凄惨
暴力的な描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
会いたかった人が目の前にいる現実に目頭が熱くなる。
どこにいるのかもわからなかった愛しい人が目の前にいる奇跡は、幻を見ているのではとすら思えた。
「なんだお前?」
三人が山中くんを取り囲み威圧的な態度に出る。山中くんは微動だにせず、その静かな瞳は私に向けられているようだった。
「もしかして彼氏かなんかか?」
今にも山中くんに手を上げそうな三人を見て、私は一気に不安を募らせた。
たとえ自分が無事では済まないとしても、こんな危険な所に山中くんを呼び寄せてしまい、とんでもない事をしてしまったと感じた矢先。
「だとしても知るかよ。先にボコして、ぐっ!?」
突然一人が倒れ込む。
「うっ、かっ、はっ、はっ」
身体をくの字に曲げて、痙攣しながら苦しむその様子は尋常ではなかった。
私には何が起きたのか全くわからなかったが、それは取り巻く二人も同じだったようで、その異常に苦しむ様子に唖然としていた。それでも二人は山中くんが何かをしたのは見たのか、慄くように後退る。
山中くんも残り二人は意に介さずこちらに歩みを進める。人形のように整い過ぎた顔の中で、静かなその瞳が今度は『りゅう』と呼ばれた人物に向けられている。
「なんだ、てめぇその目は? やろうってのか?」
真っ直ぐに向けられる視線に苛立つ男が、身体を山中くんに向けた。身長こそ山中くんも同じくらいに高いが、筋肉質な男と細身な山中くんとでは、その体格はまるで違う。
でも、山中くんの歩みは止まらない。手を出せば届きそうな距離にまで歩み寄り、そこでようやく足を止めた。
どうすべきかわからない私は、動く事も何かを言うこともできない。
「左京にはもう連絡は入れてある。すぐに来るだろう」
横でへたり込む私に視線を向け、山中くんは私にそう告げた。
心に幾許か安堵の気持ちが湧くのを感じたが、「おらぁっ!」という叫び声と、山中くんがタックルを受け、押し倒される光景がその気持ちを一気に塗り潰した。
「山中くん!」
「うっ!? がはぁっ! あっ、あっ!」
不明瞭な叫び声を上げたのは襲い掛かったはずの男の方だった。その呻き声は、ただ痛いというだけでは到底足りないような凄惨なもので、やはり私には何が起きているのかわからない。
ただ、覆い被さっている男の方が離れたいというようにもがいているように見える。
ガッ!
と、鈍い音が響く。
山中くんが下から男の顔に頭突きをしたのだ。更に、お腹の辺りを蹴り上げ男が仰向けに倒される。
初めて目の当たりにする殴り合いの喧嘩に、凄く恐い気持ちで一杯なのに、目だけは釘付けになったように離せなかった。
猫のように俊敏で靭やかな動きで山中くんが起き上がると、鼻の辺りを押さえて悶絶している男の喉を踏みつけた!
暗がりでよく見えなかったが、液体が溢れるようなビシャっという音が辺りに生々しく響いた。
尚も男を冷徹に見下す山中くんに薄ら寒さを感じた私は咄嗟に。
「山中くん! 待って!」
と叫んでいた。
ピタリと動きを止めた山中くんが私に振り返り「やめた方がいいのか?」と問い、続けて。
「こいつは成瀬に一生癒えない傷を負わせようとした。同じ事を繰り返させない為にも、一生癒えない傷を負わせておいた方がいいんじゃないか?」
どこまでも感情の起伏を感じさせない、山中くんの凍てつくような言葉。山中くんからは私を助ける気持ちも、私の為に怒っている様子も見られない。
だけど、山中くんは自分の身を危険に晒すような場所に、息を切らせながらやってきてくれた。私は、山中くんの事をその言葉と印象だけで誤解してはいけないと心に誓ったのだ。
「駄目よ。もうその人、動けないわ。それ以上は……」
咳き込みながらぐったりしている男を山中くんは一瞥する。
「竜さん! 大丈夫っすか!?」
「うっ、酷え。このサイコ野郎が!」
無事だった二人は駆け寄ると、自力では歩けそうもない男の両脇を抱えた。ぐったりと力無く項垂れている男を連れて逃げるように去っていき、なんとか動けるようになったと見えるもう一人もその後を追った。
四人が見えなくなると、入れ違いに一台の黒塗りの車がこの工場跡地に入ってくる。見覚えのあるその車から降りてきたのは左京さんだった。左京さんは四人が去っていった方向を怪しむように見つめながら、心配そうに訊ねた。
「今の四人は……息吹さま、成瀬さんもお怪我はありませんか?」
「俺は問題ない」
「あ、私も……」
「成瀬があいつらに襲われていた。怪我をしているかもしれない」
大丈夫です。と言おうとしたが、山中くんが被せるように言葉を重ねる。
左京さんは目を見開いたかと思うと、申し訳なさそうな表情を顔いっぱいに広げ深々と私に頭を下げた。
「申し訳ありません。もとはと言えば私の頼みごとを果たそうとしてのこと。成瀬さんを危険に晒してしまったこと、なんとお詫びしてよいか」
「頼みごとだと?」
怪訝そうに山中くんが首を傾げたが、私は慌てて追求を遮った。
「あ、左京さんやめてください! 私が迂闊だったんです。だから顔を上げてください」
左京さんは顔を上げてくれたが、それでも目は伏せていた。私のせいなのに、左京さんにも山中くんにも申し訳ない気持ちで一杯になる。
「左京、とりあえず俺と成瀬を家に送ってくれ」
「はい……かしこまりました。さあ成瀬さん、どうぞこちらへ」
車の後部座席のドアを開けて、乗るよう促してくれる左京さん。お礼を述べ乗り込もうとしたが、その時に私のスカートが酷く汚れていることに気が付いた。
押し倒された時に泥濘んだ草の上に尻餅をついたからだろう。
「すみません。スカート、汚れているから、ちょっと……」
「だからだ。そのままで成瀬の家に帰れないだろう。俺の家で洗濯していくといい」
「えっ?」
それは山中くんからの、恐らくは私の両親を心配させない為の気遣いだった。
思わず私は驚いてしまったが、私以上に左京さんは驚いたようだった。しかしすぐにいつもの畏まった表情に戻り。
「では、向かいましょう」
私達は山中くんの家へ向かった。




