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1年目の夏7

別荘と言っても隣の県だ。2時間あればたどり着く。私とおじいさまは何となく仲良くなっていたが、茜ちゃんたちは気まずい思いをしたようだ。なぜか3人から恨みがましい目で見られたが、知らないっと。


別荘には、すでにお手伝いの人たちが来て準備をしており、また、藤堂家の人たちも来ていた。


「晴信さん!」


すみれおばさまだ。わたしはおじいさまと目を合わせた。よく見ててね。


「すみれさん、それに恭一!」


お父さまはすみれおばさまに申し訳程度にあいさつすると、藤堂のおじさまにうれしそうに声をかけた。おじいさまも入れて、この三人は本当に仲が良い。おじいさまとお父さまはは服飾のお仕事で、おじさまは不動産のお仕事だが、お互いの手腕を買っているということだ。


それにもめげずに、すみれおばさんはお父さまにまとわりついていて、おじさまは特に何の反応もしていない。


「ふむ、すみれ、お父さまにも挨拶をしておくれ」

「いやだ、お父さまとはこの間も会ったじゃない」

「晴信君ともな」


お母さまがぴくっとした。


「蒼、碧、久しぶりだな、おおきくなって」


おじいさまがまぶしそうにうれしそうに言う。おじいさま、そいつらはね、いとこにいいかがりを付ける悪ガキですよ。私はおじいさまの後ろでこっそりと、碧君に見えるように舌をべえっと出した。


「なっ」

「どうした、碧」

「いえ、虫が、ちょっと」


ふんっだ。茜ちゃんにいじわる言ったこと忘れないんだから。茜ちゃんはやっぱりまだうつむきがちだ。


すみれおばさんばかりはしゃいだランチの後、私は茜ちゃんを誘って磯に出ることにした。


「茜ちゃん、磯に行こう」

「紅ちゃん、でも……」


まだうつむいている。


「茜ちゃん、私のこと嫌いになっちゃった?」

「そんなことない!」


茜ちゃんはびっくりして首を横に振った。


「ただどうしても元気が出なくって」

「昨日ね、私よけいなこと言ったから、茜ちゃんに嫌われたかと思ったの」

「よけいなことなんかじゃなかった!私、少しざまあみろって思ったもん。ただ、どうして紅ちゃんみたいにはっきり言えないのかと思って……」

「そっか。ならよかった。あのうちで茜ちゃんに嫌われたら、私もう帰りたくなくなっちゃうよ……」

「紅ちゃん、私もだよ!」


よかった、少し元気になった。


「じゃあさ、せっかく買い物したんだもん、磯に行こうよ。ちょうど引き潮なんだよ!」


茜ちゃんはお母さまたちのほうを見ると、少し考えて、


「うん」


と言った。よし!私たちは網や水槽や図鑑を持って、おでかけすることを告げた。


「紅は楽しみにしていたものね、帽子はかぶるのよ」


お母さまは出資者だ。にこやかにそう言った。


「まあ、茜、顔色がよくないわよ。少し休んでお勉強したほうがよくはない?」


これはおばさんだ。


「せっかく海に来たから、行きます」


茜ちゃんはちゃんとそう言った。


「まあ、でもね」

「すみれ、いいだろう。それより蒼と碧はいいのか」


蒼君と碧君は、うらやましそうに私たちの網を見ていたが、おじさまにそう言われると、


「いえ、僕たちは、着いたばかりだし……」


と言った。私ははあ、とため息をついて茜ちゃんを見た。茜ちゃんの言ったとおりだ。ここで自分たちだけ遊びに行くわけにはいかないではないか。茜ちゃんはうなずいた。


「あのね、念のためって思って、網も軍手も、水槽も多めに買ってあるの。茜ちゃんがそうしようって言ったから」

「紅ちゃん、いいよ、そんなこと言わなくて」


茜ちゃんはあわててそう言った。何を言う、このボンクラどもに茜ちゃんのありがたさをしっかり刻みこむのだ。


「だから余ってるよ?図鑑は一冊しかないから、使いたかったら言ってね!」


そう言うと2人で余った網や水槽も持ってきて蒼と碧に渡した。うれしいのにうれしいと言えない顔をしている。茜ちゃんじゃないけれど、ちょっとざまあみろだ。意地悪しないでよかった。


