1年目の夏6
「すみれは早くから家を出て頑張っていたからな、茜にもつらい思いをさせたくなかったんだろう」
おじいさまはやっぱりすみれおばさまをかばう。私は思わず言った。
「ねえ、おじいさま、おじいさまとおばあさまは、すみれおばさまを追い出したの?」
「な、そんなことはない!家を出たいと言うから新しくマンションを用意してやったし、独立資金も出してやったぞ」
「おばさまは自分で家を出て、好きなことを自由にしているのに、おじいさまはなんでおばさまをかわいそうだと思うの?」
「家を継げなかったし」
「継ぎたかったの?」
「……それは……その、晴信君にも選ばれなかったし……」
晴信君とはお父さまのことだ。
「立派な人と結婚して二人子どももいるでしょう。おばさまがかわいそうなら、世の中に幸せな大人なんて1人もいないよ」
しん、とした。
「紅はもっとおだやかな子かと思っていたが……紅は子どもだから、すみれの愛情がわからんのだ」
おじいさまが私に言い聞かせるように言った。
「わからないよ。だって私、すみれおばさまから愛情もらったことないもの」
「バカな。教育だって」
「受けているのは茜ちゃんだけ」
「スポーツクラブだって」
「行っていいと言われたことない」
「よく服を」
「太ってるから入る服がないって」
「……」
おじいさまは何も言えなくなった。
「すみれはあなたに太ってるって、そんなことを?」
「ぽっちゃりだから着れる服がないっていうのは、太ってるってことじゃないの?」
「ひどい」
お母さまは口を両手で覆った。
「まさかすみれが」
おじいさまはぼうぜんとしている。私はイライラしてきた。
「でもね、少なくともすみれおばさまは私が太ってたってことに気がついてくれた。おじいさまは、お父さまは気がつきもしなかったでしょう。お母さまは太っていたことを知っていても興味すらなかった。すみれおばさまが何かをしたとしても、何年もそれに気がつかないで私たちを放っておいたのはお母さまとお父さまでしょう」
「「「……」」」
「家族で一緒にご飯を食べたのだって一年ぶりなのに!」
「紅ちゃん、もういいよ」
「茜ちゃん……」
「少なくとも、紅ちゃんは黒くなったことに気づいてもらえてよかったじゃない」
「茜?」
お父さまが驚いて言った。茜ちゃんはいい子だから、今まで言い返したりしなかったのだ。
「私、少し太ったの、お父さま。やせすぎだって言われてて、紅ちゃんと一緒におやつ食べて、やっと、普通の範囲に入って。お母さまは私を見もしないから。やせてたことにも気づかなかったもの」
誰も何も言えなかった。お母さまは茜ちゃんから目が逃げている。
「あの、私、食欲がないから。ごちそうさま」
「茜ちゃん!」
茜ちゃんは自分の部屋に静かに戻って行った。私が呼んでもその日はもう出てこなかった。居間では大人たちの大きな声がしていたが、茜ちゃんのようすを見に来ることはなかった。もちろん、私のようすもだ。
頑張って楽しもうとしていたお休みだが、最初から暗雲がたちこめてきた。
次の日、おそらく全員が寝不足だろう目をこすりつつ、私たちは車に乗った。5人だから、2台に別れて乗る。お父さまたちは私たち2人を一緒にしようとしたが、そうはいかない。私は昨日考えたのだ。一番話が通じるのは誰だろう。
おじいさまだ。だから私は、茜ちゃんとお母さまのすがるような目を切り捨てて、おじいさまと二人車に乗り込んだ。
「あの、紅な」
おじいさまがおどおどと声をかけてきた。
「なあに、おじいさま」
「すみれの事だが、本当にその」
「私に冷たいか?うん」
「そうか……」
「おじいさま、すみれすみれって言うけど、お母さまの事はどう思っているの?」
「ん、ゆかりか。おとなしい子だ。晴信君と結婚して、家にいて幸せだろう」
「……」
「なんだ、違うのか」
「おじいさま、うちの家族ね」
「うん」
「友だちの家から同情されるくらい、不幸なんだよ」
「は、え、何を言ってるんだ、紅」
「家族はバラバラ。私ね、ご飯いつも1人なの。茜ちゃんとは話してはいけなくて、お父さまは家族に興味がない。お母さまはね、お父さまと結婚しても、ほとんど別々に暮らしてるじゃない。茜ちゃんはやりたくもない勉強をさせられてる」
「……」
「ネグレクトっていうんだって。マンガで読んだの」
「ネグレクト……」
「調べてみて?小学生には使えないけど、おじいさまはインターネット使えるでしょ?」
「使える」
「そしてね、お母さまの事にもっと興味を持って。お母さま、おばさまが怖くて茜ちゃんを構うことができないの」
「そんなバカな」
「茜ちゃんの事決めてるのはすみれおばさまだよ。お母さまでもお父さまでもなく」
「……」
「こないだね、蒼くんと碧くんにね」
「おお、会ったのか」
「お母さまを返せって言われた」
「……」
「何かおかしいんだよ。お金もあって、成功してて、みんな頭もいいし、それなのにね、おじいさま」
「紅」
「誰も幸せじゃないの」
「……」
「今茜ちゃんと私はね、自分たちで幸せになろうとがんばってる」
「紅、お前」
「おじいさまは、おじいさまはお母さまを助けてあげて」
おじいさまは天を仰いだ。
「事業の事はわかるのになあ。家のことは、おばあさまに任せ切りだったから」
「おじいさま、まず、私たちをよく見て。お母さまを、すみれおばさまを、そして茜ちゃんも、私も」
「確かに、紅がこんな活発な子だとは思わなかったよ」
「活発かなあ。でもね、小さい時から紅はこんな感じ。茜ちゃんはよく動いたけど人見知りで優しかったよ」
「最初からよく見てなかったということか」
「たぶんね」
「わかったよ、紅。ちょうどいい。今回はすみれが集まろうと言ったのだよ。すみれとゆかりをよく見てみよう」