表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第4話 勇気


「はぁ」

 掬ったご飯を口に入れる前に止めた橋本が、俺を見た。

「10日連続だぞこれで」

「え」

「無自覚溜息」

「……マジか」

 あれから二週間経った。

 突然のキス。突然の告白。そして、突然の音信不通。

 音信不通と言っても、俺から連絡をして返信が来ないというわけでも、晴翔君から連絡が来ているわけでもないのだが。

 だって、連絡できるわけがない。

 ――俺のファーストキスがぁぁぁ!!!

 いや、一人や二人付き合った女性(ひと)はいたけど、キスまで行かずに別れちゃったし、そのあと就職して忙しくてそんな暇はなかったし、まあファーストキスはロマンチックにとか特に拘りはないけれどもだよ。最初が、可愛いと思ってしまっていた16歳のの男の子で、小さな遊園地の観覧車の中とか。晴翔君は計算していたのだろうか。なんて計算高い子なんだ。騙す人こそ計算高いと最初思っていたが、こういう人も計算高いものなんだと実感した。

 帰路の「気配」は他愛もない無視できるレベルしかなくなっていた。途中にあって、俺を見かけていたというテラスをちらりと見ても、晴翔君の姿を見ることはなかった。

 最初は気持ち悪くてやめてほしかったけど、流されて「友達」になって、一生懸命な晴翔君の姿を見てきた。そんな姿に、どこか惹かれていったのだと思う。姿を見せなくなって、連絡もなくなって、いつしか彼を探すようになった。スマホを気にするようにもなった。

 ――好き、なのか?

 笑顔が好きだと思った。彼と一緒にいてとても楽しいと思った。この時間が続けばいいのに、とも思った。でもそこに恋愛感情があるかというと、そういうわけでもなかった。断れたはずだ。はずなのに、断ったらこの関係が崩れるかもしれないと思うと、それが嫌だった。晴翔君が悲しむ姿も、見たくはなかった。

 ――あぁ、これって……、いや、まさかな。

「……優冶。止まってるぞ」

「……え」

「思考停止かぁ? どんなモン抱えてんだ……」

 停止してない。むしろめっちゃ考えている。

「よし。久々に飲みに行くか」

「……は、でも橋本お前」

「いいんだよ。じっくり聞いてやっから。な」

「……あぁ、分かった」

 橋本は俺の了承を聞くと満足して昼食のカレーを食べ始めた。

 でも確か橋本って、めっちゃ……。

 めっちゃ……。

 まあ、良……。

 くなかった。

「……おーい。おい橋本、起きろ」

「んにゃ……。にゃ……にゃー……ヒヒヒ」

 橋本はめっちゃ酒が弱かった。

「だから言わんこっちゃない。酒弱いのになんで飲もうとするんだよもう」

「らってえ。優冶の悩み聞いてやるのがおえ()ひごろらろ(仕事だろ)~」

「おいそのまま寝るな!」

 吐き出したは良いが、多分こいつは覚えてないだろうな。まあ覚えておかなくていいんだが。

 此奴を家に送ってくと終電に間に合わなさそうだな……。

 会社付近の飲み屋で飲んでいたが、俺と橋本の最寄は、途中まで同じだが、別方向に分かれていく。俺は急行で七駅程度なのだが、橋本は急行ですら十駅以上もあるのだ。

 ……仕方ない、家に泊めるか。

「おい、立て、歩け」

「んー、ねーこはこあつれぇ……」

「雪降ってないぞ、まだ秋だって」

「あきのみや……みゃーじま……」

 なんで相談する立場の俺が介抱してやってんだ。

「大将、お金、此処置いときます」

「おう。大変だな、あんちゃんも」

「まったくですよー、ははは……」

「ははは、目が笑ってないぞ」

「ごちそうさまでしたー!!」

 ピシャッ。

 目は笑ってない。そりゃそうだ。気も重いし橋本(こいつ)も重い。 

「……重。おい、ちゃんと歩け。引き摺るぞ」

 正直、店や駅に放置しようと思ったが、良心がそれを拒んだ。

「ふぅ」

 なんとか最寄に着いた。

 最寄からは歩いて15分程度だ。運動のためではあるが、こういうときだけは面倒だと思う。

 ……まあ綺麗に寝息を立てていること。重さが偏らないように負ぶっているが、それでもそろそろ肩が限界だ。明日が休みでよかった、肩解しにでも――ん。

 え?

