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『心の温もり』~約束の藤色のハンカチ~  作者: 風花 香


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優しい嘘

挿絵(By みてみん)






 はっきりと聞いた。私に対する拒絶の言葉を。

 だけど山中くん、あなたは自分で自分の言っている矛盾に気付いてる? 


 そこには明らかな気持ちの変化が隠れている。そして、自らを貶めるような発言をして、突き放す態度を取るに至った理由も。


「おかしいよ。山中くん」

「何がだ」

「山中くんが話したくないだなんておかしい。だって、山中くんはいつだって何に対しても()()()()()()()はずでしょう」


 山中くんの背中に語りかける。その背中から私を隔てるように見えない壁が張られているようだ。張っているのは山中くん本人。

 何も言わないし、こちらを見ない。負けじと私は訴える。


「会いたくないし、話したくもないって、それは山中くんが私のことを少なからず意識しているからじゃないの?」


 自分で言うのが烏滸がましい自意識過剰な言葉で山中くんに問う。だけど、山中くんにははっきりと伝えたほうがいい。ちゃんと響くように。


 山中くんがため息を吐き、私に向き直る。相変わらずの突き刺さるような視線を真っ直ぐ私に向け、私も気持ちを込めて見つめ返す。


「何を言っている? 俺には特別に感じるものはない。話したくないという言い方に語弊があるなら言い方を変えよう。話す価値がないし興味もない。だから話す必要がない。そういうことだ」


 凍りつくような瞳と冷たく響く山中くんの言葉は、私の挫けないよう誓った心を抉るようだ。

 不覚にも鼻の奥にツンとした痛みを覚えたが、それをぐっと堪える。


「だめだよ……。山中くん、色々な事を知りたいと、感じたいと思った気持ちを失くしちゃだめ」


 私にとって辛かったのは私を拒絶する言葉じゃない。もちろん、面と向かって言われると突き刺さるものがあるが、それより何より、山中くんが知りたいと思う気持ちを捨ててしまう発言には耐えられない。

 抑えようとした涙が感情の昂りとともに込み上げる。


「私に訊いた『優しさってなんなのか』、『好きになるのはどんな気持ちなのか』、『俺は成瀬が好きなのか』その気持ちを失くそうとしちゃだめ!」


 込み上げた涙は雫となって零れ落ちた。もう泣かないって約束したのに、これじゃあハンカチ返せないよ。

 山中くんが目を閉じ、側頭部の辺りを手で軽く押さえている。


「山中くん、さっきの問いの答えよ。あなたは心のない化物なんかじゃない。あなたの心は純粋で真っ白なだけ。正しく、導いてあげなきゃいけないの。その為には、山中くん自身も心を育んでいかないといけない。ゆっくりでも、少しずつしか進めなくても、決して諦めないで」


 涙に揺れる視界の中、山中くんは瞑想に耽っているかのように、静かに目を閉じている。


「私が、あなたの心を導きます」

「その涙は」

「え?」

「その涙は傷付いた成瀬の心が流させているのか?」


 薄っすらとその切れ長で品のある目を開ける山中くん。


「俺と話した時、前にも泣いていた。そして今も。俺が成瀬を傷付けたから、泣いているのか?」


 それは初めて見る山中くんの表情の変化だったかもしれない。憂いている……そんな表情。


 山中くんが気にしていること……。私を遠ざけようとする理由が、わかった気がする。


 きっと山中くんは、自分の発言のせいで私が傷付き、泣くことを何より嫌悪しているんだ。

 だから、本当はたくさん知りたいし感じたい気持ちもあるのに、それを殺して私を遠ざけようとした。


 他人に共感しないし、求めないから嘘をつく必要がない彼だったが嘘をついた。自らを異常者と決め付け、そんな自分と共感する必要はない、と。

 

 だけどそれは私を傷付けたくないから出た優しい嘘。

 私は涙を拭って、少しだけ笑ってみせた。


「山中くんの言っていることが全て本当なら傷付いちゃうかも。だけど、山中くんが今言ったことは嘘だよって、冗談だよって言うなら、これは笑い涙に変わるわ」


 憂いを帯びた探るような視線が私を見据えていたが、やや間を置き、ため息を吐くと再び私に背を向け「嘘をつくのもサイコパスの特長だ」と言った。


 癖のある遠回しな言い方だけど、山中くんの言葉が嘘であると否定してくれた。まだ私を遠ざけようとしてる点には不満だったが、その困った末に整合性を保とうするかのような一言に思わず笑ってしまい、つい意地悪心が芽生えてしまう。でもこれは、嘘をつかれて泣かされたその仕返しだから。


「だったら繕う嘘をつけないのはおかしいよ。自分を魅力的に見せる嘘をつくのも得意なはずでしょう?」


 私の意地悪な返しには何も言わずに、リビングからバスルームや玄関へ続くドアを開けて出ていく。

 ちょっと意地悪だったかな? と少し後ろめたさを覚えた時、ガサッと背後にあるキッチンの方から生き物の動く気配がした。

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