刻まれた恐怖
マンションに到着すると、まず真っ先に管理人の山室さんが出迎えてくれた。
私達三人の来訪はかなり意外だったらしく、何事かと左京さんに訪ねていたが、左京さんは厳しい眼差しで山室さんを睨みながら事を伝えた。
山室さんは酷く驚いた様子で話を聞き、聞き終えるといつもの飄々とした雰囲気はなりを潜め、沈痛な面持ちで私に対して頭を下げた。
「成瀬ちゃん、すまない。油断した俺のせいだ。怖い思いをさせて本当にすまなかった!」
「お前に任せた私が甘かった。その事も踏まえて私にも責任がある。成瀬さん本当に申し訳ありませんでした」
山室さんと左京さんが二人揃って深々と頭を下げる。私は慌てた。そもそも二人には何の落ち度もない。全ては私の甘さが招いた結果だ。
「お願いします。二人ともやめてください。私は大丈夫でしたし、お二人には何の落ち度もありません」
それでも頭を上げようとしない二人。私は山中くんからも何とか言って、という気持ちを込めて目配せする。
「成瀬もこう言っているんだ。いい加減に顔を上げろ」
意を汲んでくれた山中くんのおかげでようやく二人は顔を上げる。
「行くぞ」
「本当にもう大丈夫ですから、心配しないでくださいね」
努めて明るく振る舞い、少しでも二人の罪悪感を消してあげたかった。すると、ようやく控え目ながら笑顔を見せてくれた二人に手を振り、私は山中くんの後をついて行った。
「シャワールームはそこだ。洗濯機だけじゃなく、自由に使って構わない」
白を基調にした清潔感漂う広々とした山中くんの自宅。収納の行き届いた綺麗な玄関のすぐ横の扉がシャワールームだという。
「ありがとう。でも、えっと」
着替えがない。洗濯するにもシャワーを浴びるにも着替えがなくてはできない。
しどろもどろまごついている私に、山中くんは奥のリビングに向かいながら。
「着替えは用意しておく」
と言ってくれた。
「あ、ありがとう」
「あんな目に遭った後だ。ゆっくりするといい」
そう気遣ってくれて、リビングに続くドアが閉められた。
山中くん、なんだか少し変わったかも。失礼だけど、気遣いが自然にできてる気がする。
山中くんの変化を感じながら、私は汚れた制服を脱いだ。
温かいシャワーを浴びていると、身も心も解れるような安心感に満たされる。そうなると思考も巡るようになり、色々な疑問が次々と押し寄せる。
山中くんはいつ帰ってきていたのだろう。どこに行っていたのだろう。なんで私があそこにいるとわかったんだろう。もし、山中くんが来てくれなかったら、私はどうなっていたんだろう……?
ーードクン。
私は自分の身に起こったかもしれない恐怖を想像し背筋を震わせた。
もし、あの場所に山中くんが来てくれなかったら……きっと私は、今頃……。
一度想像したら悪寒は止まらなかった。
え? な、何? 呼吸が。
突然息苦しさを感じたかと思えば、呼吸が上手くできない。
落ち着いて、落ち着いて。
自分で言い聞かせるが、荒くなった呼吸はなかなか元に戻らず、思うようにいかない。
もしかして、過呼吸!? ど、どうしよう。
胸を押さえて、必死に心拍を戻そうと努力するが、息苦しさは増すばかりだった。
呼吸困難のせいで頭はパニックになり、死の恐怖が押し寄せる。
手足に痺れを覚えたかと思うと、途端に視界が狭まり私の意識は暗闇に引きずり込まれた。




