01 あいつ絶対許さねぇ!
俺は18歳で死ぬまで、家族や友人から頑固者と言われ続けてきた。ずっと自分ではそう思っていなかったが、どうやらそうらしい。死んで生まれ変わる事で、俺はようやく自分の度を越した頑固さを知った。
まず、俺は異世界で無事に転生してしまった。
種族はエルフ。全てのエルフは男女関係なく世界樹の木の根元から生えて生まれるため、親はいない。強いて言うなら世界樹が親だ。
生まれたばかりで既に十歳ぐらいの外見年齢をしていて、たどたどしいが喋れる。サラッサラの金髪に尖った長耳、美形の顔、ほっそりした体が特徴である。あと一日一時間以上光合成しないと餓死する。寿命は無限だが、病気や事故があれば普通に死ぬ。
深い大森林の中で一本だけ雲を突き抜けてそびえ立つ雄大な世界樹は全てのエルフの父であり、母だ。自然と、全てのエルフは家族でもある。
転生してすぐ、俺は仲間のエルフ達から大歓迎を受けた。戸惑いが消えない俺が尋ねた事は全て、嫌な顔一つせずニコニコ答えてくれた。一番気持ちいい日向ぼっこ広場に案内してくれたし、空腹を訴えれば美味しいキノコと冷たい清水を惜しげもなくくれた。
エルフは良い奴らだった。ある意味俺は彼らの最年少の弟なわけだから、家族を可愛がるように親切にしてくれているのかも知れないが。
エルフは男は狩りと料理を、女は機織りや建築を仕事にしているという。
しかし見回してみても誰も働いている様子はない。世界樹から張り出した太い枝の上に建てられたログハウスの数々に出入りする人の姿はなく、見える限りでは全員俺の周りに集まっているように思える。
それを指摘すると、若い男のエルフが好奇心に目を輝かせ、代表して答えた。
「大神様から託宣があったのさ。今朝生まれる子をよく育て、料理を教えるようにって。みんな興味津々なんだ」
「大神様?」
「世界で一番強くて偉い、立派な神様だよ」
そのエルフは誇らしげに言った。
凄まじく嫌な予感がした。
聞きたくなかったが、聞かないわけにはいかない
「大神様ってもしかして元勇者か?」
「そう! 生まれたばかりでよく知っているね。大神様から聞いたのかい?」
「……その大神様は二代目?」
「その通りさ! 先代様は魔王を倒した力と清い心を認め、権能を譲って長い旅に出られたとか」
「なるほど。よーく分かった」
表向きはそうなっているわけだ。頭が痛い。
そうしたつもりはなかったが、怒りが顔と口調に出たらしい。エルフ達が俺の妙な反応に(エルフ視点では大神の出自を知って怒るのは妙に見えるはずだ)、怪訝そうにしている。
邪神は俺を見て楽しんでいる。たぶん、今も。
地球でトラックに轢かれた時、俺は自分の体が勝手に動くのを感じた。
あの時は俺の心の奥の正義漢が「轢かれそうな猫を助けろ」と叫んだのだと思っていた。
しかし違った。
邪神は『トラックに轢かれて転生するのは今やってる』と言っていた。
簡単な話だ。
俺は邪神の遊びで体を操られ、殺されたのだ。
許せん。例え神でも許せん。
奴の思い通りに動き、奴を楽しませるなんて冗談じゃない。
「質問はもう大丈夫かい? それなら料理を教えよう。大神様が御命じになられた事だからね。ついてきて」
「嫌だ」
そうキッパリ言った瞬間、俺は落ちてきた太い枝に潰され圧死した。
【二周目だ】
邪神の無駄に爽やかな声が頭のどこかで響き、俺はまた生まれていた。
どうやら
【外れスキルSSSSSランク悪役令嬢を持つ料理人が勇者パーティから平穏に追放され魔王を暗殺した罪で世界最高の領地開拓をしていたら賢者の奴隷になり宿屋をはじめる】
事を拒否すると即死する仕様になっているらしい。
とんだクソ仕様だ。
エルフ達は圧死体に集まって大騒ぎだったが、生まれたての俺を見ると揃って愕然とした。
「えっ、今、死……?」
「死んださ。先に言っておくが、料理人になるのは、」
この先を言ったらヤバいのは分かった。
二度死んでも死ぬのは痛く、恐ろしい喪失感がある。
しかし邪神への怒りが俺を突き動かした。
「断る」
そう言った瞬間、俺は快晴なのに落ちてきた雷に打たれて死んだ。
【三周目だ】
頭のどこかで邪神の楽しそうな声がする。
いつまでも楽しんでいられると思うなよ。
人を弄ぶクソ野郎め。
俺は頑固者なのだ。
今度は世界樹の枝から生えて生まれた直後に宣誓した。
「料理人にはならない」
そう言った瞬間、俺は突然弾丸のように飛んできた小鳥に頭を吹き飛ばされて死んだ。
【四周目だ】
「くたばれ邪神。料理人にはならない」
俺は突発的カマイタチで全身をズタズタに引き裂かれながら、集まってきたエルフ達の恐怖に怯える顔を見た。すまんな怖がらせて。しかし譲れない。
【五周目だ】
俺が生まれる世界樹の枝の周りに、俺の死体が積み重なっていく。
耐久レースだ。
俺の心が折れるのが先か、邪神が飽きるのが先か。
「料理人にはならない」
【六周目だ】
「料理人にはならない」
【七周目だ】
「料理人にはならない」
【八周目だ】
「料理人にはならない」
【九周目だ】
「料理人にはならない」
【十周目だ】
「料理人にはならない」
【十一周目だ】
「料理人にはならない」
【百周目だ。お前おもしれーな】
邪神の楽しそうな声が頭の中に響き、俺はまた生まれた。俺の死体の山を前にエルフ達は言葉を失い、ガタガタ震えながら抱き合い怯えきっている。
心が折れた訳では無いが、俺は考えを変え始めていた。
もしこのまま俺が死に続け、邪神が俺に飽きたとして。邪神はどうするのだろう。
暇つぶしに俺を殺して遊んでいるくらいだ。また別の誰かを弄ぶ可能性が高い。
それはダメだ。
邪神には思い知らせてやらないといけない。人を弄ぶとどうなるのか。
調子に乗りやがって。許さん。何が暇つぶしだ永遠に暇してろ。
飽きさせるだけでは足りない。報いを受けさせなければ。
邪神抹殺。それこそが俺の本当にしたい事、するべき事だ。
邪神は元の神を殺して成り代わった。神殺しの前例があるなら、二度目があってもおかしくない。邪神抹殺は可能なのだ。
ならば俺はどれほど困難でもそれをやり遂げる。
そのためには力をつけないといけない。邪神を殺すだけの力を。
そして力を身に着けるためには死んで生まれ直してリセットを喰らい続けるのは悪手だ。
生きて、牙を研がないといけない。
俺は決意し、立ち上がった。エルフ達が恐怖に引きつった顔で後ずさった。
死にまくって生まれ直しまくるのは、この世界でも異常らしい。
悪いが慣れて貰わなければ。たぶん、これからも何度か死ぬのだから。
邪神を抹殺するまで。
俺は両手を上げて害意が無い事を示し、言った。
「大丈夫だ、もう死なない。俺は進だ。これからよろしく頼む」
「スーム?」
「ス、ス、ム」
「スー、ム」
「……スームでいい。俺に料理を教えてくれ」
今は精々俺のもがきを楽しんでいろ。必ずてめぇの薄ら笑いを恐怖に変えてやる。
俺はしつこいぞ。頑固者は死んでも治らないのだ。