1年目の夏4
それから木曜日には茜ちゃんと出かけるのが楽しみになった。時には私の学校で待ち合わせたりする。翔君にも、遥ちゃんにも紹介した。そっくりだって驚いていた。双子だもの。夜は勉強の後、どちらかの部屋でこっそりおしゃべりをする。茜ちゃんはおやつをたべながら。私はおやつを我慢しながら。だって大人になったとき健康でいたいもの。
大人が教えてくれないのなら、茜ちゃんから教えてもらおう。私は栄養について茜ちゃんからお勉強した。だって専門のトレーナーがついてるんだもん。お野菜もお魚もしっかり食べないとダメなんだって。
茜ちゃんはけっこう厳しい。
「中身はね、紅ちゃんも茜と同じはずなの。せっかくの頭をちゃんと生かさなきゃ」
「ええー」
そうして、茜ちゃんのやっているお勉強を一緒にやらされるのだ。一緒と言っても、茜ちゃんの一年前くらいのレベルだ。
「早く追いついてね」
って無理無理。文句を言いながらも、私はホントは嬉しかった。ご飯を食べてから寝るまでの間、ぼんやり過ごす以外なんにもできなかった頃から比べたら、茜ちゃんと一緒に勉強だなんてなんて楽しいのだろう。
よく動いて栄養のことを考えるようになった私は、四年生の春から夏にかけて体重は変わらずに少しだけ身長が伸びたので、ふとめからややぽっちゃりまで見た目が変化した。茜ちゃんのトレーナーによると、子どものダイエットは体重を減らさずに身長の伸びに回すんだって。だから無理にやせちゃだめよって教えてもらった。食欲があまりなくてやせ気味だった茜ちゃんは、おやつのせいか楽しいせいかわからないけど、少し体重が増えてりんかくがまあるくなった。
私は背中の半ばまで髪を伸ばし、茜ちゃんは肩につかないくらいにそろえてる。それでも並んで鏡を見るとそっくりで、そっくりなのが当たり前が双子なんだけれど、やっぱりそれがうれしいのだった。
そして4年生の、ゆううつな夏が来る。
夏になるとおじいさまの海辺の別荘に行かなくてはならないからだ。去年まではうれしかった、と思う。なんでかと言うと、お父さまがお休みで、おじいさまもいれて5人で過ごせるからだ。お母さまが目に見えて明るくなり、お休みまではおうちの中がいつもより明るい感じになる。ぎこちないながらも、少しはお父さまと話せるし、茜ちゃんは宿題が多くてあまり顔を出さないけれど、おうちにいるよりはずっと距離が近い感じがするからだ。
でも今年はすみれおばさまも来るのだ。めずらしいことに、藤堂のおじさまもいとこたちも来るという。藤堂のおじさまは、つまりおばさまの旦那さまで、私たちのおじさまに当たる。土地持ちで不動産業を継いでいる。安定した経営、だからおばさんがアパレルで冒険できたと、おじいさまが言っていた気がする。
あまり会うことはないけれど、優しいおじさまだ。問題はおばさまといとこたちだ。いとこたちとは、こないだケンカをしてしまって、気まずいままなのだ。
茜ちゃんと出かけるようになって、茜ちゃんに会いに行く木曜日は、なぜかヒロト君も顔を出すようになり、買い物の前に少しおしゃべりしたりする。ヒロト君だけではない。せっちゃんもだ。せっちゃんは茜ちゃんのライバルなんだって。
「せっちゃんが勝手にライバル視してるだけ」
「まあ、私のことなんて目に入らないってこと?」
茜ちゃんはうんざりしてちょっと冷たい目をする。そんな茜ちゃんが新鮮で私は思わずにこにこしてしまう。
「紅ちゃんはちょっと変ね」
失礼な。茜ちゃんに仲良しがいてうれしいだけなのに。ヒロト君がサッカーが好きで、犬を飼っていることなんかを聞く。特に犬の話は私が喜ぶものだから、写真を持ってきてくれたりする。大きなゴールデンレトリバーで、名前はポチって言うんだって。
「ポチってふるくさいって言うんだけど、かわいいだろ?」
「うん、なんだかおうちの大事な犬って感じがする」
「だろ?紅はわかってくれるって思った」
私の毎日はたいして何もないから、聞くほうが多いけれど、友だちの話は楽しいから、茜ちゃんがそろそろって言うまではお話をするんだ。
そんなある木曜日、蒼君と碧君が通りかかった。茜ちゃんはさっと表情を硬くした。
「へえ、華原のもう一人だ。お前学校が違うだろ」
「碧、やめろ」
なんだかいきなりケンカ腰だ。こんな時はあいさつだろう。
「蒼君、碧君、こんにちは」
私はニコッとした。碧くんはたぶんあいさつされると思わなかったのだろう。ちょっとたじろぐと、それでも、
「かわいいだけでからっぽだって、ホントだな」
と言った。からっぽって言う言葉は、茜ちゃんから話を聞いてから嫌いになった。なんであいさつしただけでそんなこと言われるんだろう。
「藤堂、やめろ。言いがかりだろ」
ヒロト君が前に出る。
「ほらな、お母さまの言った通りだ。華原の妹は、かわいいだけで男を引きつけるって。まだ小学生なのにな」
「碧!」
「だってそうだろ!お母さま言ってただろ!ゆかりおばさまは大人になっても男を引きつけるって。お茶の若先生といい仲なんだって!」
パシン!茜ちゃんの手が舞った。
「茜ちゃん……」
震えている。
「すみれおばさまなんか……」
「茜ちゃん?」
「すみれおばさまなんか、人の旦那さんを取るドロボウ猫のクセに!」
碧くんは叩かれた頬を押さえていたが、茜ちゃんのその言葉を聞くと、目を大きく見開いて茜ちゃんに飛びかかった。
小学生のケンカなんて、つかみ合いやもみ合いけれど、ケンカをしている人を初めて見た。オロオロする私とせっちゃんを尻目に、蒼君とヒロト君は2人を引き離した。幸い校門から離れた所にいたから、人目にはとまらなかったし、血も出ていない。砂だらけの2人はにらみあったままだ。
「紅のこと悪く言ったら絶対許さないんだから!」
「お前だって、お母さまを返せよ!」
「勝手に来てるのよ!引き止めたらいいじゃない!」
「お母さまは、俺たちに興味がないんだ……」
碧君を抑えていた蒼くんがポツリと言った。
「そんなことない!こいつらさえいなければ!」
碧君はまだ言ってる。私の口からふと言葉がこぼれた。
「おんなじね」
みんなが私を見た。
「うちのお父さまもお母さまも、私たちに興味がないの」
茜ちゃんからも、碧君からも力が抜けた。
「チッ、帰るぞ、蒼」
「待って。茜ちゃん、紅ちゃん、ごめんな」
蒼君は謝ると碧くんを追いかけて去っていった。
「華原、大丈夫か?」
ヒロト君が聞いても、茜ちゃんはギュッと手を握ってうつむいていた。
「このところずっとね」
「うん」
「学校で嫌味を言われてて」
「茜ちゃん」
「紅ちゃんには知られたくなくて」
「うん」
「お母さまはそんなこと」
「うん、悲しいくらいにお父さまが好きだもの」
「ごめんね」
私は震える茜ちゃんをギュッと抱きしめた。不思議と怒りはわかなかった。茜ちゃんが代わりに怒ったからかな。ヒロト君とせっちゃんは、ただそっとそばについていてくれた。