左京さんの質問
さきょうさんの車に連れられてやってきたのは、この町にあるたった一件のケーキ屋さん。
先日に里奈と明日香の三人で訪れたオープンして間もないこの店は、お洒落な内装が施された店内で買ったばかりのケーキを楽しむことができる。
お店の外にまで漂う甘い香りを嗅げば、道行く人は店内に誘われ、中へ入ればそれはもう脳を痺れさせるほどの至福に包まれる。
大袈裟に聞こえるかもしれないが、それくらいこの町には革新的なケーキ屋なのだ。明日香は「ハラジュクみたいじゃん! ハラジュク!」などとはしゃいでいた。
原宿なんて行ったことないくせに、と里奈にツッコまれていたっけ。
「いらっしゃいませー。お持ち帰りですか?」
「いや店内で……あちらの窓際の席は空いていますかな?」
「かしこまりました。ご案内致します」
窓際の二人掛けの席に案内されると、さきょうさんに促され腰掛ける。店内はやはり賑わいを見せており、ここはたまたま空席だったようだ。
「少し賑わっていた方がいいでしょう。どうぞ、お好きなのをお頼みください」
「あっ、いえ。私は」
遠慮する私にさきょうさんは目を丸くした。私に差し出していたメニュー表を自ら眺め口元をにっ、と歪めた。
「では成瀬さんのオススメをお訊きしてもよろしいですか? 私のようなおじさんはこういうお店に疎いもので」
困り顔でメニュー表をペラペラと捲り、私に視線を投げ掛ける。
「そ、そうですね。私もまだ一回しか来たことないですけど、『旬の果物と苺ショート』は美味しかったです。あとは友達が『かぼちゃと和栗のモンブラン』が美味しいって言ってました」
「なるほど。あ、すみません注文をよろしいですか? こちらのケーキとこちらのケーキを一つずつ。あと飲み物はブラックコーヒーを一つとホットミルクティーを一つ。以上でお願いします」
さきょうさんの注文から少ししてテーブルに運ばれてきたのは、先程私が勧めたケーキ。
「おや? ずいぶん大きいのですね。成瀬さん、よろしければお一つどうぞ。飲み物は、私の勝手なイメージでミルクティーにしてしまいましたが、お好きですか?」
「あ、はい。好きです。……えっと、じゃあ、さきょうさんが選ばない方を……」
するとさきょうさんは柔らかい笑みを浮かべ、ショートケーキの方を手元に寄せ、モンブランの乗ったお皿を私の前に運んでくれた。
「ありがとうございます」
「おっと、そうだ」
さきょうさんは声を上げると、パリッとしたスーツの内側から一枚の紙を取り出し、私にそっと差し出す。
「私、山中商事に勤めております左京丈一郎と申します」
差し出された紙、名刺を受け取り目を通す。
山中商事……。山中くんの名字と同じ会社の名前だけど、やっぱり山中くんは会社社長の跡取りなのだろうか? しかしそれより。
「私なんかにご丁寧にありがとうございます。私は成瀬詩織っていいます。山中くんのクラスメートで、今日はその山中くんの事でお訊きしたいことがあって……」
「ええ、承知しております。ただ、大変申し訳ないのですが、先に私の方から幾つかお尋ねしてもよろしいですか?」
「はい。私に答えられるかわからないですけど」
「ありがとうございます」
私に対して目元を伏せた左京さんは、白い湯気の立ち昇るコーヒーを一口啜った。置く際にカチャッと小さな音が鳴る。
「成瀬さん、学校は楽しいですか?」
「はい、楽しいです」
「友達も多い?」
「そうですね、女友達はそれなりに」
「それは何より。成瀬さんは人との交流にお困りになられることはないでしょう」
「なんで、ですか?」
「成瀬さんからは人柄の良さが滲み出ていますから」
「そんなこと……ないです」
いただきますと告げミルクティーを一口啜った。心地良い香りが鼻から抜け、暖かで甘い液体が喉をゆるゆると下っていく。
「息吹さまとは、仲がよろしいのですか?」
「……わかりません。仲が良いと言えるかどうかは……。でも、特別な人だとは思っています」
「差し障りなければ、息吹さまとお友達になられた経緯を教えていただけませんか?」
「友達……かどうかもわかりません」
左京さんはコーヒーを啜りながら目を丸くした。
「すみません。電話では友達と言いましたが、正直わからないんです。私は友達になれたと思っていました。けれど、山中くんは違うのかもしれない」
「けれど、成瀬さんと息吹さまがお話になられる機会があり、友達になれたかもしれない。そう思える切っ掛けはあったということですよね?」
「……はい」
私は初めて山中くんと話をしたあの日を、夜の教室でのことを語った。