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第一話『魔王と勇者』

 取り敢えず、落ち着こう。そう言い聞かせて勇者を名乗る女の子を自分の部屋に連れ込んだ。……これだけ言うと凄く誤解があるような表現になるけれど全くそんな気はない。だって相手は勇者だぞ!

 ボロボロの剣と盾を持った女の子は間違いなく勇者、らしい。今もまだ魔王である俺を倒そうと剣と盾を構えてる姿は昔懐かしくなんだか外に出て初めて安心してしまう。勿論戦うわけにはいかないのだけれど。


「えっとちょっと待って、俺戦うつもりないんだけど」


 先ずはこれだけ伝えよう。そう決めて人間の真似をして両手を上げてみると何故か酷くショックを受けたような顔をされた。女の子の目には涙さえ浮かび始める。え、なんでそんな顔するの。そりゃあ戦うつもりで来たのを断ったんだから驚くのは驚くだろうけど泣く程のことか?


「なんで戦ってくれないんだよ! お前魔王だろ!」

「って言われても戦いたくないものは戦いたくないし……というか勇者だってそんな剣と盾じゃ戦えないと思うぞ」

「うるさいうるさい! こんなの永遠と殴り続ければなんとかなる!」

「こわ!! やめてよ、殺すなら一瞬にしてよ!」


 ぶんぶんと錆びついてボロボロの剣を振り回す姿はなんとも恐ろしい。剣はいつから鈍器になったんだろう。殺傷能力は高そうだけれど。

 なんなんだろうこの怖い子。最近の子どもってこんななの?勇者じゃなくたって怖いんだけど。

 なんとか剣と盾を下ろさせて息を吐く。勇者を名乗る女の子は相変わらず目に涙を浮かべたまま悔しげに拳を作っていたけれど、あんまりその顔は見ないようにしてもう一度落ち着いて話をする事にした。


「配下の話じゃ勇者なんてもういない筈だけど……君、勇者なんだよね?」


 確認すれば涙目の少女がきっと此方を睨み付けてきた。その目が何処までも哀しげで思わず身が竦む。何故俺が虐めてるみたいな状態になってしまったのか。


「――勇者の子孫、だよ。お前が引きこもったせいで要らなくなった勇者の孫。お前のせいでおじいちゃんもお父さんも凄く苦労したんだから! なんで魔王が引きこもってるんだよ! 戦えよ!」

「と言われても俺だって永遠とやってくる勇者と戦い続けるなんて嫌なんだよ。そもそも魔王だってやりたくてやってるわけじゃないのに誰かに倒されるまで戦い続けるなんて馬鹿みたいな事してられるか」


 悲痛な叫びに胸が痛むが此方だって言いたい事はある。それこそ、今まで配下にも俺がこうなった張本人である神にですら言えなかったそれを口に出してみると、余計にかつての苛立ちが甦って来る気がした。ああ本当にあり得ない。なんで俺こんな事になってるんだろう。魔王になる前は何処にでもいる普通の魔物で、それなりに幸せな生活を送れてたのに。


「……なにそれ。魔王ってやりたくてやってるんじゃないの? お前が世界を滅ぼそうとしたんだろ」


 勇者にもそんな風に言われるがそんな事はない。俺は神に言われるまま人間たちに敵対してきただけだ。世界を手に入れるだなんて大それた願い、思った事はない。ただの魔物だった時ですら人間と戦うのが嫌で森の奥にひっそりと暮らしていたのだから。


「神に言われて仕方なくだよ。魔王になった時点でそうしなきゃいけないって強制されてたんだ。――そういえば引きこもる時にはその強制力が働かなかったなぁ」


 今思い返しても不思議だ。なんで俺は数百年も引きこもっていられたんだろう。やっぱり一度神には問いたださなきゃいけないのかも知れない。改めてそう思いながら黙ってしまった勇者に視線を戻すと、何やら酷く悲しげな顔で見上げられていた。なんだろうこの子。忙しいな。


「……まぁ分かってくれたならいいけど。ってわけで俺は今更世界を襲おうなんて気はないから君は帰りなよ。まだ若いんだし勇者以外にだって出来る事あるさ。俺みたいに引きこもったりしないで人生頑張って生きなよ」


 俺が口にするとなんとも皮肉げな説教を垂れながら座り込んだままの勇者にお帰り願おうとするが、また彼女はいきなり手を伸ばして来て俺の大きな手をその小さな手で掴んだ。指先で摘ままれるような鋭い痛みにまた情けなく呻いてしまう。


