胸キュン
『テレビの前の良い子のみんなー。テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見てね!』
最早アニメの決まり文句となったこのセリフを画面いっぱいに写った肩までの桃色の髪をの上に大きなオレンジ色のハットを被り、ピンク色の瞳をした女の子がリビングのテレビの画面から訴えている。
今日から始まった魔法少女を題材にした小さい子から大きなお友達まで楽しめるアニメ。
ありきたりな題材だが他の魔法少女と圧倒的に違うのはこの魔法少女が性転換して女の子になったと言う、破天荒な内容だと言うことだ。
だが、性転換など感じさせないほどの可愛い容姿(いや、まぁ、アニメだからね)、と可愛いハイトーンの声がベストマッチしている。
画面から聴こえてくる主人公の声はボクの大好きな声優が演じていて、この声を聞くだけでボクのテンションは上がる。
いい歳してアニメの声に癒されるとかって思う人もいるかもしれないが、このアニメを心待ちにしていたボクにとってこ誰にも邪魔されたくない時間だった。
この瞬間を邪魔する者がいるのならば、親でも容赦しない。
…。
そのはずだったのに。
アニメが始まる前と今では心境が変わっていた。
ボクはソファーに視線をずらした。
「そうだよね、やっぱり駅前にできたケーキ屋最高だよね!うちらの好みよく分かってくれてるー」
テレビの前の特等席のフカフカのソファーに座っている二人の女子高生のキャピキャピとした会話がテレビの声を遮る。
本当だったらこの時間帯ボクがそこを独占していたのに。
女子高生の一人は言う間でも無く、全く可愛くないボクの妹だ。
いつもは妹に頭が上がらないボクだけど好きなアニメを見る時は絶対に譲らないのに。
今日のボクはそんな事で怒りはしない。
何故なら…。
「私はやっぱりオレンジタルトが一番大好きー、明日行けるといいな」
テレビから聴こえてくるアニメ声がすぐ側で聞こえた。
画面を通してでは無くても、ボクの大好きな声を聞く事ができるから。
だって、もう一人の女子高生は妹の友達であり、そして、ボクの好きなアニメキャラのレイヤーであり…声優の黒崎愛音だ。
「お兄ちゃんさっきから気持ち悪いんだけど。何ニヤニヤしながらこっち見てるの?」
妹のエリがまるで不審者でも見るような顔つきこっちを見て言った。
幾多のラノベのように可愛い妹など存在するのだろうか?
と毎度毎度思ってしまう。
つーか、お前、本当に彼女の友達なのか?
テレビから聞こえてくる声と彼女の声が同じだと言うことに何故気付かない?
ボクと違ってアニメに全く興味のない事は分かっているが、ここまで気付かないって一体どう言う事だ?
「お兄ちゃん、心音の事狙ってるんじゃないでしょーね?心音気を付けた方がいいよ」
「え?あ…うん」
エリの隣に座っている心音ちゃんが困ったように眉をしかめて、ちらっとこっちを見て頬笑って、人さし指を口もとに当てるから…。
ズキューン!
一瞬で心臓を撃ち抜かれ、先日のレイヤーイベントの事を思い出してまたまた赤面してしまう自分がいる。
先日、セーラーピンクに扮していた彼女はイベント終了時に他のレイヤー達に、打ち上げと称されるアフターに誘われていたがその全てに断り、ボクと一緒に帰ると言ってくれた。
高志も気を使ってくれて、彼女と二人で帰る事ができた。
ボクは高志の付き合いで今回このイベントに来たと言った。
これは半分嘘で半分本当だから、罪悪感は感じなかった。
「お兄さんはコスプレしないのですか?」
「あ…。いつかしたいなとは思ってるよ」
彼女はこの間、家でしたコスプレ会話の事などすっかり忘れているようだった。
セーラーピンクの衣装から長目のノースリーブのワンピースに着替えた彼女は大きな丸メガネに手を触れてボクを見上げた。
「お兄さんにお願いがあるのですが…」
「何でしょう?」
「エリには絶対に内緒ですよ。コスプレしてる事も。私がこう言うアニメ好きな事も…」
夕焼けをバックに口もとに人さし指を当てて頬笑う彼女の姿がまるで静止画のようにボクのアルバムに飾られた。
胸がキュンと高鳴った。
あれ?何だろう?
それは、大好きなアニメキャラを見ている時と似ているのにどこか違う不思議な気持ちだった。




