第3話 恋心
1
友達ができた。
8つも年下の。
趣味が合うわけでもない。まだ24歳なのに、ジェネレーションギャップを感じ、俺はもうおっさんなのかもしれないと思うようになるくらいだ。きっかけもストーカーだ。被害者は俺だが。でも、だからといって友人関係を解消するわけではない。意外と楽しんでいる自分がいる。懐いてくれているのが、なんだかんだ言って嬉しいのだ。
普通の日にはSNSで他愛もない会話をし、休みの日に、映画を鑑賞したり、博物館に行ったりしている。
「晴翔君」
「優冶さん! 遅れてすみません」
「ん、いいよ」
今日は、遊園地に来ている。かの有名な鼠っぽいところやや宇宙っぽいところほどではないが、地方にある少し賑わった、という感じのところだ。
「じゃあ行こうか」
「なんか、デートみたいですね!」
晴翔君は上目遣いで満面の笑みを浮かべながら言う。だから使う相手間違ってるぞ。それと可愛いと思ってしまう俺も良くないぞ。
晴翔君は、俺と出かけると、毎回こう言う。身長差や年齢差から言って兄弟といった感じだろう。俺も、毎回こう返す。
「兄弟のお出かけ、だよ」
そうか、俺が可愛いと思ってしまうのは、弟のようだからか。俺には兄弟がいないから、そういうのに少し憧れていたが、そうか、だから楽しいのか。
「……つれないなあ」
「え?」
「なんでもないです。ほら、行きましょう!」
心から楽しんでくれているようで、また俺を嬉しくさせる。
これがいつまでも続けばなぁ、なんて、欲張りだろうか。
「僕、あれ乗りたいです」
「おー、いい……ぞ……って、アレ?」
園内の目玉のジェットコースターだ。見ただけで怖さが増す。
「はい、アレです」
「うーん、晴翔君だけでも良いよ?」
「あれ、優冶さん苦手ですか?」
「ん……、そ、そんなことないけど、ちょっと疲れたというか、俺」
「まだ来て何も遊んでませんよ?」
「……」
「わかった、怖いんだ」
「……」
晴翔君の顔を見れない。
「俺が付いててやるよ」
――ドキッ。
あっ、またドキッって、なんなんだもう。
「って、ちょっとクサいですかね。僕が付いてます、大丈夫ですよ、一緒に、ね!」
晴翔君の調子に乗せられて、ジェットコースターに乗せられて、心身疲れ果てた。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、大丈夫……」
本当は大丈夫じゃない。
「少し休みます?」
「……すまん、そうしてくれるとありがたい」
情けない。
俺は保護者感覚でもあるのに、これじゃあどちらが保護者か分からない。
「はい」
「え?」
晴翔君が、飲み物を買ってきてくれた。
「……ありがとう。お金はあとで」
「いいです、いつも奢ってもらっているんですから、これくらい」
「でも、バイトしてないんだろう、小遣いだけでこんなに……はっ、もしかして人に言えないような闇バイトでもしてるのか!?」
「ははっ、してませんよ」
晴翔君は、そう言って、感傷に浸るように無言になった。
「……なぁ。聞いてもいいか?」
「なんですか?」
「なんで俺と友達になろうと思ったんだ?」
今まで気にならなかったわけではない。俺も普通に楽しんでいた。でも、ストーカーから始まってもう一か月を超え、二か月まであと少しだ。そろそろ聞いてみてもいいんじゃないか。
「……今それ聞きます?」
「ダメか?」
「今じゃないですよ~。雰囲気大事にしないと!」
「そ、そうか……」
何流されてるんだ、俺。最初と同じじゃないか。でも。
「いつかは言ってくれるんだな」
「はい」
「じゃあその時まで待つよ」
「ありがとうございます!」
またこの笑顔だ。
俺は、この彼の笑顔が、好きかもしれない。
2
色々と乗った。
晴翔君と一緒に、楽しんだ。
お化け屋敷。コーヒーカップ。急降下するやつ。ミニコースター。エトセトラ。
そして、これが最後だ。
「優冶さん、最後にあれ乗ろう!」
「あぁ」
最後に乗ったのは観覧車だ。
「楽しかったですね」
「ああ、そうだな。かなり疲れたけど……」
思い出されるコースターの恐怖。「また乗りましょうよ!」と言われ結果4回も乗ってしまった。
休んでくれたのに、4回も乗せるとはなんということか。
「これから何回も行って、練習しなきゃですね」
「え、また行くの……?」
「当然ですよ。僕と優冶さんは友達ですからね!」
「……あ、ごめん、言葉変だったね、行くことに疑問を持ったわけじゃないから」
「はははっ、優しいなあ優冶さんは」
そう言って晴翔君は少し黙って、窓の外を見た。
ちょうど頂上に来た。
晴翔君は今何を見ているんだろう。
あまり大きくないライトアップくらいしか、見るものはない。俺は、会社帰りに電車から見える残業ライトアップよりかはマシだと思う。
晴翔君が視線をこちらに小さく寄せた。
と同時に、俺の隣に座った。
「どうした?」
「……今がその雰囲気かなぁって」
「え?」
「僕ね、今まで勉強しか能が無いって言われてきて、僕自身でもそう思ってたんだ。それでもそう言われるのが嫌になってきて、最近できたテラスで、要らないところまでずっと勉強してた」
「……」
「ふと窓の外を見たとき、シュッとした、お兄さんが僕の目に留まったんだ。あぁ、冴えない僕もこう、かっこいい人にいつかなれるのかな、って。その人はいつも同じ時間に通るから、時間の目安にもなったし、いつしか目で追うようになってった。この人みたいになりたい、から、この人と話したいな、に変わって」
そこまで言い終えて、晴翔君は、
俺を見て、――。
「!」
俺の唇に、晴翔君の柔らかいそれが触れた。
あまりにも突然のことだった。
でも、驚かなかった。
「……嫌じゃなかったですか?」
俺は、言葉が出なかった。
「でも、嫌そうな顔はしてない」
あぁ、意地悪だ。
「僕の、一目惚れ。初恋、です」
こんな密室で、こんなタイミングで。
「やっぱり、友達じゃ足りない」
彼は、断れないことを知ってる。でも……。
「僕と、恋人になってください」
俺は俯き、答えるのを躊躇ってしまった。
「ありがとうございました! 足元に気を付けてお降りください」
助かった。
「行こう」
俺は、きっと想定外の言葉で、返事を塗り替えた。
* * *
「電車、来ますね」
「そうだな」
「今日はありがとうございました」
「あぁ」
「楽しかったです」
「俺も」
「返事、待ってますから」
俺は晴翔君の顔を見れなくなっていた。
「……あぁ、うん」
「それじゃ」
ドアが閉まって、電車は発車した。
はぁ。
どうすっかなぁ……。
駅のホームから見上げた空は、まるで俺の心を写したかのように雲が覆っていた。
3
プシュー。
「……」
電車のドアが閉まる音と一緒に、足の力が抜け落ちた。
「……はぁ……!!!」
すっっっっごく恥ずかしかったぁぁぁぁっっ!
