相容れない心
久し振りに帰って来て見れば、山室から早速聞かされたのは成瀬が待っているということだった。
成瀬……その名前を聞いて思い浮かべる顔は、泣いているものだった。
恐怖と不信感、怒りと悲しみがない混ぜになったあの瞳が、俺の脳裏から離れない。
ひんやりとした空間に階段を登る足音が反響する。
会いたくない。
成瀬を傷つけるのがわかっているから会いたくない。
どうやら俺は成瀬とは相容れない人間らしい。成瀬の豊かな感性に、俺は全くついていけず共感することができない。
成瀬と話をしたいと思わないわけではない。いや、話すのも悪くないと思う。だが、そうすることで俺はまた成瀬を傷つける。
成瀬と話をして胸に抱いたあの微かな熱。あの正体が何なのか。
成瀬の言っていた『好き』と、重なる部分があるように思ったのだが、成瀬はそれは違うかもと言った。
成瀬が言うのだから間違いはないだろう。だが、だとしたら一体何なのか? 謎は謎のまま残っている。
この謎を解くには、やはり成瀬と話す事が一番の近道な気もするが……いや、考えるのも止めよう。
久し振りの部屋は、酷く静かで居心地のいい空間だった。
しかしそれも束の間、国道を走るバイクがけたたましい空吹かしを清閑な住宅街に響かせる。
静かな部屋に轟音が不協和音となり俺の神経を逆撫でする。
靄がかかるように頭の中に熱が籠もる。
何だ? この感覚は。無性に何かを壊したくて仕方がない。
迷惑な騒音はやがて住宅街に入ってきたのか、そう遠くない場所で数台のバイクの空吹かしが聞くに耐えない雑音を奏でる。
俺の頭の中を増幅した騒音が暴れ回る。
俺は不意にハッとした。
妙な胸騒ぎに導かれるまま、俺は部屋を飛び出した。




