求めて
山室に連絡を入れ、女性用のバスローブを用意するように伝える。取りに行くつもりだったのだが、あの面倒臭がりが妙に迅速な行動を起こし、すぐに部屋までそれを届けに来た。
成瀬用のバスローブを受け取った後、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをソファに腰掛け飲んでいた時だった。
バスルームから大きな物音がした。
容器を取り落とした位の音ではなく、それこそ容器の乗る棚をなぎ倒したような音だった。
俺は洗面所の扉を開け、様子を伺った。
「成瀬?」
返事はない。シャワーが出しっぱなしになっているが、どうも様子がおかしい。
磨りガラスになっているバスルームの扉を注意深く見ると、人影らしき肌色の塊は床に横たわっているのがわかる。
扉を開ける。
シャワーから放水される音が鮮明になり、そこには横倒れになっている成瀬の姿があった。
シャワーを止め、仰向けに寝かせバスタオルを枕代わりにして、軌道を確保する。
様態は落ち着いているようだが、意識はなかった。
外傷は特に見られない。恐らくは緊張が解かれた矢先に先刻の恐怖を覚え、その過度なストレスが原因で呼吸器に異常をきたしたのだろう。
横たわる軽いその身体を抱き上げ、寝室のベッドへ向かう。裸のままだが、ローブを着せることもできないので部屋の室温を暖かめに保ち、布団を掛けて安静にさせる。
静かな寝息をたてる成瀬の顔をまじまじと見つめた。
年齢相応のやや幼さを残した顔立ちで、決して気が強そうなタイプには見えない。だがその実、しっかりとした芯を持っていて成瀬は強い女性だというのが俺の認識だった。
それでも今日のような出来事があれば、成瀬は為す術なく危険を振り払う事はできない。俺が知る強さとはまったく異なる強さを持つ女性、それが成瀬という女の子。
陳腐な言葉で例えるならば、成瀬の強さとは心の強さというものなのかもしれない。
強さ……この言葉を置き換えるなら多感さだろうか? 少なくとも俺にはなく、成瀬は俺と対極に位置するような人間だと思う。
穏やかな成瀬の寝顔を見つめていると、その顔に引き込まれるような錯覚を起こす。
いや、錯覚ではない。
成瀬のことをもっと知れれば、成瀬を感じることができれば、俺のこの空虚な心も芽吹くのではないか。
成瀬……もっと教えてくれ。俺に、もっと……。
俺の潜在的な何かが、成瀬を求めている。
成瀬の顔が間近に迫り、その呼気が俺の顔を扇ぐ。薄っすらと開けられたその唇に、俺の唇が重なろうとした。
「んっ……」
成瀬が身じろぎ、俺はハッとして顔を上げた。起きたわけではなさそうだ。
身を起こしてしばらく様子を見ていると、寝息が再び安らかなリズムに戻る。
胸には生温い蟠りがつかえているようだったが、俺にはそれをそれ以上に表現することができない。
急な様態の変化には気付かねばならないだろう。デスクテーブル用のアーロンチェアに腰掛け、俺は本を開いた。