「いった!」

「お前こそ何そんな理不尽な事許してるのさ! お前が襲うべきは人間じゃなくて、神様でしょ!」

「はぁ? 神に逆らえるわけないじゃん。何言ってるのかなこの勇者は」


 神官などが聞いたら怒鳴るどころの話じゃない発言に思わず言い返してしまう。だというのに、俺の手を掴んだ勇者は今度はキラキラとした目で俺を見上げ、立ち上がった。


「僕が協力してやる! ――そんな理不尽な神様、ぶっ飛ばしちゃえ!」


 勇者のくせに何言ってるんだろう、この子は。


◇◇◇


「なぁ、魔王。神様倒しに行こうぜー。早く行こうぜー」

「良いからおうち帰りなさい」


 あれから諦めもせずしつこく擦り寄って来る勇者を無視し続けているけれどいい加減喧しい。もう俺は引きこもり生活に戻って溜めに溜め込んだ本を読み耽りたいのに勇者が邪魔してくる。こっちは元の姿に戻ったので勇者と比べてずっと大きな身体になったというのに後ろから抱き着いてきたり本を持つ手に絡みついてきたりして本当に邪魔だ。小さいくせに掴む手の力は強くて時々痛い。


「だってむかつかないの、魔王。神様の言いなりになって侵略行為とか空しくないの」

「空しくなったから引きこもってたの。それにこれからも引きこもるの」

「それでいいの? 人にはあんな事言ったくせに」


 ぐいぐいと俺の毛を引っ張りながら勇者は割と痛い所を突いてくる。確かに勇者には偉そうにああ言ったがそれとこれとは話が別だ。俺は俺。他人は他人。今更他人にどうこう言われたからってこの引きこもり生活をやめるつもりはない。しかも勇者の言う通りに神に対して逆らった所でなんになる。確かに理不尽に魔王にされた事には未だに苛立ちはあるがだからってそれを報復した所で得られるものなんて一つもない。


「俺は死ぬまで引きこもってるつもりだから気にしなくていいって。そっちだって魔王が居ない方が幸せだろ」


 そうだ、そもそも勇者としては魔王が神に言われてやってようが構わないだろう。勇者としては魔王を倒すことに意味があって魔王がなんで魔王になったかなんてどうでもいいはずだ。いつまでも背中に張り付く勇者に視線をやると何とも言えない顔で此方を見詰める勇者と目が合った。……え、なんでそんな微妙な顔してるの。


「勇者なんて魔王がいなきゃいる必要ないんだよ」


 勇者はそんな顔のまま呟いて、背中から降りて行く。呟くように響いたその声が何故か酷く悲しげに聞こえて今度は俺の方が居たたまれない気分にさせられた。ああもうなんだろう、この勇者は。本当に調子が狂う。


「……じゃあ勇者なんてやめればいいだろ。お前は俺と違って勇者じゃなくたって生きて行けるんだろうし」


 あまりの気まずさからそんな風に声をかけて視線を前へと戻すが、後ろに座った勇者が動く気配はなかった。誰かがいるせいで落ち着いて本も読めなくて俺も本を睨むように見つめたまま動けずにいると、漸く後ろでがさがさと動く音がした。やっと出て行ってくれるのかと安堵する、が。それが直ぐに間違いだったと思い知らされる。

 また、乱暴にマントを引っ張られた。ぐいっと喉が締まって思わず声が上がる。


「ぐえっ」

「僕だって勇者じゃなきゃやることなんてないんだよ! おじいちゃんもお父さんもずっとまた勇者になるの夢みて頑張ってきたんだから! 今更他の事なんて出来るわけないだろ!」

「そんなこと、知るかー!」


 なんて身勝手な!おじいちゃんは仕方ないにしてもお父さんの時にはいい加減諦めろよ!娘にはまっとうな生き方しろって教えろよ!

 そんな突っ込みをしたくても更に強くマントを引っ張られてしまうと呻き声しか出せなくなった。勇者は大きな荷物を運ぶかのように俺の身体を部屋から運び出していく。


「そうと決まれば神様を倒して、お前をちゃんとした魔王にしてもらうぞ! そしたら僕がお前を倒してやる!」

「どんだけ鬼畜なのこの勇者!?」


 ――そうして、俺の引きこもり生活はあまりにも強制的に終わりを告げたのだった。

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