山中くんを知る人
山中くんの住むマンションからの帰り道、私は公園のベンチに腰掛けると、マンションの管理人、山室さんから貰った電話番号に早速電話をかけた。
知らない人に突然電話をかけることに抵抗が無かったわけではないが、それよりも山中くんに縁のある人と話をしてみたい気持ちが勝ったのだ。
呼び出し音は何の変哲もない通常のコール音。三度目のコールが鳴り終わる時に電話の向こうから『もしもし』という声が聞こえた。
「あ、あの山室さんという方からお聞きして、突然お電話差し上げたのですけど……」
緊張している為、少し早口になってそう告げる。
『山室……。失礼ですが、お嬢さんはどなたですかな?』
「あ、すみません。私は……山中くんの同級生で、成瀬といいます」
『成瀬さんですね。重ね重ね失礼ですが、成瀬さんは息吹さまとはお友達でいらっしゃいますか?』
電話の向こうから聞こえる声は物腰柔らかな紳士風のおじさんというイメージだ。下の名前で呼ぶ辺り親しさが窺えるが、敬称に『さま』を付ける不自然さに違和感を覚える。
「はい、私は山中くんの友達です」
やや間が空き。
『そうですか。大変失礼を致しました。私は左京と申すものです』
先程までより更に柔和な声色のその人は、さきょうと名乗った。
この人は山中くんのなんなのだろう? 執事……とか? 山中くんは大きなお家の跡取りなのだろうか?
疑問は尽きず、むしろ次から次へと沸き出てくる。
「さきょうさん……。あの、実は山中くんのことで、少し聞きたいことがあって」
『ええ。成瀬さんは今お時間はありますか?』
「え? あ、はい。寧ろ、突然電話してしまって、さきょうさんの方が……」
『でしたら、お電話でというのも何なので、お迎えに上がらせて頂いてもよろしいでしょうか? 勿論、ご迷惑でなければですが』
「あ、私は全然、大丈夫です」
『ありがとうございます。でしたら、流石にご自宅にお迎えに行くのはご迷惑でしょうから、適当な場所を指定していただければそこに向かわせていただきます』
私が今いる場所をさきょうさんに伝えると、さきょうさんに『十分ほどお待ちください』と告げられ電話は切れた。
私はさきょうさんが到着するまでの間、公園のベンチに座りながら、寂れた風景を眺めつつ思考に耽る。
山中くんの無表情で無感情な様子は今になって思えば、好きを知らないだとか感情の表現が苦手というだけでは説明がつかないものだ。だけど、山中くんは無感情に見えるけど無関心ではない。少なくとも私に『好き』を聞き、山中くんの感じた違和感を『これが好きなのか』と聞いた。
何より、私が言うことに対して山中くんはあまりに素直に吸収しようとしている。
山中くんは感情の起伏や表現が乏しいかもしれないが、決して心がないわけではない。それはたったの数回話しただけではあるが、私にはしっかりと伝わってきている。
だから、猫ちゃんを殺すと言った言葉も処分という表現も、それは山中くんの心が発した言葉とは思えない。
山中くんが心に抱える何かを、私は知りたい。
公園の前に黒塗りの車が一台ハザードランプを点灯させて止まった。車内からは車と同じ真っ黒なスーツを着た長身の男性が降りてきて、公園を見渡している。
その紳士風の男性の視線が私を捉え、私が軽くお辞儀をすると、目尻にくしゃっと皺の寄った優しげな笑みを浮かべ歩み寄ってきた。四十代くらいだろうか? 大人の余裕を感じさせる素敵な格好いい人という印象。
背筋がピンと張った立ち姿がとてもスマートだ。
「成瀬さんですね? 寒い中お待たせしてしまって申し訳ありません。さあ、こちらへどうぞ」と、車へエスコートしてくれた。
この人は、山中くんの抱える心の内を全て知っているのだろうか。