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第2話 純真


 午前の仕事が終わった。昼食の時間だ。

 あー疲れた。

 食堂で優冶は、決まった席にいつも座っている。ほら、今日もいた。

「よっ」

「お。よう」

 優冶は食事に集中を戻した。

「なんだ。まだ悩み事か」

「え」

 図星って顔だ。

「……いや。大丈夫だよ」

「その間はなんだ?」

「うっゴホッゴホッ」

「あー、咳き込むなよ。俺の所為みたいじゃないか」

「お前の所為だ」

「半分はお前の悩み事の所為な」

「うぅ……」

 何も言えないって顔してる。分かり易くて本当に面白い。

「こうやって遊ばれないためには悩み事を無くさないとな」

 面白くてやっているが、こうやって悩み事を人に話して整理させることで、少しでも軽くさせるのが本当の目的だ。というのは冗談。面白さが勝っている。

「……前……、金曜に話したストーカー居たろ」

「あぁ、いたな」

「そいつと、話すことができたんだよ」

「ほう。良かったじゃん」

「でな。友達になった」

 は?

「は?」

「どう思う?」

「は?」

「やっぱ断るべきだったよなぁ……」

「は?」

「橋本」

 優冶が、目線をこちらに向けた。

「は?」

「お前、さっきからそれしか言ってねえぞ」

「は? ……は? 何、お前バカなの?」

「だよなぁ」

「自覚あるのかよ」

「だって、ずっと尾行()けられてたんだぞ。ちょっと怖かったし、そりゃあ、な」

 わかってのことなのか。

「じゃあなんでなったんだよ」

「……雰囲気に流されて……?」

「はぁ。もう後には引けないぞ」

「え?」

「この後、お金騙し取られたり、物盗られたり、もしくはお前の身体が狙われてたりするかもな」

「……は」

「ま、気を付けることだな。兆候が現れたら、即刻切るんだぞ」

 優冶は黙り込んだ。その表情は、怯えと後悔と、あと、なんだろう。少しの優しさを感じた。

 俺の知っている優冶は、ここまで流されやすい奴ではなかったはずだ。きっと、その相手に何かを読み取ったんだろう。ストーカーという完全悪ではない、何かを。

 ――何も起きないと良いけど。

 俺は、昼食に手を付け始めた。





 橋本に食堂で言われた言葉が引っかかったまま、仕事が終わった。

 詐欺。強奪。人身売買。

 あの彼が、か?

 あの言葉遣いで、あの身なりで、あの雰囲気で、それはないだろ。

 いや、騙す人間というのは、演技が上手いのでは?

 あれは偽りの姿、なのか。

 ただ、今のところそうは思えないんだよな……。

「――さん」

 ん。

「優冶さん!」

 ん!?

「えっ、き、君……」

 振り返ると、例の高校生がいた。

「……なんでいるの? もしかして、待ち伏せ……?」

「だって、あのあと返信全然ないし、心配になって……。それにストーカーはやめるって言ったから……」

「あの、待ち伏せも立派なストーカー行為だと思うよ……」

「えっ」

 少しの間。

「ご、ごごごごめんなさ」

「ちょ、逃げるな!」

 また逃げられそうになったから、取り敢えず腕を掴んだ。

「大丈夫だから、な」

 内心、大丈夫では全然ない。

「うぅ……、はい」

「俺も悪かったって思ってるんだ。その、君が俺の金目当てなんじゃないか、とか、身体目当てなん……」

 俺何本人に向かって言っているんだ!?

 もし本当に目当てだったらどうするんだ、あぁ、もう。

「お金目当てじゃないです! 本当に! 安心してください」

 なんで君お金だけ否定した? 身体の方はなんで否定しないんだ。

「身体は……?」

 君、なんでそんなに顔を赤らめるんだ。

 そしてなんで顔を背けたまま、何も言わないんだ。

「……え、マジで」

「あっ、ちっ、違います! 売ろうとか全然! 考えて、ないです」

 勢いがトーンダウンしていった。

「そっか、それなら良かっ」

「むむむしろ買いたいです!」

「……え」

 俺が聞きたい言葉を、彼はいつも取り消し、よりヤバい方に塗り替えていく。

「あっ、ああああいやそういう意味じゃな、ってどどどういう意味だよ、あの、違くて、って違わないんですけど、買い取って保障したいって意味で――」

「ふ、ふはっ」

「……え?」

「ははははっ」

 きっと彼は「あぁまた言葉間違えた、いやだったかな、また疑われたかな、怒らせたかな」とか思って、そんなつもりはないんだと取り繕おうとしていたのだろう。なんで会って日も浅い俺なんかに、そんなに一生懸命になっているんだろう。公園で話した時も、今日も、その一生懸命さがなんだか可愛く思えて、笑ってしまった。

「あー、ごめんごめん。なんだか可愛くって」

「……優冶さんが笑ったところ、初めて見た」

「そりゃ、まだ会って二、三回だしな」

「……って今、僕のこと可愛い、って……」

 顔を赤らめるな。そんな瞳で見るな。てか何口走ってんだよ俺! 俺まで顔が赤くなって……。

「もう一回! 録音したいです!」

「……嫌だ、絶対に言わない」

 ふくれっ面も可愛いんだけど。絶対に言わない。

「良いです、いつかたくさん言わせますから」

「……?」

「そうだ、優冶さん」

「なんだ?」

「僕の名前、呼んでください」

「え?」

「まだ、君、としか言われてないです。ちゃんと名前で呼んでほしいです」

「……萩原君」

「下の名前が、良い」

「あー我が儘だな! ……は、晴翔君」

 名前で呼ぶのが少し恥ずかしい。

「……はい!」

 満面の笑みとは、こういう顔のことを言うんだろか。

 晴翔君が笑顔で俺の顔を見上げた。

「あ、優冶さん、顔赤い」

「言わなくていい……」

「えへへ。じゃあ、優冶さん、またね!」

 バイバーイ、と彼――晴翔君は去っていった。まるで嵐というよりもゲリラ豪雨のように。

 陰に隠れて見た時は、真面目で友達が居なさそうな暗い子だと思ったが、なんてことはない。とても明るくて人懐っこい子だった。

 もしこれが、人を騙すための演技だとしても、もう少しくらい、楽しんでもいいかな。

 違ったら、彼の本心から俺に懐いてくれているのだとしたら。

 だとしたら、結構、嬉しかったり。


     *   *   *


 駅のホーム。

 ――名前、ちゃんと覚えててくれたんだなぁ。

 少年は、口元が綻んだまま、電車に乗った。


     *   *   *


 はー、疲れて帰った後の一番風呂はやっぱり気持ちいなぁ。

 って俺しか住んでないけどな! はっはっは!

 ――あー、寂しい。どっかに俺の伴侶になってくれる女性(ひと)いないかなぁ……。

 テテテテテテ。

 ん?

 優冶からだ。

「もしもし、どした」

『俺、彼と友達継続することにしたわ』

「は?」

『んじゃ、そういうことで』

 ツー、ツー、ツー。

 は?

 ……は?

 でも、少し声が、晴れやかに感じた。

 ――まあ、あいつの決断だしな。

 何かあったら、その時は力を貸すだけだ。

 ビール、飲むか。

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