イベント
その日、昼下がりのテーマパークが異様な雰囲気に包まれていた。
大勢の来場者はいつもの事だが、今日の景色はいつもとは全く異なる物だった。
大勢の人達が、青だったり赤だったり、オレンジだったり様々なカラーのウィッグをつけたり、瞳の色もウィッグと同じようにきらびやかなカラーで、凝ったメイク、そして奇抜な服装。
今日はこのテーマパーク内ではコスプレイヤー達のイベントが行われているのだ。
ボクのような普通の服装が返って目立つと言う非現実な世界に戸惑ってしまいながらも、自分の知っているキャラを見付けるとちょっと嬉しくなってしまう。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
友人の高志の初めて見るいつもと違う格好に何て言っていいか分からず、ボクは曖昧に笑ってみせた。
今日の高志の格好…。
古い感じのハカマの上に濃い水色の羽織に、草履。
頭上の高い位置で一本に束ねられた髪の毛。
濃いグリーンのカラコンをつけている高志は最早ボクの知っている高志では無かった。
ボクの知っている高志は健康的な浅黒い肌中肉中背でまるでどこにでもいる普通の男子だ。
高志から今日のイベントに誘われたのは昨日の事だった。
『なぁ、明日お前暇だろう?』
春休みも終わりに近付き、課題も宿題も無い上に彼女もいない新高校二年生に進級するボクは確かに暇だが、ボクと全く同じ状況のコイツに上から目線でそんな事言われると少し腹が立った。
そんなボクにお構い無しに、高志は続けた。
『明日レイヤーのイベントがあるんだけど、一人じゃ行きづらいから付き合ってくれない?』
正直驚いた。
レイヤー?
レイヤーってあれだろう?
コスプレイヤーの略だろう?
アニメとかのキャラに成りきる格好する奴だろう?
ああ言うのは一部の人間だけがする物かと思ってたから。
高志とは幼稚園の時からの付き合いの高志にそまさかそんな趣味があるとは思わなかった。
いや、ボクにはそんな趣味無いから一人で行ってきてくれと言ったのに、高志は人前でレイヤーとして出るのが初らしく、こんな事頼めるのはボクぐらいしかいないのでどうしてもと言われ、そこまで頼まれたのなら、付き合ってあげないと可哀相だと思い、渋々了承した。
「いやー、外でコスプレするとやっぱり楽しいなー、嶺二悪いけど、撮影してくれないかな?」
陽の光を浴びながら、高志は僕の持っている黒い鞄を指差した。
高志が僕を誘った一番大きな理由はこれだろう。
僕は買ったばかりの一眼レフを取り出した。
お年玉などコツコツと貯めた結果の代物。
僕は元からお洒落に無関心だし、高志と一緒で彼女もいないので、そんなにお金をかけるところが無いもののこれを買うために取っておくなんてそんな大した事はなかった。
「今日はたくさん撮ってくれよな」
内気で引込み思案の高志がいつもと全く違う人間に見える。
カメラを構えてポーズをとる高志を連写で撮影。
「ここだと、逆光になっちゃうなー」
場所を移動しようかと向きを変えた時、人とぶつかった。
「きゃ」
ぶつかった相手は足を踏み外してしまったらしく運悪く尻もちをついてしまった。
「あ、ごめん」
「だ、だ、大丈夫です」
聞き覚えのある可愛い声だった。
あれ?この声?
しかし、そんな事より…。
ピンクのツインテールウィッグ、ピンクのカラコン、ピチピチのセーラー服が彼女の大きな胸を余計に協調させてしまっている。
ミニミニのスカートの裾を恥ずかしそうに抑えて頬を赤らめている彼女にボクの視線は釘つけになってしまった。
かわいい…。
しかも、これはボクが大好きなアニメ、セーラー服戦士のコスプレでは無いか!
うっ、やばい、鼻血が出そうだ!
「ご、ごめんなさい…大丈夫ですか?」
こんな神秘的な彼女に手を差し出すなんて恐れ多い事だったが、今だに恥ずかしそうにもじもじしてる彼女を見ていたら、助けなければと思い、自然に手を差し出していた。
「あ、ありがとう」
高くて可愛い声。
やっぱりこの声聞いた事がある!
柔らかくて小さな手がボクの手を握った。
「あ、あの…」
何か話したいけど言葉が出てこない。
「おい、嶺二、何してんだよ!」
高志がボクと彼女の間に入り、現時に戻された。
「あ、えっと、私…行くね…すみません」
彼女はぺこりと頭を下げてパタパタと走り去ってしまった。
「おい、あの子」
高志が彼女の後ろ姿を見ながら驚いたように言った。
「声優の黒崎愛音じゃん」
「黒崎愛音って、えーーーーーー、
今売り出し中の?」
ボクが驚いたのも無理は無い。
何せ彼女は顔出しNGの新人声優でありながら、今話題のアニメにほとんど出演しているのだから。
「ん?何でお前彼女の顔知ってるの?」
「彼女、コスプレが趣味でこう言うイベントにはよく出てるってTwitterに画像がのってる。まぁ、本人かどうかはっきりとした証拠は無いから本当かどうかはわからないけど」
分からないけど、あの声は確かに…。
高志の言葉の続きに予測がついた。
あの声は確かに、ボクがよく見ているアニメのヒロインの声で間違いない。