理解者
社長の言葉に私は情けなくも動揺を隠せなかった。息吹様がご自身の意思で手術に踏み切る決心をしたなど信じたくない、認めたくなかった。何に対しても「どっちでもいい」「左京が決めてくれ」と自らの意思決定を示してこなかった息吹様が最近になって自らの感情で物事を判断されるようになり、二択をコインに委ねる事もなくなった。
それは紛れもなく息吹様の心が成長している証であり、私はこれからの息吹様の人生が色鮮やかに花開く事を信じたのだ。
息吹様……あなたは自らの人格を失うことすら厭わないというのですか? それすらもどっちでもいいのですか? せめてどっちでもいいのなら私に訊いてください。私に決めてくれと仰ってください!
「やっぱり、お父さんは何もわかっていませんね」
打ちのめされた私だったが、成瀬さんの物怖じしない一言が耳に届くとはっと我に返った。社長を見ればその一言を受けて眉間に皺を寄せ険しい表情を浮かべていた。
「どういう意味かね?」
重低音を響かせる社長の問いは本人に威圧する気がなくとも凄みのあるものだ。ましてや一介の女子高生が詰められたらそれはさぞ恐ろしい事だろう。
「今重要なのは山中くんが自分の意思で手術を受ける決定をしたことじゃありません。山中くんが何を求めてその決断を下したかです」
成瀬さんは社長の圧を受けてもまったく動じず堂々と言い放った。
すると成瀬さんの厳しさを孕んだ大きな瞳が私をキッと見据えた。
「左京さん、しっかりしてください。今の山中くんがどちらでもいいから手術を選ぶなんて事をしないのは左京さんならわかっているはずです。私達がそこにある山中くんの気持ちを汲んであげなくてどうするんですか」
オロつく私を叱る成瀬さん。その様を見た社長が目を丸くして可笑しそうに笑った。
「はっはっは、左京を叱りつけるとは大したお嬢さんだ。しかし……ほう、息吹の気持ちか。成瀬さん、あなたにはそれがわかるというのかね」
「わかる……というのは烏滸がましいかもしれません。私は山中くんを信じているんです。だからこそ伝えてあげたい。そんな手術を受ける必要ないんだよ。だって山中くんは人の気持ちに寄り添う事ができる。私の気持ちを大切にしてくれる事ができるのだから。だからあなたの心に自信を持って。と」
なんとも心強い言葉だった。息吹様を真に理解する成瀬さんの言葉は弱った気持ちを立て直すには十分な説得力がある。
社長を諌め、息吹様を止められるのは自分しかいないなどと驕ったことを心底恥じる思いだ。むしろ私などではなく、成瀬さんさえいてくれたなら、息吹様の事は安心ではないか。
成瀬さんの息吹様の心情を解した答えに、私の中にも息吹様を信じる確固たる自信が蘇る。
その時、部屋の扉が開き全員の視線がそちらに向けられた。
「左京?」
現れたのは今日ここに来訪する予定にあった息吹様に他ならない。
私の存在に気付いた息吹様が怪訝な表情を浮かべる。次いで私が一歩身を引くとそこにある姿を認識したであろう、息吹様の切れ長な目が僅かに見開かれた。
「成瀬……か」




