親友である為に
「明日香大事な話があるの」
いつもの通学路。先日明日香に同じ台詞を以って呼び止められた、お地蔵様が優しく佇む田んぼの畦道で、私は切り出した。
足を止めた私に向き合って小首を傾げる明日香は、大きくて綺麗な黒い瞳をまん丸に見開いている。
「どうしたの? そんなに改まって」
立場が逆になっただけで、ここまではこの間と同じやり取り。しかし、ここからは違う。
山中くんがくれた覚悟を胸に、私は明日香の瞳を真っ直ぐ見据える。何か雰囲気を感じたのか、きょとんと見開かれていた明日香の瞳がすっと細まるのを見た。
「この間、明日香は勇気を振り絞って私に告げてくれたね。片桐くんと付き合ってることを」
明日香は静かに顎を引いた。口元を結び、普段の明朗な表情はそこにはない。
「それでね、私、あの時明日香に言えなかったことがあるの。あの時は言わないでいた方が良いと思ったんだけど、それは明日香に嘘をついてるのと一緒で、明日香に対してとても不誠実だと気付いたんだ」
もう、明日香も察しているかもしれない。覚悟を決めていたはずなのに胸がドキドキする。これは、恐怖心や不安からくるものだ。
だけど、言わなければいけない。
息を吸い込み、明日香の目をしっかり見つめ、口を開く。
「私も、片桐くんのことが好きだったの」
明日香の表情は変わらない。やはり、凛々しくて美人な明日香が真剣な顔をすると美しい反面で怖い。
胸の動悸は収まらず、何も言わない明日香からの言葉を待つが、緊張と不安からつい目線を逸らす。
明日香が近付いてきた。すぐ目の前にローファーを履いた明日香の足が見える。
しかし、不意にその視界が遮られた。遮ったのは、私の顔を覗き込む明日香の顔だった。
「知ってた」と、明日香は言った。
「え?」
「ふふ、当たり前でしょ? 詩織だって言ってたじゃん。私が片桐くんのこと好きだって気付いてたって。私だって気付いてたよ。何年親友やってると思ってるの?」
明日香は空を見上げ、ふうっ、と息を吐いた。
「だから、あの時は本当に怖かった。私は詩織の気持ちを知りつつ、とても残酷なことを告げたんだから。もしかしたら、もう友達じゃいられないんじゃないかって。その程度の友達でしかいられないんじゃないかって不安だった。だけどね」
私達の視線が交錯する。
「私は詩織を信じたわ。私が言うと都合良く聞こえるけど、詩織と私の友情を信じた。そして、今日やっぱり詩織は一番の親友だって思った」
「私も、明日香を信じたわ。告げてしまえば、どこか気まずい関係になってしまうんじゃないかって、怖かった。だけど、明日香は私にとって一番の親友だから」
明日香の笑顔が弾ける。
「あの時の言葉は嘘じゃないわ。私は明日香が幸せなら本当に嬉しい。私は明日香の親友で明日香の幸せを願ってる」
弾ける笑顔から一雫の涙が頬を伝った。
「泣かせるね! さすが知的クール感動系担当だよ詩織は。里奈にはないものばっかり持ってる!」
「ふふ、なにそれ。里奈が聞いたら怒るよ?」
私も笑った。
なんだ。結局あの時と同じ会話じゃないか。勇気を振り絞る番が変わっただけで、お互いがお互いを理解していたんだ。
明日香越しに見える、西に傾く太陽が染めた空はとても綺麗だった。
この空の美しさに気がつく余裕もなかったんだなと、今更ながらに思う。
「でもさ、詩織」
私を見て訳知り顔のように微笑む明日香。
「今は他に好きな人がいるんじゃない?」
その言葉に脳裏に浮かぶのは、何時だって涼しい顔をしている男の子。
私の悩みに真摯に向き合ってくれる男の子。
私の言葉を素直に受け入れてしまう男の子。
私に、俺はお前が好きなんじゃないか? と訊いた男の子。
「うん。流石だね、明日香」
親友の優しい微笑みに私の笑顔も弾け、それを見つめる地蔵様も、柔和に微笑んでいるようだった。