取り越し苦労
ここ二日間ずっとずっと彼女に会いたくて彼女の事ばかり考えていたのに、いざ目の前に彼女が現れたら、話しかけるこも目を合わせる事すらできなくなる。
あれ?呼吸って吐いて吸うんだっけ?
どのぐらいの頻度で二酸化炭素を吐き出すんだっけ?
背汗が滲んでくるのを感じる。
「まさか本当にメロディさんが来てくれるなんて思ってもみなかったから、今テンションやばいです」
目を爛々と輝かせ膝を折り畳み座っているセーラーブルーの隣には、今度はスナック菓子を頬張っている和喰がいた。
「ボクゥも本当に嬉しくてまるで夢でも見てるみたいだよぉ」
そんな言葉を言ってはいても食べる手を一向に止めない和喰の心持ちが分からなかった。
僕なんて緊張しすぎて何も口に入らないのに。
色の薄くなったコーヒーが残り僅かになった氷の溶ける音で喉がカラカラだと言う事を思い出させたが、心音ちゃんのすぐ前にあるグラスに手を伸ばす事ができないでいた。
おかしいな、前に心音ちゃんに会った時はここまで緊張しなかったのに。
こんな状態の僕よりももっと緊張してる奴がいた。
もう既に空になっているグラスを口につけたままフワフワと空を見ていた高志だった。
「た、高志、お前が今日みんなを呼んだんだろう?」
「あ、ああ、そ、そうだよ、え、えっと、今日は非常に過ごしやすいお天気ですね」
僕が促したもんだから友達同士の会話では絶対言わないであろう言葉をカタコト口調で言ってきた。
普段の僕なら吹き出してしまっていたはずだが、僕も僕で自分の事で精一杯で笑う事も突っ込む事もできずにいた。
この言葉のせいで部屋の空気がぎこちなくなるのではないかと思われたが、それは僕の取り越し苦労だった。
「ぷっ。何それ!何かLINEで話すのと全然違うー」
クスクスと笑い出すセーラーブルーに続き心音ちゃんも笑い出した。
あー、久々に見る心音ちゃんの笑顔に釘つけになってしまう。
「あ、あ、そ、だね、可笑しいよね」
高志も笑い出し緊張が解けたようでそのまま和喰とセーラーブルーとで次のコスプレの話をし始めたので必然的に僕と心音ちゃんは二人気不味い雰囲気になる。
聞きたい事はあるのに、何から話していいか分からず頭を掻き出すと心音ちゃんがボソっと話し出した。
「…今日何となくお兄さんがここにいる気がしたんです」
「え?」
「あ…ごめんなさい。勝手にお兄さんがいると思ったので来てしまいました」
え?
きっと彼女にとっては何とも無い言葉なのに、妄想神経が刺激されてしまい胸が破裂しそうになる。
「私、コミュ症だから知っている人がいないと何話していいか分からなくて…」
「コミュ症?なのにレイヤー?」
「え?」
「え?」
思わず突っ込んでしまった。が、そのおかげで少し緊張が解けた。
「レイヤーさんって結構コミュ症が多いですよ」
「そうなんだ」
意外だった。レイヤーする人は自分に自信がある人ばかりかと思ってた。
「あ、のさー」
このままの勢いにのって、聞きたかった事を聞こうと思ったけど、やはりどう聞いていいか分からない。
僕が彼女は本当は声優の黒崎愛音だと知ってると言っていいのかどうか…。
その事で今後の関係が悪化したりしないだろうか?
彼女は自分が声優だと言う事ばれたくないのではないか?
だが、セーラーブルーの一言により、そんな細やかな悩みが一気に吹き飛んでしまった。
「そう言えば、メロディさんって声優のお仕事やってますよね?」




