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『心の温もり』~約束の藤色のハンカチ~  作者: 風花 香


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すれ違う想い 

挿絵(By みてみん)





 明日香(あすか)と親友でいる為のケジメを着けた私は、次にやるべきことを決めていた。


 左京(さきょう)さんから山中(やまなか)くんの話を聞いて数日、私は山中くんのマンションに学校が終わる度通い続けた。

 あの日以来、山中くんは学校にすら姿を現さない。それどころか、マンションの管理人である山室(やまむろ)さんの話では、私が初めてこのマンションに訪れた日から一度も帰ってきた様子はないという。


 今日また、マンションに到着するやエントランス脇にある管理人室の小窓をノックする。カラカラと音を立てて開いたそこから、山室さんが浮かない顔を覗かせた。


「いらっしゃい成瀬(なるせ)ちゃん、残念だけど、今日もまだ帰ってきてないんだよね」

「そうですか……」

「また、中で待つかい?」

「すみません、お願いします」


 山室さんは管理人室のドアを開け、私を中に招いてくれる。最初こそ遠慮していた私だったが、今ではすっかりお言葉に甘えて暖房が効いて暖かなその個室にお世話になっていた。

 温かいお茶が目の前のテーブルに置かれる。


「いただきます」


 私の向かいに座った山室さんはお茶を啜ると、私の方を見ないで訊ねてきた。


「成瀬ちゃんは、山中さんと会って何の話がしたいんだい?」

「話というか……もう一度、山中くんと真摯に向き合いたいんです」


 山室さんがお茶を啜る音が室内に響く。

 両手で差し抱くようにして包むお茶碗が冷えた手を暖める。


「私は、山中くんのことを理解していないくせに、山中くんに対して酷い感情を抱いてしまいました。でも、それは間違いなんです。だから」

「キチンと腹を割って話をしたいってことなんだな?」


 あとを引き継ぐ形で山室さんが言い、そして笑い顔を浮かべた。


「羨ましいねぇ、若いってのは。青春だよなぁ。おじさんには眩しすぎる」

「そんな、茶化さないでください」

「おぉ、すまんすまん。悪かったよ」


 少しむくれた私に山室さんが慌てて謝る。


「しかし、山中さんはいつ帰ってくるかわかんねえなぁ。今日も暗くなる前に帰らなきゃ駄目だよ? 最近物騒だし、夜にはよくない連中も徘徊してるから」

「はい。でも何だか、今日は帰ってくる気がします」

「成瀬ちゃんはエスパーかい? まぁいいや、とにかく遅くならないようにね。ちょっと見回りしてくるから」


 山室さんが部屋を出ていったのを確認し、私は椅子の背もたれによし掛かり無機質な白い天井を見上げた。

 もたれ掛かった際に軋んだバネの音が鳴る。


 山中くん、今あなたはどこにいるの? そして何を考えているの? 私とのやり取りがあった次の日に姿をくらませたということは、あの会話の中に思うことがあったからじゃないの? それとも、山中くんはもうそんな事もどうでもよくなっちゃってるのかな。


 山中くん……帰ってきて。もう一度、私とちゃんと話そう。今なら、ちゃんと向き合えるから。だから……。









 マンション内の見回りを終え、表に出た俺は大きく伸びをした。


 成瀬ちゃんには暗くなる前に帰るよう促したが、あの様子じゃまだ暫くは粘るつもりのようだ。

 腕時計に目を落とせば既に四時半。辺りは早くも暗がりになりつつある。


 俺は頭をがしがしと掻いた。弱ったなぁとため息も吐く。


 堅物左京(さきょう)にも成瀬ちゃんが安全に帰れる時間帯に帰すように言われているし、遅くなれば心配なのは事実。だけど、もう何度も訪れている成瀬ちゃんを見てわかったことだが、あの子は見かけによらず相当頑固だ。

 現に今までだってすんなり帰ったことなどない。


 それでも口うるさく帰るよう言って聞かせるしかないか、と諦めかけたその時。道路の向こうから長身の男がこちらに歩いて来るのを見留めた。


 間違いないと判断すると思わず俺の方から駆け寄る。


「息吹さん! おかえり!」

「山室、どうした? わざわざ出迎えなど」


 どうしたって? こっちはあんたの帰りを今か今かと待ってたってのに、相変わらずの冷めっぷりだな、おい。

 心の中でついた悪態は一切表に出さずに、あくまで愛想よく振る舞い続けた。


「息吹さんにお客さんが来てるんだよ。もう、かれこれ一週間以上ずっと。息吹さんと話がしたいみたいで管理人室にいるからちょっと来てくださいよ」

「成瀬か?」


 変わらぬ表情で訊ねる息吹さん。


「え?」

「成瀬が来ているのか?」

「そうそう! 成瀬さんが来てるんです。さあ、早く会ってあげてください」

「非常口を開けろ。そこから入る」


 自分の貼り付けていた笑顔が剥がれるのを感じた。


「え? えーと、それはつまり、成瀬さんに会わないってことですか?」

「ああ、鍵を渡せ。それから、今すぐに成瀬を帰らせろ」

「ちょいと待ってくださいよ。成瀬ちゃんはずっと息吹さんと話をする為に待ってたんですよ? それに今日帰らせたところで、どうせまた明日来ちまう!」


 相手が社長の息子なのはわかっていても、あんなに純心な女の子を無下にする目の前の人物に素の言葉遣いが出る。


「また来る理由は俺が帰ってきていなかったからだろう? 帰ってきたと伝えればいい。だが、話をすることはないと伝えて構わない」


 息吹さんは俺の腰部分で束になっている鍵を無造作に掴むと、非常口用の鍵を取り踵を返した。

 

「息吹さん! なんだって成瀬ちゃんに会ってあげないんですか!? あの子は息吹さんとどうしても話したいことがあるんですよ!」


 真意を図りかねて思わず叫ぶ。

 ぴたりと足を止め、首を少しだけ振り向かせた息吹さん。何かを言おうとした様子だったが、結局何も言う事なく非常口の鉄扉の奥へと消えていってしまった。

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