「……晴翔君?」

 目の前に、晴翔君が立っていた。

「……あ、え、えっと」

 まだ返事が決まっていないのに、

 目の動きが、多分橋本にいっている。

「……え……泣いて、る……?」

 晴翔君の瞳から、涙が零れ落ちた。

「って、あ、ちょっと! 待って!」

 晴翔君が、俺の横を通って走っていく。

「あ、っもう、お前ちょっと降ろす」

 なんで逃げたんだろう。橋本見てたよな……え、まさか。

「ちょっ、待ってって」

 猛ダッシュして、晴翔君の腕を掴んだ。

「晴翔君ホント足早い……」

 驚いて振り返った晴翔君の顔は、とても赤かった。

「……ねえ、ちょっと話そう」

 晴翔君は、こくりと頷いた。





「親御さんには連絡した?」

「はい」

 夜も遅いということ、終電が無いということで、俺の家に泊めることにした。一度に二人も家に入れるのは初めてだ。橋本はリビングのソファで熟睡している。晴翔君はダイニングテーブルに座ってもらった。

「水だけど、良い?」

「はい、ありがとうございます」

 俺は、晴翔君の向かいに座った。

「そういや家には初めてだっけ」

「そうですね。一人暮らしで一軒家なんですか?」

「あぁ、父親が早くに死んで、母が働いてて今海外にいるんだ」

「そう、なんですね」

 会話が続かない。

 気まずい。

 取り敢えず聞きたいのはさっきのことだが、とても聞きづらい。でも聞くしかないか。

「あの……さ」

 晴翔君は下を向いたまま。

「さっきなんで逃げたの?」

「……」

「もしかして勘違いしてるのかもしれないんだけど、こいつはただの同僚で……」

「ただの同僚」

「そう」

「彼氏とかじゃない?」

「違うよ」

「セフレでもない……?」

「せっ!?」

「僕と付き合うために、男同士の練習とか……」

「は、晴翔君、もうやめて、聞いていられない」

「あっ、ご、ごめんなさい」

「本当にただのってか、まあ大学時代からの友人なんだけど。俺が、……その、告白されたのを悩んでて、悩み事を聞くだけ聞いてくれる奴なんだよ。今日は酒弱いのに飲みに行くって言って結局一杯で潰れてさ」

「え、一杯だけで?」

「そう、一杯だけで」

「ふはっ、弱いですね」

「あ、笑った」

「あ……、えっと」

「顔、赤くなった」

「実況しないでください」

「ははっ、ごめんごめん」

 気まずかった雰囲気が、少し解れた気がした。

「……あのさ」

「はい」

「俺と恋人になりたいって、その、そういうこともしたいって意味な……んだよな」

「……はい」

「……そう」

 先に聞くんじゃなかった。でもセフレとか練習とか聞いたら、考えちゃうだろ。

「この二週間、どうしてたの?」

「試験があって」

「試験!?」

「中間試験が」

「……あぁ、そうか、晴翔君ずっと勉強してるから大丈夫なのか」

「?」

「俺と遊園地行ったの、試験に影響するんじゃないかって」

「心配してくれるんですね、優しい」

「……友達として普通だよ」

「恋人としても、普通です」

「またそういうことを」

「試験も理由ですけど、ちゃんと考えてほしくて。試験が終わった区切りも兼ねて、返事を聞こうと」

「……待ってたの?」

「はい。テラスではずっと次の範囲の予習してて、閉まっても通らなかったので、それからは外で」

「ずっと?」

「はい」

「その、俺も連絡しなかったけどさ。連絡するという手はなかったの?」

「驚かせたかったのと、直接聞いた方がいいかなって」

「えーっと、ごめんな、俺じゃ、まだ応えられないよ」

「まだってことは、いつかは応えてくれるんですか?」

「……」

「それって望み有りってことですよね。なんで今じゃダメなんですか?」

 食い気味に来た。顔も近付けてきた。

「……顔近いよ」

「近付けてます」

「手、震えてる」

「緊張してます」

「そこまでして」

「付き合いたい」

「……年齢差が」

「どこぞの芸人でも大統領でも年の差婚があります。8歳なんて取るに足らない」

「……晴翔君、未成年だし」

「人を好きになるのに年齢なんて関係ありません」

「……男同士だし」

「好きになったら性別なんて関係ありません」

「……」

「言い訳しか出てきてないですよ。断る理由が、無いんじゃないですか」

「……か、顔持たないで」

「16歳に煽られてるんですよ。どんな気持ちですか」

「……こういう時積極的なの、どうにかならないの」

「脈があると思うから。だって優冶さんも、僕のこと、好きだ」

「なんで」

「拒絶しないじゃないですか。注意もしないし。素直になってくださいよ」

「も、もう顔離そうよ、ね。そ、そうだお風呂、お風呂入ったら。ずっと外にいたんだし、ね。お湯張るからちょっと待ってて」

「それって誘ってるんですか?」

「な、なわけあるか!」

 俺は風呂場に逃げた。

 ……心臓に悪い。

 晴翔君の言う通りだ。

 でも、一歩を踏み出すのが怖いんだ。

 何かに勇気を出すことがこんなに怖いことだとは思わなかった。

 あぁ、そうか。

 晴翔君は、俺のために、もう何回も勇気を出してくれたんだ。

 それなのに俺は……。

 情けないな。

 もう答えは出ているんだ。

 なら、それを伝えなくちゃいけない。

 俺は、晴翔君のことが、好きなんだ。

 ダイニングに戻って、そして――。

「晴翔く……」

 晴翔君は、腕を枕に眠っていた。

 疲れてたのかな。

 俺は、晴翔君の頭を優しく撫でた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