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『心の温もり』~約束の藤色のハンカチ~  作者: 風花 香


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驚愕

挿絵(By みてみん)





『なんですって!!』


 突然の怒号に私は思わず小さく悲鳴をあげた。面食らう私に左京さんは更に捲し立てるように問い質す。


『それはいつの話ですか!? 詳しく聞かせてください!』

「え、えっと、今日の放課後に山中くんと話した時に言っていました。山中くんはたぶん会社絡みの事だろうって」


 普段温厚な左京さんの鬼気迫る様子に私は気圧されていた。いったいどうしたというのだろう? 左京さんをこんなに動揺させるなんて何があったのだろう。


「山中くんは一度東京の本社に寄って、明日の便でドイツに向かうって言ってました」

『なっ!』


 絶句する左京さんは一度大きく息を吐き出すと、焦りを孕みつつも落ち着いた口調に戻っていた。


『成瀬さん驚かせてしまい申し訳ありません。由々しき事態となりました、ですがそれを電話で悠長に話している暇はありません。私は直ぐに東京の本社に向かいます。それでは』

「待ってください! 私も連れて行ってください」


 咄嗟に私はそう言っていた。ただ事ではない事態にジッとしていることなんてできない。


『ですが……』

「明日は学校は休みです。親は納得させます。それに山中くんの一大事だと言うのなら、私だって詳しく知りたい、力になりたいんです!」


 山中くんに何かあったと言うのならそれは譲れない。私の意志が固いことを察したのか、左京さんもそれ以上止めようとはしなかった。


『十分ほどで向かいますので、準備しておいてください』

「はい!」


 通話が切れた。

 何があったのかわからないけど、山中くんの身によくない事が起きようとしているのは明らかだった。

 力になれるなら力になってあげたい! だって、山中くんは、私を必要としてくれているのだから。

 家を飛び出し、待ちきれない思いで左京さんの到着を待った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 成瀬さんとの通話を終えると、今脱いだばかりのジャケットを羽織り、早々に部屋を後にする。駐車場へ急ぎながら、社長に電話をかけた。

 

 社長……貴方は、貴方は実の息子になんて事をッ!!

 息吹様に人格形成手術を受けさせる事を思いとどまって下さったかと思えば、既に息吹様をドイツへ出立させる手筈を整えていたとは。ならば電話の時、再考すると引いたのはこれ以上私と言い合っても埒が明かないと考えての事だったのか。

 それを肯定するかのように社長が電話に出ることはなかった。コール音が何時までも無機質に鳴っているだけ。

 

 ギリッと奥歯が音を立てた。

 更に言うならば社長は息吹様にドイツへ向かう理由を教えていない。つまりは本人にすら合意を得ていないのだ。

 社長にこれほどの憤りを覚えるなど初めての事だ。何がなんでも阻止してみせる、例え私がこの会社に居られなくなったとしても。


 ただ問題は、間に合うかどうか……。どんなに車を飛ばしても八時間から九時間はかかるだろう。

 祈る思いで私は成瀬さんのもとへ急いだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 東京のホテルに到着した俺に、父親から連絡があった。内容は今回のドイツ行きについて。


 淡々とものを言う男という印象だったが、本題に入るまでの言い淀む様子は違和感があった。そしていざ人格形成手術の話になった途端、会話に含まれる熱量が一変した。

 一流経営者の思考回路だとか、会社をまとめ上げるのに必要なスキルが身に付くとか、受けるメリットについて力説していたが、俺には正直どうでもいい話だった。


 人格形成手術と聞き思ったこと。

 ただ俺が知りたかったのは。


「その手術を受ければ、俺の壊れた感情でも他人と共感する事ができるのか?」


『…………ああ、可能だ』


 それができるというのならば、俺にもその手術を受けるメリットがある。

 こんな俺ではなく、まともな人間となって成瀬に接することができるならば。


「わかった、受けよう。明日、本社へ向かう」

『ああ、待っている』


 通話を切った。


 それにしても、先日ミュウを病院へ連れて行く為に東京に降り立った時にも思ったことだが、ここは本当に俺の故郷なのだろうか? 懐かしさを一切感じない。

 長らく東京に住んでいたはずだが、イマイチその頃の記憶も曖昧ではっきりしない。


 ただ漠然とどこか行きたい場所があるような、行かなくてはならない場所がある気がするのだが。

 しかし俺はそれ以上思考を重ねることを止めた。理由は単純、いくら考えても答えは出ない。思い出すことはないのだ。今までにも何度か同じような感覚に至ったが、考えれば考えるほど頭痛が酷くなるばかりで何の手かがりも浮かばない。

 そもそも忘れているような感覚そのものが、ただの勘違いであり意味のないものなのかもしれないのだから。


 壊れた俺の思考に意味はない。そう、俺の行動に意味を持たせてくれるのはいつだって彼女だ。彼女のおかげでこんな俺でも感情の昂りや恋というものを僅かながら知る事ができたのだ。

 

「成瀬……。次に会うときは、俺は俺の意思を持てているだろうか」


 成瀬に相応しい存在になりたい。このような我欲を抱くのもまた、成瀬のおかげだ。

 夜にも関わらず明るい東京の町並み。高層階から眺めるこのきらびやかな景色にはどこか見覚えがある。

 それがいつどこで見た記憶なのかはやはり定かではない。

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