悩み
グラスに残っていた最後の氷がプシュと小さな音を立てて溶け、水滴が静かにテーブルに落ちる。
セーラーブルーが僕が聞きたくても聞けずにいた事を何なりと口に出すものだから頭が真白になってしまった。
「メロディさんって声優の黒崎愛音ですよね?」
そんな僕の気持ちなんて分かる訳も無くセーラーブルーが改めて聞き直す。
それは聞いちゃいけない事では無いのか?
それは必死で心音ちゃんが隠している事では無いのか?
だが、僕の心配をよそに彼女は動じる事も無く笑顔を見せた。
「うん、そうだよ」
「やっぱりー。ネットでそんな噂流れてたけど、私も実際会うまでは信じてなかったんだよね、で、この間初めて会った時メロディちゃんの声を聞いて確信した。あー、本当に黒崎愛音だったんだって」
「そっかー、やっぱりばれちゃうよね、この声特徴ありすぎだもんね」
くすくすと笑って、『あー』とダミ声を出してみるものの、やはり元からのアニメ声は変わる事は無かった。
「ほら、頑張って違う声を出そうとしても結局こんな子供みたいな声になっちゃうの。私自分の声嫌いなんだよね…」
「え?何で?めちゃめちゃカワイイ声じゃん」
「どんなに真剣に話しても、『ふざけてるの?』とか言われたり、小さい頃はこの声のせいでいじめられたりした。国語の授業で音読ってあるじゃない?あれが一番好きで一番嫌いな授業だった。読み聞かせとかは好きなのに授業中にそれをやっちゃうとみんながクスクス笑う声が聞こえてくるの。ああ、やっぱり私の声って可笑しいんだって。だから、なるべく目立たないように生きてきた。なるべく声を出さないようにしてた。誰とも話したく無くて学校終わったらすぐに家に帰ってテレビにかじりついてる子だった」
彼女のこんなに辛辣な表情は見た事無かった。
意気消沈に語られる彼女の話しは理解するのには充分過ぎる重い物だった。
にも拘らず分かってしまう、彼女が忌み嫌う外野の気持ちも理解って(わか)しまう其ほど彼女の声はアニメの中で生きるのに相応しい人物だった。
「その時私を一番癒してくれたアニメが『セーラーピンク』だった。このアニメを見てる時だけ私はこのままの自分でいいんだ、 間違ってない、いつか私、セーラーピンクになりたい、それが彼女のコスをするきっかけであり声優と言う職業に興味が出たきっかけ、あー、何かすっきりした、こんな事誰にも話せなかったから」
そこで彼女は目の前に置いてあったチョコレートを口に放り込んだ。
誰も口を開けなかった。
何て言っていいのか分からなかったのだろう。
「ねぇー、コーラのおかわりないぃー?あとポテチのおかわりもあったらうれしいなぁー」
いや、KYな人間が一人いる事忘れていた。
和喰はポテチの袋の内側についていた小さなカスを指ですくいとり口に運んだ。




