勝手にドギマギ
自室でベッドに腰掛けお気に入りのぬいぐるみを抱きながら、私は悶々とした時間を過ごしていた。胸に手を当てると心臓がトクトクと速いリズムで脈打っているのが伝わる。そして頭の中では今日の山中くんの家での出来事がぐるぐると巡っていた。
山中くんのほっそりしつつも逞しい腕で抱きかかえられた感覚も、目と鼻の先で私を見つめる静かな瞳も、そして何より……。
ぬいぐるみを抱く腕を解き、右手を唇に当てる。
唇に残る柔らかくて温かい感触が私の頭と心をぐちゃぐちゃに掻き乱す。もちろん嫌だという意味じゃない。だけど、免疫のない私には余りにも刺激が強すぎた。思い出すたび顔がかぁっと熱くなる。
再びぬいぐるみを抱きかかえ、顔をうずめる。
山中くん。あなたは今どんな気持ちですか? 同じようにドキドキしてくれてるのかな。もし、もしもあの時私に覚悟があったなら、あの時私と山中くんは……。
またまた頭から湯気が立ち昇りそうな程に熱が上がってくるのを感じた、その時。
ベッドにおいていた携帯からくぐもったバイブ音が鳴り響き、私の意識がそちらに向く。ディスプレイに表示されているのは『左京さん』の文字だった。
こんな時間に突然なんだろう……漠然とした不安を抱きつつ、通話ボタンをタップする。
「もしもし」
『こんばんは、成瀬さん。夜分遅くに申し訳ございません。突然ではありますが少しお時間大丈夫ですか?』
左京さんらしい落ち着いた雰囲気の声。何か起きたという感じではないけれど、ついつい身構えてしまう。
「あ、はい。あの、どうしたん……ですか?」
『いえいえ、別段何かあったわけではありませんので、そう心配なさらないでください。……成瀬さん、先日は私どもの不手際で怖い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。その後、体調等に変化はありませんか?』
私の不安を察したのか、左京さんは朗らかに前置きした。未だに優しく気遣ってくれる左京さん。迂闊な行動で左京さんたちに責任を感じさせてしまった自分が恨めしい。
「あ、はい。大丈夫です。あの、その件については左京さんたちのせいじゃないので、もう謝らないでください。私はもう大丈夫ですから」
『そう仰っていただけると私の心も救われる思いです。ところで、成瀬さんに是非お聞きしたいのですが、最近息吹様の様子に何か変化はありませんか?』
「えっ? や、山中くんの様子が、な、何ですか?」
突然振られた『山中くん』というワードについ過敏に反応してしまう。左京さん……突然電話してくるなんて変だし、もしかして今日の出来事を、し、知って?
そんなわけないのに、混乱した頭では上手く状況判断ができない。左京さんは続けて。
『成瀬さんのおかげで最近の息吹様は随分多感になられたように思います。成瀬さんの前では私どもの知らない一面を覗かせることもあるのでしょうね』
知らない一面を覗かせる……? 私の中で今日の山中くんとのひと時が鮮明に思い浮かぶ。
さ、左京さん、何でその事を? 恥ずかしさで顔から火が出そうになりながら、何とかごまかす努力をする。
「い、いえ、私の前だからってそんな、特別変な事なんて、何も」
『変な事?』
墓穴を掘る私。もう穴があったら入りたい……。
「えっ!? あ、いや何言ってんだろ私……えと、山中くんは、あの、いい意味で、変わってきているなって、そう思います……」
そう言うのが精一杯だった。
僅かな沈黙が流れ、ようやく少しはまともに働くようになった頭が、左京さんが今日の出来事を知っているはずがないと結論付ける。
過剰に反応し過ぎて逆に怪しかったことを思うと、また恥ずかしくて顔が熱くなる。
『ふふ……』
電話の先から左京さんの微笑が漏れた。
「あの、左京さん?」
『ああ、いえ。そうですか、成瀬さんから見ても息吹様は良い方向に変わっていると感じますか。長年息吹様をお近くで見守ってきた私としましては、最近の息吹様の変化は嬉しくて。子どものいない私に分かるはずないのですが、子を見守る親とはこんな気持ちなのかと。いや、烏滸がましい話です』
と、左京さんは言った。
それを聞いてこの突然の電話にも合点がいった。
そっかぁ。左京さんは山中くんの事をとても大切に想っているから気になって気になって仕方ないんだね。
私は佇まいを正して表情を引き締めた。
「あの、左京さん。烏滸がましくなんか、ないと思いますよ」
人生の先輩であり、断然大人な左京さんに私なんかが説くことこそ烏滸がましいけど、どうしてもこの思いは伝えたい。
「左京さんが山中くんを大切に想う気持ちは私が両親から貰っている愛情と変わらないと思います。左京さんにとって山中くんは社長さんの息子で、いずれ上司になる人なのかもしれないけど、その気持ちは山中くんにもきっと伝わっていると思います」
稚拙で言葉選びも上手じゃないけれど、山中くんも左京さんをきっと慕っている事を心に留めてほしいのだ。
『私には勿体ないお言葉です。……これもまた私が言う事ではありませんが、これからもどうか息吹様と素敵な時間を育んでいってください』
「え、素敵な時間? ええと、はい……そうですね。そ、それにしても山中くんの立場ってやっぱり大変そうですよね。まだ学生なのにとても忙しそうで」
またまた意味深な左京さんの言い回しについあたふたしてしまう。他意はない他意はない、と自分に言い聞かせ冷静な対応ができた……と思う。
「忙しそう?」
怪訝そうに聞き返してくる左京さん。会社関連のことならば当然周知のことと考えていた私は、意外に思いながら山中くんがドイツへ行く事をなんの気無しに伝えた。




