平穏な日々
四時間目の授業終了を告げるチャイムが鳴り響き、各々が自由に動き出す。購買へ急ぐ男子生徒、ストーブを囲ってお弁当を広げる女子生徒、お昼ご飯も食べずにポータブルゲームを齧り付くようにプレイする男子生徒など。
私達はといえばいつも通り、明日香と里奈と私の三人で机を合わせてお昼ご飯を食べる準備を整えるが、ここ最近は少し違った。明日香の彼氏の片桐くんも一緒で、更には。
「山中くーん! こっちおいでよー」
里奈が彼女らしい元気いっぱいな声量で山中くんを招くのだ。
最初こそ直ぐに応じなかった山中くんだが、「詩織が呼んできなよ!」と里奈と明日香に背中を押され直接誘って以来、山中くんは黙ったままではあるけれど、招かれるままに一緒にお昼ご飯を食べてくれる。
山中くんと知り合った当時、里奈は山中くんのことを『何を考えているかわからない』と言って、仲良くなる事に懐疑的だった。もちろん里奈に悪気はなく、私を心配してくれる故の発言だったし、私自身当時は山中くんの事をただ漠然と、本当は優しい人だと思っていただけだった。
だから正直、私が山中くんと親密になることを里奈や明日香は快く思わないのではないか、と懸念していたのだが実際には「詩織が大丈夫って思ったんなら大丈夫でしょ」と拍子抜けするほどあっさりと私達の関係を認めてくれた。
穏やかな時間だった。大好きな親友がいて、好きな男の子も一緒の輪に入って、笑い合えるということがなんて幸せなことだろう。
いつまでもこの幸せな時間が続けばいいのにと願う。
「ねえねえ山中くん」
里奈がにまにまと怪しい笑みを浮かべて山中くんを呼ぶ。山中くんは里奈に顔を向けるとくくっと首を傾げ、続きを促した。
「詩織のこと、どうして好きになったの?」
「!? ちょっと里奈ッ!」
突拍子もない質問に私の方が驚いてしまい、里奈に非難の眼差しを向ける。しかし里奈はにこにこと笑い、私の意を汲んではくれない。
「ね、ね、どこを好きになったの?」
こ、この子は本当にもう〜。第一、私は山中くんに直接好きと言われたことはない。山中くんだってそんなこと聞かれたって困るに決まってる。決まってるんだけど……山中くんがなんて答えるのか期待してしまう愚かしい自分が顔を覗かせているのも事実。
「成瀬はとても面白いよ」
「え? 面白い?」
思っていた答えとかけ離れていた為か、里奈が不思議そうに問い返した。山中くんの涼し気な瞳が私を捉え、思わず身体を強張らせてしまう。
「俺の知らないことを沢山知り、俺には感じ得ないことを沢山感じ、心清らかで強く、一緒にいれば俺も変われる気がする。そんな存在だ」
言い終えると山中くんはその切れ長な目を閉じ、呆気に取られる私たち四人を余所にサンドイッチを一口食した。
「なんて言うか……もうこれはプロポーズ的な……そんなレベルの話?」
「そうだな。俺は〜……まだ明日香に山中みたいな素敵な言葉を贈れてないよな?」
「せ、背伸びしなくていいよ? 山中くんが達観してて大人なんだよ。ははは……」
三人それぞれ恐れ入りましたとでも言いたそうに慰め合うような笑顔を浮かべる。そして一様に私に顔を向けると「幸せ者だね」とにやにやされてしまう。
「み、みんなやめてよ」
恥ずかしくて頭頂部から湯気が立ち昇りそうだ。だけど、山中くんに大切な存在と見てもらえている事が伝わってきて嬉しい。
「切っ掛けは夜の学校で偶然会ったことだった」
山中くんが思い出したように呟く。私は正直、え? それ言うの山中くん? と恥ずかしさと焦る気持ちで変な汗をかきそうだった。
「夜の学校?」
三人が声を揃えて復唱した。案の定、手掛かりを見逃すまいと三人の表情が調査する探偵張りに険しくなる。
「ああ、その時初めて成瀬に対して胸の熱を感じた。そして、次にまた夜の学校で会った時、もう一度その熱を感じたんだ」
「んん? その二度目の出会いは偶然ですかな?」
「ぐ、偶然だよ!!」
里奈のいぶかしむ視線を受け、私はたじろぎながらも強調する。強調したのに……。
「いや、偶然じゃない」
山中くんが否定した。
や、山中くん〜。なんで、どうして? あれは、偶然だったでしょう?
「あの日の成瀬が同じ顔をしていたんだ。あの夜の学校で出会った時と同じ」
山中くんのその発言は、私にとっても初耳だった。どういう事か理解が及ばない。
「だから、夜に学校に行けば成瀬がいる。その確信があった」
そこまで聞いて、私の中にあの日の記憶が蘇った。そう、偶然にも再び顔を合わせた二回目の夜の学校。あの時私は上の空ながらも「山中くんはどうして学校に?」と訊いたんだ。呆然としていた私はあの時山中くんの答えを聞きそびれてしまったけど、確かに「あの時と同じ」と山中くんは答えた。
そっか……。山中くんは、あの時から私のことを、見てくれていたんだ……。
胸の中に温かな感情が溢れるのを感じる。山中くんへの好きが一際大きくなる。
「なるほど……。山中くんの詩織への愛は偶然の産物ではなく、山中くんが詩織の事をよく理解して生まれた必然だと、そういうことね」
「里奈ッ!」
したり顔でうんうん頷く里奈をぺしと叩いた。
「成瀬」
「あ、はい!」
「ミュウは成瀬によく懐いている。成瀬が面倒を見てくれないか?」
「え? そんなの駄目だよ。ミュウは山中くんの事が大好きなんだよ? その環境を変えてしまうことはミュウにとってよくないわ」
「そうか……なら暫くでいい。預かってくれ。野暮用が入ったんだ」
野暮用……。何となく違和感を覚えるが、今この場で問い質す気にはなれない。
「今日の帰りうちに寄ってくれ。その時ミュウも頼む」
「うん……わかった」
漠然とした不安が押し寄せる。ただ何となく嫌な予感がする。
「早速お部屋デート? 詩織、何かあったら後で教えてね。何か、あったらね」
「ッ!! もう、里奈ッ!」
お調子者の冷やかしでこの時はそんな不安も何処かへいってしまった。




