酔っぱらい
「お父さんもお母さんも二人だけで映画見に行くとかズルいよね!」
夕食後、ボク達三人を残して映画に行ってしまった両親を見送ってから、エリは不満気に言って、冷蔵庫からバナナオレを取り出し、二人分のグラスに注ぐ様子を、ボクは茶碗を洗いながら見ていた。
「あ、あの、私が洗いましょうか?」
可愛いアニメ声が、ボクのすぐ横から聞こえたので、視線を下にずらすと、メガネの奥から遠慮がちこちらを見上げる瞳と目が合い、持っていた皿を落としそうになってしまった。
かわいいーーーーー。
本当にかわいいし、何ていい子なんだ。
「だ、大丈夫だよ、て、テレビでも見てて」
「でも…」
「そうだよ、そんな事お兄ちゃんにやらせておけばいいんだから、こっちで座ってよう、ねぇ、心音、あっちで美味しいチョコ貰ったから一緒に食べよう」
心音ちゃんとは対称的で全く可愛くない妹のエリが彼女の手を取り、連れて行ってしまった。
洗剤に紛れて、またふわーっと彼女の香りが漂っていた。
彼女は本当に、黒崎愛音なのか?黒崎愛音は本当にコスプレイヤーなのか?
茶碗も洗い終わり、カーペットの上でファッション雑誌を広げている二人を横目に高鳴る胸を抑えてボクはソファーに腰掛けた。
「心音は顔ちっちゃいし、スタイルいいから何着ても似あうよね!めちゃ羨ましい…」
「そ、そんな事無いよ。私、コンプレックスの塊だもん」
「それイヤミにしか聞こえないんだけど…」
女子トークが繰り広げられている中で、ボクはスマホを手に取り、レイヤー特集を見ていた。
みんなすごいな。
クオリティ高過ぎだろう?
こんなんどうすればできるんだ?
ボクなんて目は一重だし、顔も大きいし、はっきり言ってイケメンと言う部類では無い。
そこに写っているレイヤーさん達は同じ男、同じ人間とは思えないほど美しかった。
加工しているのか?
それにしたってキレイ過ぎだろう?
「またお兄ちゃん、変なの見てるー!」
不意にエリに覗きこまれたので、慌ててサイトを閉じようとしたら、
「やっぱりコスプレは、はいこうへすよねー」
へ?
可愛いアニメ声と酔っぱらいが話すような口調が全く合っていなかった。
見上げると、潤んだ目を垂れ下げて顔を真っ赤にした、心音ちゃんがいた。
「心音?どうしたの?」
慌てたエリが彼女の肩に触れ、軽く揺らすと、心音ちゃんは、ひっくとしゃっくりをした。
「ふぇーーー。コスプレはいいおー、わたちもコスプレらいすきだおー」
「お前に、心音ちゃんに酒飲ましたのか?」
「そんな事する訳ないでしょ!でも、何で心音酔っぱってるの?……って、もしかして…?」
何かを思い出したように、はっとした顔でエリはテーブルに置いてあるチョコレートのパッケージを見た。
「このチョコ、アルコール入りだった…てか、こんな弱いアルコールで普通酔っぱらう?」
エリの言う事は最もだ。
こんな微量のアルコールでこんなに酔っぱらってしまうものなのか…?
しかし。目の前にいる心音ちゃんは明らかに酔っぱらいだ。
ふらふらとボクに息がかかるほど近付いてきた。
「お兄さん絶対レイヤー向きの顔ですよぉー、わたちといっちょにコスプレしまそー!」
大きな潤んだ瞳と甘い香りで思考能力が低下してしまう。
はひ?
やっぱり彼女があのレイヤーさんなのか?
ただ単に酔っぱらいのうわ言なのか?
だけど、今はそんな事よりも…。
うわー、やばい。
こんな風に酔っぱらっている彼女が可愛くて目が離せなかった。