあ童貞なことも?」
「なっ、橋本おまっ」
学生君の顔が真っ赤になった。振り返った優冶の顔も真っ赤になっていた。
「はははっ、かわいーの。ま、宜しく頼むわ」
「ど、童貞なんですか」
「なー、優冶」
「……っ、お、お前の朝食はやらん!」
「えー俺腹減ったー。お前のごはん美味いんだよ食わせろよー」
「美味しいんですか?」
「おう、めちゃくちゃ美味いぞ」
「それは楽しみです」
「もうちょっとでできるから待ってて。晴翔君、こっち座って」
「はい」
「俺の分もありがとなー」
「橋本には米粒8粒な」
「無駄に末広がりにするな」
「伴侶のいないお前のための数字だぞ」
「あーはいはいおせっかいどうも」
「ふははっ、橋本さんも優冶さんも面白い」
よくある日常で、俺の同僚と、同性の元ストーカーが、恋人になった。
何か騒ぎ立てることではない。ただ、日々にスパイスが加わっただけだ。
――楽しまずしてどうするんだ。
影ながら、少し弄りながら。
二人の行く末を見守りながら。
(了)