危険
いつもとは違う厳しい口調で山室さんは今日はもう帰るように私に促した。
私はいつものようにやんわりと受け流し、その場に留まるつもりだったが、今日の山室さんは頑なに引くことはせず、渋々ながら私はソファから立ち上がり、室温で温くなっているドアノブを握る。
「成瀬ちゃん」
振り返ると眉間に皺を寄せた険しい表情で、山室さんは言った。
「もうさ、ここに通うのは止めて、学校に山中さんが来るのを待ちなよ」
それだけを言うと山室さんはさっさと私に背を向けた。その背中からは問い掛けを拒否している雰囲気が漂っていて、私の言葉を押し留める。
突き放すような態度を取る山室さんに違和感を覚えつつ、私は一言失礼しますとだけ告げマンションを後にした。
今日も山中くんは帰ってこなかった。
落胆のため息を吐き、家路への道を歩いていると、何だか山中くんとはもう話す事ができないんじゃないかと不安が募ってくる。
帰ってこないということが、それが彼の意思表示なんじゃないかと思えるのだ。
私と話したくない、話すことはないと。
私は小さく頭を振る。
いや、考え過ぎだ。それに自惚れすぎだ。
山中くんが私を理由に帰ってこないだなんて、それは悲しいことだが、そもそも彼の中で私がそんなに大きな存在であるはずがない。
前方からけたたましいバイクの音が聞こえ、私は無意識に道路の端による。
そうだよ。変に考えすぎることはない。山室さんはああ言ったけど、行くのは私の自由だ。仮に管理人室に入れてくれなくたって、待つことは外でだってできる。
それに、勘でしかないけど山中くんはもうすぐ帰ってくる気がする。
周囲の風景は一切視界に入れず、ぼーっと思考に耽りながら道路の白線だけを眺めていると、突然タイヤが視界に入った。
ハッとなり歩みを止め顔を上げると、すぐ目の前にバイクに跨り行く手を阻む不良っぽい人。
さらに横と後ろにもバイクをピタリと寄せられ、私はその場から動くことができなくなってしまった。
乗り手を見ると、強面の男の人たちが、にやにやと笑いながら私を眺めている。
「お姉さんさ」
私の横にピタリとバイクを付けた人が不敵な笑みを浮かべた。なんだか粘つくようなその呼び掛けに、背中を毛虫が這う様なゾワッとした感覚が走る。
「一人でどこ行くの? 俺達さ、これからカラオケでも行こうかなぁって思ってるんだけど一緒に行かない?」
「え? あ、いや、私これから帰るところで」
「いいじゃん。まだ五時くらいだし、十時くらいまでには帰すからさ」
「……困ります」
私は体を固く強張らせ俯いていた。突然の出来事にどうしていいかわからず、ただただ恐怖に足が竦む。
「困らせないから大丈夫ぅ。一緒に遊ぼうよぉ、お姉ぇさぁん」
戯けたような、甘えたような口調で前に立ち塞がる人が口を尖らせる。
恐い。
何なのこの人たちは? どうしよう。どうすれば帰してもらえるの?
こんな危機に直面するとは考えたこともない私は、今何をすべきか全くわからない。
ただじっと体を固めて、梃子でも動かないようにしようとするばかり。
「おい」
背後からの呼び掛けに、私は藁にも縋る思いで振り返る。そこに立っていた意外な人物に私は目を見開いた。