「足をけがするから、運動靴を履いたまま海に入るんだからね!茜ちゃん、先に行こう」

「うん!」


さあ、ヤドカリが待っている。カニだっているかもしれない。あとから蒼と碧もゆっくりついてきた。




残ったのは大人たちだ。紅、それではおじいさまはちゃんと大人を見ることにするよ。


「紅は、ずいぶん活発になったんじゃないか?ゆかりさん」

「そうなの、恭一さん、自分からあれこれしたいって最近言いだして。今度もね、図鑑と網がほしいって」


恭一とすみれが話している。


「紅はおとなしいままでいいのに。茜まで言い返してきたわ。生意気になって、茜に悪い影響が出ているんじゃないかしら」

「すみれ、紅ちゃんは明るくて元気なだけだろう。茜がかわいいからと言って視野が狭くなってはいけないよ」

「まあ、恭一さんまで」


すみれは少しふくれた。晴信は走っていく子どもたちを見やると、


「蒼と碧は、相変わらず礼儀正しくてしっかりしているな」


と言った。紅、確かにな、晴信は蒼と碧ではなく、お前たちの成長を見るべきだな。


「ははっ、まあな、晴信。でも男の子だから、もう少し思い切ったところがあるほうがいいんだが」

「男の子なんて放っておいても育つわよ。それより茜のことよ」

「すみれ、それよりってことはないだろう」


恭一はやんわりとたしなめた。ゆかりはだまって話を聞いているが、目は子どもたちを追っていた。いつもなら、すみれと晴信を気にしているな、そう言えば。でも今は、紅、茜をちゃんと見ている。ふむ。



ゆかりはこう考えていた。紅は確かに最近はっきり言うことが多くなっていたが、あんなこと思っているなんて。そして茜。私の茜は、3歳のまま。よく動いて、でも繊細で人見知りで。そのあとは、自分の手からこぼれおちてしまった。すみれの茜になってしまったのだ。


おとなしい私が教育するより茜のためだからと言い聞かせて、なるべく見ないようにしていた。すみれによると、学校でも本当に優秀だという。どうせ私の手からいなくなってしまう子だもの。私は茜のためにならないの。でも、それならなんで茜は悲しそうなの。なんで紅はわたしのことを責めるのかしら。



私はゆかりをだまって眺めていた。なるほど、なるほど。男どもは問題があるとも思っていない。華やかなすみれにちやほやされて、子どもたちの話を聞いて自分も育てた気になっているというわけか。そしてゆかりは?何も言わないから、静かにほほ笑んでいるから不満など何もないとおもっていたが。晴信は誰の夫なのかわからないほどすみれにかまわれている。恭一はわかっていてもそれを気にしない。ゆかりはそれを見たくないのか。見たくないわな。


そして私もバカな男どもの1人と言うわけか。なんで気がつかなかったのか。よく孫たちがまともに育ったものだ。紅よ、ちゃんと見たぞ、私は。そしてちょっと疲れたな。


「さて、私は孫たちの磯遊びでも見てくるか」

「お父さま、私も行きます」

「ゆかり、ああ、行こう」


仕事に疲れた男たちは腰が重い。すみれは2人の間に一人残ってうれしそうだな。私たちはゆっくりと子どもたちのほうに向かった。


「お前が晴信君から離れるとはめずらしいな」

「私がいなくてもだれも気にしませんよ。それに」


ゆかりはさみしそうに言った。


「すみれと話している晴信さんを見るのは好きじゃないの。子どもみたいよね」


ゆかりが私にこんなことを言うのは珍しい。


「ああ、いや」


私は少し困った。


「子どもなら、やきもちはやかないだろう」

「やきもち。私はやきもちをやいていたの」

「あー、そう見えたが。夫がほかの女と話していたら、そうだろう」

「女って、すみれよ、姉なのに」

「うーん。すまん。女心はわからん」

「お父さまったら」


ゆかりがくすくすと笑った。ああ、この子は笑うとこんなにかわいい。そう言えば、ずっと笑ったところを見たことがなかった。こんな小さな笑いさえなかったなんて。そうか、紅、そうなんだな。ゆかりは幸せではなかったのか。


子どもたちが見えてきた。おや、何やら言いあいをしているのか。お、紅が水をかけた。蒼、碧、怒って水をかけ返して、茜まで大騒ぎだ。


「まあ、まあ」


ゆかりが優しい目で見ている。まだ、取り返しがつくのかもしれない。


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