3年目の夏8
「はい、華原です、あの、いつも紅がお世話になっていて、それであの、はい、え!初日から気づいたかって、知ってらっしゃるんですか!蒼と碧の家は?はい、気づいています、今集まろうとしている所で、はい、行きます、はい、うさぎや本店、わかります、では集まり次第」
「いたか?」
「いいえ、でもどこにいるか知ってるって。来てほしいって言うんだけど、お願いできるかしら」
「当たり前だ」
そこに藤堂の2人も駆けつけてきた。
「ゆかり!蒼と碧が!」
「なにか知っているのか!」
あせっている人がいると逆に自分は落ち着くものだ。
「紅のお友だちのお父さまが居場所が分かるって。これからそのおうちに向かうところよ」
「よかった……」
すみれおばさまは崩れ落ちた。
「このところずっと蒼と碧を見ていたから、朝おかしいなって思ったの。あのスピーチの時からすごく距離を持たれてるのはわかってるんだけど。今日はなんだか雰囲気が全然違って、吹っ切れたような感じが怖くて、念のため佐々のおばあさまに電話してもらったら、来てないみたいで……」
「これを」
「なんだ?茜と紅のサマーウォーズ?蒼と碧がすみれおばさまを勝ち取るための戦い……」
「見せて!」
2人で計画書を見ている。
「それは紅が見つかることを予想して置いていったものなんだ」
「紅が……信じられない」
「すみれ、バラバラだった私たちをここまで結びつけたのは紅なのよ。紅の行動力と力をバカにしないで」
「バカにしたつもりじゃ」
「とにかく、うさぎ屋本店まで車を出すぞ」
お父さまのの声と共に動き出した。後部座席ですみれおばさまがつぶやく。
「なぜ家出なんか……私がいやなら私が家を出るわ」
「すみれ、勝ち負けの条件をちゃんと読んで!買っても負けてもあなたにしか有利じゃないのよ!こんなに愛されているのに気付かないなんて!」
「ゆかり……」
うさぎや本店の前には迎えが出ていて、家のほうに案内された。そこには翔君の一家がそろっていた。
「あの、このたびはご迷惑を」
頭を下げる4人に、翔くんのお父さんが答えた。
「いや、迷惑では。紅ちゃんはよく遊びに来てるし。今は公園の秘密基地に泊っているけれど、うちの一番上がちゃんと見てるから」
「一番上と言うと、大学生の」
「ほう、紅ちゃんはお母さんとちゃんと話をするようになりましたか、よかった。そうです。一番上の姉とその友だちが気づかれないように見守っています」
翔君のお父さんがそう言った。
「連れて帰らないと!」
すみれおばさまは今にも走りだしそうだ。
「確かに、彼らのやっていることは不法侵入です。家出にしろ、子どもだからと言ってやっていいことではない。しかし、確か紅ちゃんは3日待てと書いてなかったですか」
「確かに。でも……」
「うちの二番目の子も見守っています。紅ちゃんに計画を聞いてから、私たちも子どもたちにばれないように見守る計画を立てていたので」
私はそこまで期待はしていなかったけれど、大人の人たちはそうやって動いてくれていたのだった。
「なら、一緒に!一緒に見守らせてください」
すみれおばさまは必死にすがった。
「仕事はいいんですかな」
「子どものために、減らしていましたし。休みます」
「もう少し早くそれに気づいていたらなあ」
翔くんのお父さんは残念そうに言った。
「ならさっそくですが明日の朝から交代で見守りましょう。公園は寝心地が悪いから、明日の朝は早いはずです」
その通りだった。疲れて早く寝たのもあるけど、日の差し始めた4時過ぎにはみんな起きてしまっていた。
「マットと寝袋でも背中が痛いな」
「下コンクリートだからね」
「虫よけでべたべたするよ」
「茜ちゃん、仕方ない」
寝袋から這い出して、こっそり公園のトイレに行って顔も洗う。少し早いけれど朝ご飯にして、ラジオ体操の小学生のふりをして7時ころには秘密基地を引き揚げる。また今晩までここには来ない。
9時前まで公園をうろついたら、9時からは区民プールだ。石けん類は使えないけど、ここのシャワーで汗をしっかり流して、午前中はプール。ここで翔君たちと合流。早めに上がって、お昼はパン屋さんで調達。ハルト君もせっちゃんもこういった買い物はしないのでわくわくだ。毎日違うパン屋さんに行けるようにお店は調べてある。図書館の休憩所で食べ、勉強しているふりをして机でお昼寝。起きたら少しまじめに勉強して、夕方から、少し繁華街を回る。今日もハルト君たちにご飯を調達してもらって、2日目の夜。
「家に帰らないのって結構疲れるよな。塾なら堂々と休憩していられるし。家出って大変だな」
「お風呂も入りたいよね。紅は髪が長いから大変だね」
「少々の不潔はやむなしですよ。さあ、今日こそはトランプができるんじゃない?」
「紅はトランプが好きだなあ」
「トランプはね、一人でもできるけどね」
「一人って」
「ソリティアとか占いとか」
「けっこうやってんのか」
「正確にはやってた。四年生の初めまでね。教えてあげようか?」
「今は4人でできることしようぜ」
みんなでうるさくしないようにトランプをやった。公園の山の上から双眼鏡でしっかり観察されてるとも知らずに。
「それにしても、プールでシャワーとか、図書館でお昼寝とか。よく思いつくものだ」
男性各氏は単純に感心していた。秘密基地という存在にもわくわくしていたし、それを実行できる自分の子どもたちにひそかに誇りも抱いていた。
「しかし、コンクリートで2日はつらい。そろそろいやになってくるはずです」
すみれおばさまはこんなに子どもたちをちゃんと見るのは初めてだった。生き生きと自分で考え実行する。それだけを見ていると愛情と誇りがこみ上げて来て何とも言えないのだけれど、そうさせているのは自分の至らなさだと思うとそのたびに落ち込むのだった。
二泊目の朝も早起きだった。トイレに行き、顔を洗う。さすがに疲れがたまってきた。
「今日はプールは短めにしようか」
「そうだな。図書館を多めにして、少し休むか」
私は蒼とそう相談する。
「今日は翔と遥ちゃんが来る日だな。公園で遊ぶのもいいなあ」
「碧は体力あるね」
碧は無邪気だし、茜ちゃんが一番疲れてるかな。
区民プールに向かい、翔君と遥ちゃんと合流した時、すみれおばさまを見たような気がした。よし。たぶん作戦はうまくいってる。大人は大人でちゃんと役割を果たしてくれればいい。私は少しほっとした。
プールは早く上がり、今日は小学生でも入れる氷屋さんに遥ちゃんが連れて行ってくれた。外でかき氷なんて初めてだ。
「冷たーい」
「氷が細かい!おいしい!」
「お替わりしたいけど!」
「「おなかを壊すからだめ」」
「だね」
ベンチで足をぶらぶらさせる。夏の日差しがじりじりする。
「お母さま、気づいたかなあ」
「気づいたらすぐ来てるだろ。まだだな」
「一週間気付かないかもな」
「あり得るな、よろこんで仕事してるんじゃないか」
そんな蒼と碧の話が本人に聞かれて、激しく落ち込ませていたとは思うまい。
その日は少し公園で遊んで、図書館で昼寝して、そして牛丼をついに買った。大喜びの私にみんなはあきれていたけれど、ハンバーガーも牛丼も、一人で生きていけるあかしのような気がしていたのだ。
今日は翔君も遥ちゃんも一緒にご飯を食べて、これで3泊目だ。けれど、そろそろ茜ちゃんが限界かな。疲れはてて眠りについた。




