ナイトさまになりたい
「おい、どこまで引っ張るんだよ、なぁ、お前の家にいたあの子、声優の黒崎愛音だよな?何でお前の家に黒崎愛音がいるんだよぉー、おーい、教えてくれよー」
家からだいぶ離れた河川敷に着いたところで、ようやくボクの気持ちも落ち着いてきたので、家にいる時からずっと喋るのを止めない、友人の高志の首根っこからポンと手を離した。
「いってー、何なんだよ!」
軽く尻もちをついた高志はズボンについた汚れを手で払い、小さく怒鳴った。
「…悪かった」
「そんな事より、あれ黒崎愛音なのか?でも、まさか黒崎愛音がお前の家にいる訳無いよな…」
お尻に軽い痛みを感じた事と時間の流れによって、高志も自分の考えを冷静にまとめたらしい。
「……それが分からないんだ。彼女はエリの友達でこの間初めて会った。その時、彼女の声を聞いて今日のお前みたいになってかなり取り乱した。だって、目の前にいるのがあの黒崎愛音かもしれないとなればそれはそうなるよな」
「…で?その答えは?」
ゴクンと生唾を飲み込む音を聞きながら、ボクは首を横に振った。
「まだ分からない」
「なーんだ、それ?」
拍子抜けしたようにガクンと項垂れて自販機に寄りかかった。
「でも。彼女はこの間のイベントでボクが恋したセーラーピンクらしいんだ」
「は?それなら間違いなく黒崎愛音だろう?」
黒崎愛音はTwitterの別垢で、自分がレイヤーだと明かしている。
それが本物の黒崎愛音かどうかの証拠はないが、ほとんどの人がそのレイヤーは黒崎愛音だと思っている。
だけど…。
「それ自体ただの噂かもしれないだろう
?黒崎愛音は自分の顔写真も本名もその他全く明かしていないのだから、そのレイヤーが黒崎愛音って言う証拠無いし、たまたま、レイヤーの彼女が黒崎愛音の声に似ているからその噂がたったのかもしれないし…」
それに…。
彼女が仮に黒崎愛音本人だとしても、怖くて確かめる事ができない。
「おいおい、何でそんなに弱腰なんだよ!…まぁ、お前らしいか。しっかし、お前の恋するセーラーピンクがそんなに近くにいたなんて、すこい偶然だな!それは益々ナイトさまのコスプレしたいよな!」
「それはそうなんだけど…」
仮にボクがナイトさまのコスプレして、イベントで彼女に会ったとする。
ナイトさまの正体がボクだと知ったら、彼女はどう思うのだろう?
妹の兄貴が自分の憧れのキャラのコスをしていたら?
複雑だよなー。
「どうせなら、彼女に絶対ばれないような完璧なナイトさまのコスをしたい!」
そして、誰よりも格好いいナイトさまになりたい。
「まぁ、とりあえず週末のイベントでどんなナイトさまがいるか自分の目で確かめるのが先決たな」
自販機に硬貨を入れながら高志は、うんうんと首を動かした。