何クサいこと言ってんだよ僕は!
顔が熱くなってきた。本人目の前にしてないのに恥ずかしくて、手で覆い隠した。
もう超恥ずかしいこと言って、それで返事貰えなくて……。
――行くよ。
何、行くよって。え、終わったから行くのは分かるけど。あぁなんてタイミングなんだホント。今がその雰囲気って、まあ確かに良い雰囲気ではあったけどタイミング合ってなかったよもう少し長かったら良かった、いやもう一周してもよかったなぁ……。
絶対優冶さんを困らせた。
もう話してもらえなくなるかな……。
勢いでキスしちゃったしなぁ。
唇に、まだ感触が残っている。
――柔らかかったな。
僕はファーストキスだったけど、優冶さんはどうなんだろう。やっぱり彼女とかいたことありそうだよな。何番目のキスだろう。
てか今彼女いるかもしれないじゃん。僕とは「友達」だったわけだし……。
だとしたら、猶更僕って……。
――あああああああああああああ。
顔の温度が上がった。
* * *
「ただいま……」
「おかえり。どうだった?」
「……」
リビングからの海兄の声が聞こえた気がしたけど、反応できずに僕の部屋に戻った。
ベッドに倒れ込む。
「はぁ」
「溜息? 失敗したの?」
「……今、溜息漏れた?」
「うーん、自覚無いのか」
うつ伏せからドアの方をちらっと見ると、海兄が優しげな表情で僕を見ていた。
僕は海兄の方に向かい、胸に収まった。
「……うぅっ」
涙が零れてきた。
「えぇ……、泣くほどにやらかしたの?」
「……」
「よくやったよ、本当」
海兄の手が、僕の背中を優しく包んだ。
二拍に一回の、トントンとする手が心地よかった。
――いつか優冶さんにもやってほ……。
「うわああああああああああああ」
「!」
ビクッとしたのが分かった。
「あっ、ごめん」
「話、聞かせて」
「……う、うん」
「その代わり兄ちゃんの話も聞かせてあげるね!」
「……あぁ、うん」
正直、それは聞きたくないという気持ちが先行して、少し心が軽くなった。
部屋の真ん中のに置いてある小さな机を囲う感じで、海兄にあったことを話した。
「……うん、安心しな。脈は大いにあるよ」
「そうかな……」
「迷ってるんだって、きっと。いや、絶対! 僕が言うんだから、うん、絶対だよ!」
「……空想経験は豊富だもんね」
海兄は、ゲームや漫画の世界に自分を投影している、いわゆる夢男子というやつらしい。今は美……なんとかっていう子とお付き合いしているのだとか(もちろん二次元)。それが災いしてかなり浮いているが、それでも「経験」が豊富なので、色々と相談に乗ってもらっていたのだ。
「何回言ったら分かるかなあ。空想じゃない、体験型だから体験したも同然なんだよ」
「実在もしてないじゃんさあ、こっちは本物がいるんだって。ああもう会ってくれなくなったらどうしよう」
「ハル。ここは、少し距離を置くんだ」
「え?」
「今までくっついてきた子が突然離れたら、どうしちゃったんだろう、って気になるのが王道さ!」
グーサインとキメ顔をされた。
「現実はそうはいかないんですー」
僕は、囲っている机に突っ伏した。
「でも、僕も気まずいし、少し距離は置きたいな、とは思う……」
「なんだぁ、相談するまでもないよ! 上手くいくさ、それで!」
「……うん、だね。海兄と話してたら気が楽になった。ありがと」
「いいってことよ。で?」
「ん?」
てっきり海兄の話が始まるのかと思ったけど、質問が続いてちょっと驚いた。
「何?」
「ファーストキスの味は、どうだった? やっぱりレモン? イチゴ?」
……!!
「……か、海兄の、バ、バカァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!」
「ちょ、うわっ、ハル!?」
「もう出てって!」
急に顔が熱くなった。
――……。
何度でも思い出したいはずの想い出なのに。
先の見えない今はまだ、心に仕舞っておきたかった。
* * *
「今度は僕の話も聞いてよねー」
キスの話したら追い出されちゃった。
――ふふっ、可愛いなあ。
美理ちゃんの方がもっと可愛いけどね。
さてと、美理ちゃんとデートにでも行こっと。